3734.寒々とした宴
印暦二二〇二年四月六日。
ウェルム・ラキュス・ネーニア王女が無事に姫君を出産した。
湖の女神パニセア・ユニ・フローラの信者と湖の民は喜びに沸き、街はお祭り騒ぎだ。ルベルたち陸の民も、久し振りの明るい話題に心が温まった。
大事を取って当面は、母子ともにネモラリス島のデプルスム城には帰らず、ネーニア島のグロム医科大学附属病院で過ごす。
一昨日……四月五日、ラゾールニク少佐と魔装兵ルベルは、ネモラリス島方面総合指令本部で魔法の深皿【明かし水鏡】を使い、ウェルム王女の夫ドラコの実家であるエアロアウステル元侯爵家を調査した。
元侯爵夫妻の曾孫ハスタ・エアロアウステルが、市長として勤めるデプルスム市の公金を横領。一族の大半が事件に関与したと判明した。
ラキュス・ラクリマリス王国軍情報収集室は、デプルスム市を含むギアツィント地方を治める地方長官に事件の情報を伝達。ラキュス・ネーニア王家出身の地方長官の命令でギアツィント地方検察が動き、昨日の夕方には、ハスタ市長と、彼女から横流しされた物品を受取った元侯爵一族は逮捕された。
エアロアウステル元侯爵家の親族であっても、次男のドラコら、事件に関与しなかった者たちはお咎めなしだ。
旧王国時代の横領事件は、ウェルム王女と彼女の夫ドラコに免じて処罰を軽減されたが、今回は二度目……それも、敢えて民主的な制度を残した市政の場での横領だ。厳罰を免れないだろう。
……良い話と悪い話が同時なんてなぁ。
四月七日の今日も、大勢の捜査官がデプルスム城を訪れ、証拠物件の押収で引き続き忙しくする。
慌ただしいことこの上ないが、それはそれとして、出産翌日の今日は予定通り、新たな王女の誕生を祝う宴が催された。
城で同居する親族がごっそり居なくなった次男のドラコが、祝いを述べに訪れた客の応対をする。
ウェルム王女と、名付けがまだの新生児は、ネーニア島のグロム医科大学附属病院で体調の回復を待つ。
「姫君のご誕生、誠に喜ばしく存じます。新たな御世に幾久しく湖水の輝きのあらんことを」
「真心の籠る祝福、有難うございます」
大広間の祝宴には、ラゾールニク少佐と魔装兵ルベルも招待された。
招待客の大半は湖の民だ。陸の民は少佐とルベルを含めても片手で数える程しか居らず、緑髪の中で金髪と赤毛はよく目立った。
儀礼用の軍服に着替えて来たが、場違いこの上なく、ルベルは大柄な身をなるべく小さくして控える。
情報収集室の責任者であるラゾールニク少佐は、来客の視線を意に介さず、焼菓子を頬張った。
祝いの場だが、主役である新生児と大仕事を成し遂げたウェルム王女が不在で、大広間に集う親族も少なく、寒々とした印象だ。
客の一人が、デプルスム城の大広間を見回す。
本来なら、ウェルム・ラキュス・ネーニア王女の近親者と、エアロアウステル元侯爵家の親族でいっぱいになる。だが、主役の関係者は、新生児の父ドラコと片手で数える程の親族しか居なかった。
「しかし……その……随分と……あれですね」
「王家の方々は、グロム医科大学附属病院で、我が娘に祝福を授けておられるのです」
ルベルに負けず劣らず大柄なドラコ中将は、全く臆することなく答えた。
満面の笑みを湛え、ラゾールニク少佐と魔装兵ルベルを掌で示す。
「こちらの二名の働きで、我が家の膿を出し切ることができました」
「そ……それは……それはそれは、不幸中の幸いですね」
話を振った男性が固まり、その連れの女性が顔を引き攣らせて愛想笑いする。
ルベルはますます縮こまった。
ドラコ自身は清々した笑顔だ。
「幸い、悪事に手を染めなかった親族は連座責任を問われずに済みましたので、引続きこの城で暮らせます」
