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心歩み寄る日々5 (☆☆)

「あー、もうっ! まただっ!」


 あともう少しのところでまた川魚を逃してしまい、八つ当たりで水面を叩きつけた。


 勢いよく飛沫が上がり、ベルファレスの顔を濡らした。


「おい」

「あ、……ごめん」



 こんなことがあっても竜王様からのお咎めはない。「友人だから許す」と、大目に見てくれる。

 本当に“友人関係”みたいだ。



 今日は川魚が捕れるという渓谷に来ている。


 ドラクの集落からは少し離れるが、冥界のエネルギーが充分に行き渡る生息範囲内だと言う。

 この生息範囲、つまりドラクの領土には異民族が立ち入らないよう、ドラクの戦士達がその境界の警備にあたっていた。


 高地で、土壌が痩せ農耕に適さない山岳部は平地に住む“王国の人間”にとっては辺境の地。 好き好んで寄り付く人間は居なかった。


 そのためか、古の時代から領土侵入や襲撃などは滅多にないそうだ。近年、コーラル鉱石目当てのやってくる王国の人間くらいだ。

 ……うん。これの代表格はわたしのような人間だ。


 怪しい人物はハティの力で記憶を消してしまう。こうすれば人間にとって竜人族の国は未知の世界だ。血眼で探索しなければ、近づくことは難しいだろう。

 ……これも思い当たるところがあるな。



「レラは魚を捕るのが下手だな」

「うるさいっ」


 余計なことを考えているから魚を逃がしてしまう。


 わたしが槍を使っているところ、ベルファレスは素手で捕まえている。ベルファレスが3匹のところ、わたしはゼロ。

 なんとしてでも捕まえたい。


「何も1匹ずつ捕まえなくてもいい。もっと賢いやり方を教えてやる」


 ベルファレスは大きな石を持ち上げて水中に投げ落とした。


 バッシャーンと盛大に水飛沫が上がる。

 衝撃に驚いた魚が河原に打ち上げられ、ピチピチ跳ねた。


「ほら見ろ!」


 ベルファレスは嬉しそうに胸を張った。


 その数5匹。

 石を打ちつけただけで一気に5匹も捕れるとは大漁だ。


 ……だが、しかし。


「“ほら見ろ”じゃない。わたしを見ろ!」


 頭から水を被り、わたしはずぶ濡れになってしまった。


「……すまん」



 * * *



「へっくしょん!」

「レラ、大丈夫か? 焚き火にあたれ」

「ううう……寒い」


 水を含んだ服は体に張り付き、体温を奪っていく。わたしの体はすっかり冷え切ってしまった。


 風を避けるために、洞窟に入り、暖を取っているのだが、焚き火にあたっても一向に体は暖まらなかった。

 今居る洞窟はこの前儀式をしたところとは別の場所だ。高原ではなく山に近づくと、洞窟をよく遭遇した。天然なのか、人工なのかはわからない。


 魚を焼いて食べるのを楽しみにしていたのだが、寒くて今はそれどころではない。


「ううーー」


 歯を食いしばり、震えていた。


「なかなか暖まらないか?」


 返事もする気力もなく、こくこくと頷いた。


「レラ、服を脱げ」

「……!?!? 今何て?」

「だから、服を脱げ、と。このまま焚き火にあたっても服は乾かんし、体も暖まらないだろう?」


 確かに、その方が合理的だ。わたしの頭も何度かその考えがよぎった。

 よぎったが……。


 ランティスとのことを思い出す。

 背中の傷を手当てしもらう時、どうしても服を脱がなければいけない場面があった。この状況はそれによく似ている。


 でも、少し異なるのは、こいつがわたしに求愛をしていること。

 服を脱いでしまえば、ベルファレスに身を捧げることを自ら表明することになってしまう。

 というと言うことは、求愛を受け入れるも同然なわけで……。


「どうした? レラ、早くしないと具合を悪くする。ハティは人間は弱い生き物と言っていた。体を大事にするんだ。早く、脱げ」

「えっ……、ちょっと、待て」


 ベルファレスは心配そうに詰め寄ってくる。

 やましい考えはなく? ……いや、断定はできないが、真面目な顔でわたしに「早く脱げ」と訴えている。


 寒さが我慢の限界に達し、早く体を暖めたい欲求でいっぱいになる。


 ずっと目をつぶっていてもらおうか、と対応策を考えていた時、ベルファレスが服を脱ぎ出した。


「なぜベルが脱ぐ!?」

「これを着ていろ」


 あたふたしていると、さっきまで身に付けていた上衣を差し出してくれた。


「ベル、ありがとう!」


 よくわからないがわたしは目が潤んでいた。なかなかにこいつは優しいやつだ。


「こっちを見るなよ?わかったな?」


 何度もしつこく注意してから、背を向ける。

 濡れていた服を豪快に脱ぎ捨て、ベルファレスの上衣をかぶって焚き火の前に戻ってきた。


「広げておけば乾くだろう」


 濡れたわたしの服を枝にかけ、乾くように焚き火にあたらせてくれた。


(暖かい……)


 ほんのりとベルファレスの体温を保った藍色の上衣に包まれる。暖かさよりも、上質な布の質感に驚いた。

 さすがはドラクの首長。身に付けているものが豪華なだけはある。


「この生地、滑らかで肌触りが良いな」

「いいだろう? 俺の女になれば上質な生地で服を仕立ててやるぞ」


 ただ感想を述べただけなのに、ベルファレスが口元を緩ませながら言った。


「羨ましくなんてないからな! こんな贅沢な服」

「別に俺は好き好んで着飾っているわけではない……」


 先程と声の調子が変わった。気を悪くしたかと思い、口をつぐんだ。


「長としての威厳を保つためだ。……外の人間に甘く見られてはいけない。それは一族の者に対しても同じだ」

「威厳か……」


 わたしの呟きは焚き火の音に掻き消された。


 今はこうやって親しくして貰っているが、ベルファレスの言う威厳は今でも強く実感する。初めて出会った時の鋭い眼差しは今でも忘れることはない。


 ぶるっと肩が震えた。肌寒さを感じたふりをして上衣を肩に引き上げる。


 素肌の上にマントのように布をまとっているだけなので、スースーして落ち着かない。

 着替える前はベルファレスの隣で火にあたっていたのだが、着替えてからは少し距離を取って腰かけた。それでも、彼が手を伸ばせば容易に抱き寄せられてしまいそうだ。


 つかず離れずの距離感に心が浮わつき始め、胸がドキドキと高鳴っていく。


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