3735.誕生を祝う味
ラキュス・ネーニア王家から派遣された近衛兵たちが、デプルスム城の大広間のそこかしこで警戒を続ける。
帝王切開を担当した周産期医療チームも、新たな時代を担う王女の誕生を祝う宴に招かれた。
外科的処置を担当した【青き片翼】学派の呪医セプテントリオーは、ラキュス・ネーニア王家の一員だ。
主治医を務めた【家守る鸛】学派のマトローナ教授は、元伯爵だけあって堂々と振舞い、招待客の質問に当たり障りのない答えを返して微笑む。
平民の看護師たちは、水晶のシャンデリアに点された【灯】が照らす煌びやかな空間に圧倒された様子で隅に固まる。
いつもは給仕するウェルム王女付きの女官たちも、今日ばかりは功労者として歓待を受ける側だ。
気を利かせた使用人が、ぎこちない微笑で繕う彼女らに祝い菓子を盛った皿を手渡した。
立食の卓には、様々な祝い菓子が並ぶ。
呪医セプテントリオーが、雛菊の花を象った四同割の焼菓子を口に運んだ。
「この味は……椿屋さん!」
「おわかりになりますか」
ラゾールニク少佐が、本物の驚きを以て感心する。
……マジで?
魔装兵ルベルは、焼菓子を食べてもどこの店の品かなどわからない。外見に特徴があるならまだしも、これは伝統に則って作られた祝い菓子だ。店の個性など出しようがない。
緑髪の給仕が、大きな焼菓子を切り分けた皿を差し出す。
「兵隊さんもどうぞ」
「あ、どうも、恐れ入ります」
大柄なルベルは身を屈めて受取った。
雛菊型の焼菓子の花弁一枚分だが、これだけでも喫茶店で出されるケーキ一人前の大きさだ。食用花の花弁を散らした上から雪のように粉砂糖が塗され、白い生クリームを添えて供される。中央の黄色はマジパンだろう。
王族のセプテントリオーが、ラゾールニク少佐に気安い調子で聞く。
「レノ店長さんが納品したのですか?」
「納品と申しましょうか、この城の厨房で今も追加のお菓子を焼いております」
ラゾールニク少佐は澄ました顔で答えた。
呪医セプテントリオーが緑の目を瞠り、手許の焼菓子に視線を落とす。
「えッ? トポリ市からわざわざ対岸のここへ連れて来たのですか」
「ウェルム王女殿下のご希望で、椿屋一家をデプルスム城に招きました」
「ウェルム殿下ご自身が、まだ入院中なのは残念ですね」
ラゾールニク少佐が即答し、呪医セプテントリオーはしみじみと言った。
……椿屋って言うお菓子屋さん、王族の間で有名な店なんだ?
魔装兵ルベルは、フォークで焼菓子の端を少し切って口に入れた。やさしい甘さが広がり、生地がほろりと崩れて消える。砂糖漬けにされた食用花の花弁を噛みしめた。甘さの中に微かなほろ苦さがあり、大人向けの上品な味わいだ。
……なにこれ、スゲー美味い。
ルベルが生まれ育ったアサエート村は、ネモラリス島北東部の山中にある。菓子屋どころか、商店などひとつもない田舎だ。
村にない物は、麓のリャビーナ市へ買いに降りる。
完成品の菓子を買ってもらった覚えはない。製菓材料の買い出しで、荷物持ちした日を思い出した。懐かしさに頬が緩む。
村で手作りした菓子が口に入るのは、結婚式、出産祝い、合格祝いくらいなものだった。
記憶にある幸福な場面の菓子は、どれも美味だったが、今日の菓子の前では霞んでしまう。
……これが王室御用達の味かぁ。
貴重な菓子をちびちび味わいながら考える。
新生児の兄姉たちは半世紀の内乱中、実の祖父母に疎まれ、亡き者にされた。
平和を取り戻した今の時代に生を受けた末の姫君は、両親と大広間に集う者たち、更には、まだ見ぬ国民の大多数から誕生を寿がれる。
魔装兵ルベルもその一人だ。
改めて、誕生を祝う味を噛みしめた。
甘いばかりでなく苦みもあるのが、人生を象徴するようだ。
ラゾールニク少佐が、ルベルの全く知らない情報を澱みなく語る。
「ウェルム殿下には昨日、近衛兵が病室へお届けに上がりました」
「えッ? 椿屋さんはいつからこの城に?」
呪医セプテントリオーが更に目を丸くする。
「出産の三日前……四月三日から厨房に詰めております」
「私がこのデプルスム城を訪れたのも同じ日なのですが」
呪医セプテントリオーが大広間を見回す。
大柄な女性近衛兵がすかさず釘を刺した。
「セプテントリオー殿下、厨房は現在、戦場のような慌ただしさでございます」
「出席者が予定より大幅に減ったのにですか?」
呪医セプテントリオーが不満も露わに聞く。
ラゾールニク少佐がさらりと答えた。
「その分はデプルスム市内の小学校で配布することになりました。現在は不足分を鋭意制作中でございます」
「えッ? たった四人で? 小学生は何人居るのです?」
魔装兵ルベルも、呪医セプテントリオーの疑問に同感だ。
……って言うか、少佐はどこでそんな情報を仕入れて来るんだよ?
ラキュス・ラクリマリス王国軍情報収集室の上官を眺める。
新生児の父となったドラコ中将への挨拶が一通り終わり、招待客たちが三々五々散って、お茶や菓子の皿を片手に歓談する。
どこからか、囁きの会話が届いた。
「何故、軍人がこんなところに?」
「近衛兵ではありませんわよね?」
「侯爵家の横領を暴いた功績で招かれたそうですわよ」
事情通らしき女性の声が答える。
近くの一団が幾つも発言者の傍に集まった。
「あらぁ……」
「彼らが……? 軍が何故?」
「警察の仕事ではないのか?」
「侯爵家の方々が少ないのは、そう言うことでしたのねぇ」
嫌味を含む声音で、ルベルは口の中の幸せが消し飛んだ。
「あの金髪……ウァレリア・アクィラ伯爵の隠し子ではないか?」
「まだ生きていたのか」
「庶子の分際で王女殿下のご生誕祝いに顔を出すなど恥知らずな」
蔑む声に息を詰め、魔装兵ルベルはそっと上官を窺った。
当のラゾールニク少佐はどこ吹く風で、祝いの焼菓子を頬張る。
王族である呪医セプテントリオーが無言で顔を向けると、陰口を叩いた一団は蜘蛛の子を散らすように解散した。
……えっ? じゃあ、あの検証動画の時に言ってた件ってホントのコト?
あの時、モガール記者に扮した魔装兵ルベルは、視聴者の疑問を代弁するつもりで不躾な質問をした。他にも失礼なことを口走った気がして、そっと上官から目を逸らす。
あの動画は、ラゾールニク少佐の顔を隠し、声を変えて配信した。彼は誕生を祝福されず、父である伯爵の正妻と嫡子たちから目の敵にされて育ったと言う。
伯爵は、他の子と同じ教育と衣食住を与えたらしいが、少佐にとって精神的苦痛の多い暮らしだったことは想像に難くない。
ラゾールニク少佐は、どんな思いで王女の生誕祝いの宴に身を置くのか。
魔装兵ルベルは、食べかけの祝い菓子を見詰め、こっそり溜息を洩らした。
☆あの検証動画の時に言ってた件……「3650.告発の呼掛け」参照