「旧王国時代なら、連座で一族が処刑されるような大罪だったのですか?」
話し掛けた男性の硬直が解け、緑の目を驚きに見開いた。
「今日の夕刊に載ると思いますが……恥ずかしながら、ハスタが、市長を務めるデプルスム市の公金を横領し、俺の両親を含む一族の多くがそれを受領して、証拠隠滅や贓物売買に関与していたのです」
「なッ……!」
「ま……まぁ」
周囲から驚きの声や息を呑む音が聞こえた。
ドラコ中将だけでなく、近くに立つラゾールニク少佐と魔装兵ルベルも一緒に注目を浴びる。
元侯爵家の次男ドラコが、右手を左胸に当てて緑の目を伏せる。
「寛大にも、シェラタン陛下より、引責でウェルム様と離縁する必要はないとのお許しを賜りました」
「さ、左様でございますか」
「では、姫君は、このデプルスム城でご両親様と共に暮らせるのですね?」
「お産まれになられたばかりの王女殿下が、お父様と引き離されずに済んで良うございましたわね」
招待客たちが笑顔を取り戻して聞く。
「いえ、ウェルム様と我が娘、そして、父となった私は、トポリ市に新居を構えます」
「えっ? あの……差し支えなければ、その」
「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
ドラコ中将を囲む招待客たちが顔色を窺いながらも、抑えきれない好奇心を漏らした。
「誰かがあの地に留まり、結界を強化して民を守らねばならないと強く思ったからです」
「何故です?」
若い招待客が、元騎士で現中将のドラコに聞いた。
「トポリ市は交通の要衝にも拘らず、半世紀の内乱以来、王族の居城が喪われたままだからです。戦時中から続くネーニア島北東部に於ける魔獣討伐任務を通じ、魔獣被害の拡大を何度も痛感させられました」
「おぉ……ッ!」
……でも、トポリ基地があるから、別にいいよなぁ?
トポリ基地の陸軍病院を拠点とする軍医レーグルスは、ラキュス・ネーニア王家の一員で、シェラタン女王の甥だ。彼一人が居るだけで、基地周辺のみならず、トポリ市全域とその周辺道路から雑妖が一掃され、小型の魔獣が寄り付かなくなる。
尤も、軍医レーグルスは現在、脳解毒薬の調合講習でルブラ王国領ミクランテラ島の魔法薬学会で教鞭を執る。
同じく王族のアル・ジャディ副将軍らが、度々トポリ基地に滞在してレーグルス王子の不在を補った。
戦時中ならいざ知らず、平和を取り戻した今はそれで問題ない筈だ。
招待客の一人が不躾に聞く。
「トポリ市内でお城が新築されたとのお話は、寡聞にして存じませんが……?」
「物価高騰の折、まずは、何を措いても空襲で焼け出された平民の住居を確保せねばなりません。我が家は当面、兵舎で暮らします」
ドラコは連座せずに済んだ為、引続きラキュス・ラクリマリス王国水軍ギアツィント水上戦群に所属し、防空艦エレギアで指揮官を務める。
中将の地位にある彼は、兵舎でも広々とした幹部用の個室を使えるのだ。
ラゾールニク少佐と魔装兵ルベルは、横領事件を暴いた功労者として祝宴に招かれたが、この後、ウェルム王女たちの荷運びを手伝うよう命じられた。
後日、捜査員が回収した証拠物件を【鵠しき燭台】に掛ける手伝いも頼まれるだろう。
ドラコ中将は、実の父と父の後妻、異母兄姉ら、親族の逮捕に晴れ晴れとした顔だが、他の親族の胸中は如何許りか。
ラゾールニク少佐と魔装兵ルベルは、元侯爵家の者に良からぬ動きがないか、監視も兼ねて祝宴に出席した。
☆地方を治める地方長官……「2630.家族が壊れる」「2632.大鉈を揮う案」参照




