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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第七十二章 平和の譜

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3735.誕生を祝う味

 ラキュス・ネーニア王家から派遣された近衛兵たちが、デプルスム城の大広間のそこかしこで警戒を続ける。


 帝王切開を担当した周産期医療チームも、新たな時代を担う王女の誕生を祝う宴に招かれた。

 外科的処置を担当した【青き片翼】学派の呪医セプテントリオーは、ラキュス・ネーニア王家の一員だ。

 主治医を務めた【家守(いえも)る鸛(コウノトリ)】学派のマトローナ教授は、元伯爵だけあって堂々と振舞い、招待客の質問に当たり障りのない答えを返して微笑む。


 平民の看護師たちは、水晶のシャンデリアに点(とも)された【灯】が照らす煌びやかな空間に圧倒された様子で隅に固まる。

 いつもは給仕するウェルム王女付きの女官たちも、今日ばかりは功労者として歓待を受ける側だ。

 気を利かせた使用人が、ぎこちない微笑で繕う彼女らに祝い菓子を盛った皿を手渡した。


 立食の卓には、様々な祝い菓子が並ぶ。

 呪医セプテントリオーが、雛菊(ヒナギク)の花を象(かたど)った四同割(よんどうわり)の焼菓子を口に運んだ。

 「この味は……椿屋さん!」

 「おわかりになりますか」

 ラゾールニク少佐が、本物の驚きを以(もっ)て感心する。


 ……マジで?


 魔装兵ルベルは、焼菓子を食べてもどこの店の品かなどわからない。外見に特徴があるならまだしも、これは伝統に則(のっと)って作られた祝い菓子だ。店の個性など出しようがない。


 緑髪の給仕が、大きな焼菓子を切り分けた皿を差し出す。

 「兵隊さんもどうぞ」

 「あ、どうも、恐れ入ります」

 大柄なルベルは身を屈めて受取った。

 雛菊(ヒナギク)型の焼菓子の花弁(はなびら)一枚分だが、これだけでも喫茶店で出されるケーキ一人前の大きさだ。食用花の花弁を散らした上から雪のように粉砂糖が塗(まぶ)され、白い生クリームを添えて供される。中央の黄色はマジパンだろう。


 王族のセプテントリオーが、ラゾールニク少佐に気安い調子で聞く。

 「レノ店長さんが納品したのですか?」

 「納品と申しましょうか、この城の厨房で今も追加のお菓子を焼いております」

 ラゾールニク少佐は澄ました顔で答えた。


 呪医セプテントリオーが緑の目を瞠(みは)り、手許の焼菓子に視線を落とす。

 「えッ? トポリ市からわざわざ対岸のここへ連れて来たのですか」

 「ウェルム王女殿下のご希望で、椿屋一家をデプルスム城に招きました」

 「ウェルム殿下ご自身が、まだ入院中なのは残念ですね」

 ラゾールニク少佐が即答し、呪医セプテントリオーはしみじみと言った。


 ……椿屋って言うお菓子屋さん、王族の間で有名な店なんだ?


 魔装兵ルベルは、フォークで焼菓子の端を少し切って口に入れた。やさしい甘さが広がり、生地がほろりと崩れて消える。砂糖漬けにされた食用花の花弁を噛みしめた。甘さの中に微かなほろ苦さがあり、大人向けの上品な味わいだ。


