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心歩み寄る日々1 (☆☆)

 木の葉が風によそぐ音と木漏れ日、そして清流の音の中、己の心に耳を傾け弓を引く。標的を定め、ギリギリと引き絞り手を離す。

 

 放たれた矢は渓流で水を飲む鹿をかすめた。危険を察知した鹿は繁る草に逃げ込んでしまった。

 

「くそっ」

 

 狙いを外して獲物を逃してしまったわたしは悔しさのあまり声が漏れ出た。声に驚いたのか周囲の木々から小鳥が飛び立つ。

 

「外したな」

「……う、うるさい」

「継ぎは俺の番だな」

 

 わたしの失敗にニヤニヤしていたベルファレスだったが、矢をつがえると笑みを封印し一瞬で表情を変えた。

 

 口を結び狙いを定めた。ベルファレスの瞳の鋭さがいっそう増した瞬間、静寂を破って矢が放たれた。ヒュンと空を切る音と共に鈍い音がした。

 

「仕留めたぞ」

 

 よく見えなかった。

 

「……? どこだ?」

「あそこだ」

 

 ベルファレスはわたしが鹿を仕留めようとした場所よりさらに向こうの川岸を指差していた。

 小さな動物が転がっている。

 

「あんな小さい的を……」

 

 ベルファレスが仕留めたのは小振りの鴨だった。

 

 

「それにしてもよくあんな小さい的に当てられるな」

 

 ベルファレスは無言だったが、ふんと鼻を鳴らした。褒められてまんざらでもないと言う態度だ。

 

 ドラクの身体能力は凄まじい。

 大きな体格に頑丈な体はさることながら、いざと言う時の俊敏さや反応速度は群を抜いていた。視力は人間の比ではなく、遠くにある物体まで識別することができた。


 欠点としては嗅覚が弱く、そのせいで味覚も鈍感だ。

 あまり食料を必要としない肉体のせいで、娯楽としての飲食にはまるで興味がなく、食事事情は野生動物と変わらない。

 半分人間の体質であるため、生肉は体に合わず、煮る焼く揚げる蒸すの調理法は会得していた。だが、味付けのバリエーションは極端に少ない。火を通してそのまま食べるのが常らしかった。


 食べ物の匂いに疎いくせに『匂いがする』とか言う理由でわたしの男装を見破るのだから、体の仕組みがどのようになっているのか理解できない。

 ベルファレスには第六感か野生の勘でも備わっているのだろうか?

 

 

 仕留めた鴨をその場で捌き、切り身を焚き火で炙り焼いた。芳ばしい匂いが鼻をくすぐる。


 肉を食べたのは何日ぶりだろうか。

 

「ほら、焼けたぞ」

 

 ベルファレスに一切れ手渡した。脂が乗っている股肉にあたる部分だ。

 

「ほう」

 

 ベルファレスは興味深そうに見ている。  

 鴨肉は珍しいらしい。

 

「うん。噛み応えがあるな」

「……本当だ。硬い」

 

 火の加減ができずに焼きすぎてしまった。

 

「んー。臭みが残っている。今度はハーブと一緒に焼こう……」

 

 自分の手料理をぶつぶつ言いながら振り返っていると、ベルファレスは不思議そうに首をかしげた。

 

「これはこれで歯応えがあって良いが」

 

 そう言って、ガリガリと骨までかぶりつく。

 

「わたしの国では肉は香辛料をまぶしたり、ハーブと一緒に焼くんだ。焼き方にもコツがあって……」

「なぜ手間をかけるのかはわからんが、これもがうまいぞ」

 

 味覚が乏しいのか、歯応えばかりが気になるようだ。

 思い出したくなかったのだが、虫の唐揚げもカリカリの歯応えが気に入っているのだろうかと予想したが、質問するのはやめておく。

 

「手間をかけるともっとうまくなるんだよ。ベルがうまいと感じる料理を作ってやりたいな」

「ほう、それは楽しみだな」


 興味がなさそうな返事のわりにベルファレスは鴨肉をわたし以上に平らげた。

 

 一緒の食事をして、美味しさを共有できたら、どんなに楽しいだろうか。

 常に孤食だった自分のささやかな願いだった。

 

「今度はハーブを摘みにいこう」

「ああ」

 

 その時だった。茂みからカサカサっと音がして、ヤツが現れたのだ……!


 和やかな空気がガラリ一変して、恐怖の時間に変わる。


「へっ、へび!!」


 茂みから姿を現したヤツが目に入るなり、わたしは金切り声を上げた。


「ひぃっ……」

「オルグより随分小さいではないか。大丈夫だ」


 ベルファレスがなだめるが、声が喉に詰まって喋れない。

 しまいにはベルファレスにしがみつきながらぶるぶる震え出す始末。

 見たくもないと、彼の胸に顔を埋めていた。蛇から身を守る防衛本能が働く。


「大丈夫だ。居なくなった」


 茂みから少し姿が見えただけで、接近まではしてこなかったらしい。


 (そうか、良かった)


 胸を撫で下ろすと、大きな手がわたしの頭を撫でていることに気づく。


 わたしはベルファレスの胸の中にいた。しかも、彼の服を掴んでいる。こんなことを無意識でしていたのだ。


 恥ずかしさで顔が赤くなる。


「何をする!?」


 気安く頭を撫でるなと、手を振り払う。


「お前からくっついて来たんだろう」


 ベルファレスは呆れ顔だ。それはごもっともなのだが……。


「ふん、少しよろけただけだ」


 無理があることを言って、強がってしまう。


「ふっ、素直に甘えればいいものを」


 ベルファレスが余裕の態度で返してくる。


 折れたくないわたしはさらに強気な発言を重ねた。


「大蛇をちらつかせれば、わたしはなびくかもしれないぞ」

「……」


 急にベルファレスが無言になるので怖くなり、おどけた調子で言い訳をする。


「……冗談だ」


 わたしを一瞥しただけで、ベルファレスは焚き火の後片づけを始めた。


「そんなことはしなくても、レラが素直になるまで俺が努力をするまでだ」


 一瞬チラリとこちらに送った視線は鋭く、矢を射る時と同じ目つきだった。

 とても自信に満ち溢れた鋭い瞳に、わたしの心はドキリとした。


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