女神の正体 (☆☆☆)
「わたしは女神などではない。人間だぞ!」
ベルファレスの話がよくわからない上に、切ない顔で見つめられたら耐えられそうにない。
混乱と動揺が入り混じり、ふたりきりでいることにわたしの心は限界寸前だった。
腕を振り切って行こうとしたら、さらに強く掴まれた。
「い、痛い……」
わたしの訴えに反応してベルファレスの力が緩むが、それでも振り切ることは不可能だった。
「もう逃げないんじゃなかったのか?」
わたしはハッとした。
またベルファレスから逃げようとしてしまい情けない。冷静さを取り戻し、自分の心情を伝えた。
「すまないな。慣れていないんだ。そんな顔をされて見つめられると、心が騒いでしまうんだ」
「……そんな顔とは、どんな顔だ?」
ベルファレスには全く自覚がないようだ。まさに人間の男が女に言い寄る時のような顔になっているということに。毎回このような顔で接してきてはわたしの心臓が持たない。
「もう逃げないから」と前置きし、距離を取る。
「……で、話がよくわからないのだが、女神とはいったい何者だ? わたしとどのような関係があるんだ?」
ベルファレスがドラゴンから人に戻ったことと女神には何らかの関係があると思ったわたしは、女神が何者か聞いてみることにした。
「それは我々、ドラクの始祖の時代に遡る……」
ベルファレスは淡々と語り始めた。
* * *
遥か昔、太古の時代。ドラクの源流であるドラゴンは冥界に棲んでいた。
冥界では異形の生物が覇権を争い闘いに明け暮れていた。
何でも石に変えてしまう蛇、幻想的な唄で心を惑わせる半魚人、超音波を放って攻撃をしてくる鳥獣など……。多種多様な怪物がいた。
ドラゴンは冥界では最強の種族と言われ、長らく冥界の王座に君臨していた。
しかし、その栄光は続かず、ある世代でドラゴンは王座から蹴落とされてしまう。
次の王座を狙う怪物たちが徒党を組み、総攻撃を仕掛けたのだ。
覇権争いに負けたそのドラゴンは冥界を追われることとなった。種族の汚名を一手に引き受けたのだ。
安住の地を求め、冥界から地上にやってきたドラゴンはある人間の女と出会う。
女は傷を負ったドラゴンの体を泉の聖水で清め、たちまちその傷を治癒させてしまった。
驚いたドラゴンはお礼と親愛の印に自身の牙を折って女に手渡し、体を大地に伏せて愛を誓った。
『この大地でお前に寄り添って生きていく』と。
だが、ドラゴンは人の言葉を話せず、愛を伝えることはできなかった。
ドラゴンの想いに気づかない女は去っていってしまう。
それに悲しんだドラゴンは女を引き留めようと立ちはだかる。
振り上げた前足の爪が女にあたり、肌を裂いてしまう。女の血がドラゴンに振りかかると、ドラゴンは人間の男の姿に変わった。
女は軽傷だったが、ショックで気絶をしていた。
男が女の傷を舐めると、たちまち傷が塞がり癒えた。
意識を取り戻し目覚めた女の手を取り、男は言った。
『人間の姫よ。私はそなたを愛している。どうか、私と共にこの大地で生きていくと誓ってくれないか』
女は男を受け入れ、ふたりは仲睦まじく暮らした。
ふたりの間にはドラゴンと人間の混血が生まれ、それがドラクの始祖となった。
ドラクの産みの親である人間の女は女神と呼ばれ、ドラクにとってかけがえのない存在と言い伝えられている。
* * *
「……とまあ、こんな具合だ」
まるでおとぎ話のように聞き入っていたが、途中から集中できなくなっていた。
牙の首飾り、女の血で人型になるドラゴン……。
『ドラクの長者が見初めた人間の女に贈ることは特別な意味を持つ。心して受け取れ』
『あなたはベルファレス様が待ち焦がれた“女神様”なのですから』
わたしにかけられた言葉の数々を振り返ると、ベルファレスはわたしに始祖の女神の存在を重ねていたようだ。
なるほど。と合点がいったが、どこかこそばゆい。わたしは女神のような偉大な存在ではない。
祖国にも伝承や神話の数々があるが、時代がくだり子供向けの童話の扱いになっている。熱心に信じている者などいない。
コーラル山の山岳部で、異民族との関係を断ち、閉鎖的な世界で暮らしているドラクにとってはただのおとぎ話にはなり得なかったのだろう。
結果、わたしのようなただの人間の女が女神扱いになっている。
ドラゴンから人型に変身した仕組みはさておき、偶然が重なってわたしとベルファレスは出会っただけだ。
きっと、そうなのだ。
ベルファレスは鋭い瞳を輝かせてわたしの手を取った。
「そういうことだ。理解したか?」
「わかったけど……」
浮き立つ気持ちを押さえつけ、ベルファレスを見つめ返すが、数秒で耐えられなくなり、目を伏せる。
「レラ、やはり俺にはお前しか居ないのだ」
それでもベルファレスは熱心に言葉を紡ぐ。
憧れる気持ちはわからないでもないし、好意的に思われるのも悪くない。
でも、わたしは女神でもなければ、ベルファレスの女になる覚悟もない。……決まってない。
なにより、重すぎるのだ……!
受け止める度量がないのに、次から次へと熱がこもった言葉が投げ込まれる。
どうすれば良いのかわからずに黙っているとベルファレスが勝手に話を進めてしまう。
「……わかったぞ。レラは俺からの愛に戸惑っているのだな。……だが、最初の頃とはずいぶん様子が違う。恥じらうことはない。どんな姿でも受け入れよう。お前の全てを知りたい。……だから、俺の……」
「ちょっと待て」
最後の言葉を言い終える前にベルファレスの口を手で押さえた。
「ベル、そんなに急がないでくれ。わたしは逃げたりしない。少しずつ一緒の時間を増やそう。……ああ、そうだ。また決闘したり、狩猟をしよう。……ああ、それがいい」
「それがレラが言っていた“恋人”がやる“恋愛”か?」
ベルファレスの目が輝いた。進展があったと感じているらしい。
まあ概ね進展したが……。
「いや、友人としての交遊だ」
「こうゆう……? またお前はわけがわからないことを言う」
口を尖らせベルファレスは「仕方ない」という顔をしたが、わたしと話ができて嬉しそうでもあった。フフッと口元を緩ませている。
求愛をかわし続けているのに、ベルファレスは逆恨みする事なく、わたしを大切に扱ってくれている。
いまはまだ“友人”ということにさせてくれ。
それが、事情も知らずに土地を踏み荒らそうとしたわたしの償いになるのであれば……。
「城へ戻ろう。ベル」
わたしはベルファレスの手を引いて、居城への帰り道を歩き出した。