 ……なにこれ、スゲー美味い。


 ルベルが生まれ育ったアサエート村は、ネモラリス島北東部の山中にある。菓子屋どころか、商店などひとつもない田舎だ。 

 村にない物は、麓のリャビーナ市へ買いに降りる。

 完成品の菓子を買ってもらった覚えはない。製菓材料の買い出しで、荷物持ちした日を思い出した。懐かしさに頬が緩む。

 村で手作りした菓子が口に入るのは、結婚式、出産祝い、合格祝いくらいなものだった。

 記憶にある幸福な場面の菓子は、どれも美味だったが、今日の菓子の前では霞(かす)んでしまう。


 ……これが王室御用達の味かぁ。


 貴重な菓子をちびちび味わいながら考える。

 新生児の兄姉(きょうだい)たちは半世紀の内乱中、実の祖父母に疎(うと)まれ、亡き者にされた。

 平和を取り戻した今の時代に生を受けた末の姫君は、両親と大広間に集う者たち、更には、まだ見ぬ国民の大多数から誕生を寿(ことほ)がれる。

 魔装兵ルベルもその一人だ。

 改めて、誕生を祝う味を噛みしめた。

 甘いばかりでなく苦みもあるのが、人生を象徴するようだ。


 ラゾールニク少佐が、ルベルの全く知らない情報を澱みなく語る。

 「ウェルム殿下には昨日、近衛兵が病室へお届けに上がりました」

 「えッ? 椿屋さんはいつからこの城に?」

 呪医セプテントリオーが更に目を丸くする。


 「出産の三日前……四月三日から厨房に詰めております」

 「私がこのデプルスム城を訪れたのも同じ日なのですが」

 呪医セプテントリオーが大広間を見回す。

 大柄な女性近衛兵がすかさず釘を刺した。

 「セプテントリオー殿下、厨房は現在、戦場のような慌ただしさでございます」

 「出席者が予定より大幅に減ったのにですか?」

 呪医セプテントリオーが不満も露わに聞く。

 ラゾールニク少佐がさらりと答えた。

 「その分はデプルスム市内の小学校で配布することになりました。現在は不足分を鋭意制作中でございます」

 「えッ? たった四人で? 小学生は何人居るのです?」

 魔装兵ルベルも、呪医セプテントリオーの疑問に同感だ。


 ……って言うか、少佐はどこでそんな情報を仕入れて来るんだよ?


 ラキュス・ラクリマリス王国軍情報収集室の上官を眺める。

 新生児の父となったドラコ中将への挨拶が一通り終わり、招待客たちが三々五々散って、お茶や菓子の皿を片手に歓談する。


 どこからか、囁きの会話が届いた。

 「何故、軍人がこんなところに?」

 「近衛兵ではありませんわよね?」

 「侯爵家の横領を暴いた功績で招かれたそうですわよ」


 事情通らしき女性の声が答える。

 近くの一団が幾つも発言者の傍に集まった。


 「あらぁ……」

 「彼らが……? 軍が何故?」

 「警察の仕事ではないのか?」

 「侯爵家の方々が少ないのは、そう言うことでしたのねぇ」


 嫌味を含む声音で、ルベルは口の中の幸せが消し飛んだ。


 「あの金髪……ウァレリア・アクィラ伯爵の隠し子ではないか?」

 「まだ生きていたのか」

 「庶子の分際で王女殿下のご生誕祝いに顔を出すなど恥知らずな」


 蔑(さげす)む声に息を詰め、魔装兵ルベルはそっと上官を窺った。

 当のラゾールニク少佐はどこ吹く風で、祝いの焼菓子を頬張る。

 王族である呪医セプテントリオーが無言で顔を向けると、陰口を叩いた一団は蜘蛛の子を散らすように解散した。


 ……えっ? じゃあ、あの検証動画の時に言ってた件ってホントのコト?


 あの時、モガール記者に扮した魔装兵ルベルは、視聴者の疑問を代弁するつもりで不躾な質問をした。他にも失礼なことを口走った気がして、そっと上官から目を逸らす。

 あの動画は、ラゾールニク少佐の顔を隠し、声を変えて配信した。彼は誕生を祝福されず、父である伯爵の正妻と嫡子たちから目の敵(かたき)にされて育ったと言う。

 伯爵は、他の子と同じ教育と衣食住を与えたらしいが、少佐にとって精神的苦痛の多い暮らしだったことは想像に難(かた)くない。


 ラゾールニク少佐は、どんな思いで王女の生誕祝いの宴に身を置くのか。


 魔装兵ルベルは、食べかけの祝い菓子を見詰め、こっそり溜息を洩らした。

☆あの検証動画の時に言ってた件……「3650.告発の呼掛け」参照

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◆野茨の環シリーズ 設定資料◆
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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