心歩み寄る日々4 (☆☆)
いつものように狩り場で獲物を仕留め、腹ごしらえを済ませた後、わたし達は草原で寝転がっていた。
太陽は頂点を過ぎたが、まだ暖かく眠気を誘う時間だった。草の匂いがするそよ風と柔らかい陽射しに包まれながら、談話をしていた。
「力が満たされるな……。冥界のエネルギーを感じる」
ベルファレスは草原に手を置き、呟いた。
大地から養分を吸い上げているかのような言い方にわたしは驚く。
「……ここから!?」
不思議に思いあたりを見回す。
儀式をした洞窟には冥界に通じると言われる大穴があったが、ここにはそんなものはない。
「この一帯は大地から常にエネルギーが溢れている。少し休めばすぐに回復する」
「……傷が塞がっている!?」
さっきの決闘でついたベルファレスの傷は痕がわからないくらいに消えていた。
あまりの回復力と、冥界のエネルギーとやらにわたしが驚異を感じていることなどいざ知らず、ベルファレスが呑気に話を振ってきた。
「レラはいつもこうやって剣や狩りをしているが、人間の女というものはみんなそうなのか?」
「……え?」
思い込みが過ぎるので思わず笑ってしまう。
「そんなわけはないだろう。これは人間の男がすることだ。女は……そうだな。農婦であれば1日農作業や家事に明け暮れるが、宮廷の女ならば……お茶会をしたり、音楽を聴いたり、ダンスしたり、読書をして過ごすのだろうな……」
後半の話はほぼ想像だ。
「レラも、その……お茶会や音楽をしたいのか?」
未知の情報に出会ったときのたどたどしい聞き方でベルファレスが尋ねた。気を遣ってくれているようだが、それらには興味はない。
……と言ったら嘘になるが、縁がないので考えたことはない。
「……別に」
「やりたそうな顔をしているな」
「ち、違う!」
見透かされ恥ずかしくなる。
「優雅な世界とは無縁に生きてきてのだ。剣を振っていた方が性に合う」
服の下に隠していた騎士団のネームタグに触れると、ベルファレスが目を細めた。
「お前、まだそれを……」
取り上げられるかと思い、身構えたがベルファレスはそれしか言わず、また寝転んで空を眺め始めた。
「……本当は捨ててしまいたいくらいだが、レラが悲しむだろうから諦める」
ベルファレスは唇を噛みながら、どこか遠くを眺めて呟いた。
「ありがとう。これはわたしの恩人が授けてくれたものなんだ」
「恩人、か……」
興味なさそうな相づちだが、構うことなくわたしは自分のことを語り始めた。
「それまでのわたしは大女、などと呼ばれ、怪力のせいで疎まれてきた。“可愛くない”などと言われてな……。力でも男を圧倒し、何度一緒に歩きたくないと言われたことか。だが、ある時幸運が訪れた。腕を買われて騎士団に入ることになったんだ。その時の恩人がランティスだ」
嬉々として語るわたしだったが、ベルファレスは明らかに面白くなさそうだった。特に『ランティス』の名前を出したあたりから。
「剣技も彼が教えてくれたんだ。それだけじゃない。格闘や馬上槍試合……。騎士に必要な武術を教え込まれた。できないことが出きるようになり、ランティスを負かすまでになったんだ。あの時は嬉しかった。試合に勝てば表彰される。手柄を挙げれば褒美がもらえる。……自分が生きていく場所を手に入れることができたんだ。それが何よりの喜びだった」
話しているうちにベルファレスは背を向けていた。
聞いてくれなくても構わない。自分のことを話したい。ただそれだけの欲求だった。
相づちもしなかったベルファレスが、ぽつりと喋り出した。
「その男は……お前の恋人、なのか? だから俺とは契れぬと」
ランティスと恋仲であると勘違いしている。嫉妬しているのは明らかだ。
勘違いされては困るので、ちゃんと説明しておこう。
「違う、そんなんじゃない。ランティスは騎士の先達。騎士団の仲間。ただそれだけの間柄だ。騎士は実力主義だ。国王に尽くし、手柄を挙げれば家柄や年齢に関係なく……」
話の途中でもういいと言わんばかりに手を振った。ずっとわたしに背を向けたまま寝そべっている。
「騎士団での経験が糧になっていることはよくわかった。……だがな、途中から聞く気が失せた。……ずいぶん楽しそうに話すのだな。……俺と居る時より……」
後半は消え入るような声だった。自信に満ちた様子しか知らないから、意気消沈した姿に戸惑う。
「そ、そんなことない。今だって楽しいぞ。こんなに体を動かしたのは久しぶりだからな……! やっぱり決闘は楽しい。それに狩りだって……。ここでの生活は慣れないことばかりだが……! 思ったよりドラクは良い奴らばかりだ……。ちょっとまぁ、特性が怪物みたいではあるが」
がっかりさせてしまった。申し訳ない。
懺悔の気持ちで次々と言葉を並べた。お詫びになっているかはわからないが。
「最近、考えを改めたのだ。ドラクのことも知ろうとはせず、野蛮人と決めつけて……。土地を奪おうと服従を迫った自分が情けない。わかり合えばきっと仲良くできるはずだ。国王に進言してみる価値はある。うん。……あれ? ベル?」
後ろ姿からかすかに寝息が聞こえる。
まさかと思ったが、話の途中でベルファレスは寝ていたらしい。
嫉妬心からのふて寝で本当に寝入ってしまったのか、冥界のエネルギーで満たされたせいか、昼下がりの気候が心地良かったせいなのかはわからない。
最後の言葉は出来心だ。
王国との和平話を持ち出すなんて、降伏した身で許される進言でないのだし、裏切りとも受け取られ兼ねない。
(聞いていなくてよかった……)
ホッと胸を撫で下ろす。
ちょっとした悪ふざけで、傍に咲いていた白い花を摘んで、ベルファレスの髪に添えてみる。
ドラゴンも寝ていれば可愛いものだ。
普段は鋭いこの瞳も閉じていれば怖くはなく、愛着すら感じる。うっすらと生えている睫毛を指先で撫でた。
わたしはこの地に来て初めて、ベルファレスのことを愛らしいと思った。




