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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第七十二章 平和の譜

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3733.継続中の事件

 魔装兵ルベルは、ネモラリス島方面総合指令本部の備品倉庫で、タブレット端末の動画アプリを起動した。


 作業机の正面に座ったラゾールニク少佐が、魔法の深皿【明(あ)かし水鏡(みかがみ)】に左手を浸して断言する。

 「エアロアウステル元侯爵夫妻は、ウェルム王女殿下が産んだ実の孫たちの死を悲しんだ」

 皿の縁(へり)から水が鋭い三角に起ち上がり、中心に向かって倒れた。

 魔法の深皿【明かし水鏡】を満たす水は、手を浸した者の発言に虚偽があれば反応する。


 ……えぇッ? マジで? 孫が死んでも悲しくなかったって?


 ラゾールニク少佐が質問を断定の形で繰り出し、備品倉庫の係員が銀の深皿【明(あ)かし水鏡(みかがみ)】が反応する様子を動画用のカメラで撮影する。係員の記録はラキュス・ラクリマリス王国軍全体で共有する為のものだ。

 魔装兵ルベルは深呼吸で動揺を鎮め、動画を撮るタブレット端末をしっかり構え直した。こちらは、情報収集室での業務に使用する分だ。

 係員が撮影した王国軍管理の動画を閲覧、複製するには煩雑な手続きをしなければならない。個別の部署で使用するものは一緒に撮影して手間を省くのだ。


 「エアロアウステル元侯爵夫妻は、他にも孫や曾孫、その下の子孫が大勢居るので、ウェルム王女殿下の産んだ孫が全員死亡しても心を痛めなかった」

 ラゾールニク少佐が、同種の質問に要素を付け加えて問うた。

 銀の深皿は反応しない。


 ……孫が大勢居ても自分より先に死んでもいいなんて思わないよな? 普通。


 家族や故郷の村人との関係が良好なルベルには、全く理解不能な感覚だ。

 元侯爵夫妻は長命人種なので、常命人種の子や孫、その下の子孫たちが天寿を全(まっと)うして先に亡くなることに慣れているのかもしれない。

 だが、質問に組込んだ「ウェルム王女殿下が産んだ実の孫たち」は、全員が半世紀の内乱時代に若くして殺害された。


 「エアロアウステル元侯爵夫妻は、ウェルム王女殿下が産んだ実の孫たちを邪魔だと考えていた」

 イヤな質問だが、銀の深皿を満たした水は動かない。


 「エアロアウステル元侯爵夫妻は、ラキュス・ネーニア王家と関係のある人物をエアロアウステル元侯爵家から排除すれば、王家に召し上げられた土地が返還されると考えた」

 やけに具体的な質問だが、銀の深皿は反応しなかった。


 魔装兵ルベルは、何故、保健省の医官セプテントリオーが王族としてラゾールニク少佐に調査を命じたか、だんだんわかってきた。


 「エアロアウステル元侯爵夫妻は半世紀の内乱時代、ウェルム王女殿下が産んだ実の孫を殺害する計画を立てた」

 魔装兵ルベルは、とんでもない発言に動揺したが、水は動かなかった。

 目を疑い、銀の深皿を二度見したが、水はゼラチンで固めたように波紋ひとつ立てない。


 「エアロアウステル元侯爵夫妻は、次男のドラコにウェルム王女殿下との離縁を命じた」

 水は動かない。


 ……拒否したから、今も王女様とご夫婦で、赤ちゃんが産まれたんだもんな。


 魔装兵ルベルは、なんとなく次の事件が起きそうな気がしてきた。

 ラゾールニク少佐が言った「未来の事件に繋がるかもしれない」との言葉に納得する。


 「エアロアウステル元侯爵夫妻、彼らの長女夫婦と長男夫婦は、旧王国時代末期に発覚した横領事件の咎で【強制】を掛けられた為、現在も、ウェルム王女殿下を害することができない」

 水は微動だにしない。


 ……えぇぇえぇぇえッ?


 ルベルは思わず声を出しそうになり、寸(すん)でのところで叫びを飲み込んだ。


 「エアロアウステル元侯爵夫妻、彼らの長女夫婦と長男夫婦は、ウェルム王女殿下には手出しできない為、ウェルム殿下が出産した孫たちを殺害した」

 これにも水は動かない。


 ルベルは予想通りの無反応に言葉を失った。


 ラゾールニク少佐が【明(あ)かし水鏡(みかがみ)】から手を出し、備品倉庫の係員に聞く。

 「今のデプルスム市の市長って誰だっけ?」

 「事前に調べておいて下さいよ。情報収集室なんだから」

 「今度から気を付けるよ」

 ラゾールニク少佐が片目を瞑(つぶ)ってニヤリと笑う。

 係員はボヤきながらも、ポケットからタブレット端末を出して検索した。


 「ハスタ・エアロアウステル……元侯爵の曾孫ですね」

 「ありがと」

 ラゾールニク少佐はイイ笑顔で礼を言い、再び水に手を浸した。

 「デプルスム市の現職市長ハスタ・エアロアウステルは、公金を横領している」

 ラキュス・ラクリマリス王国軍の軍人三人が、魔法の深皿【明(あ)かし水鏡(みかがみ)】に注目する。


 たっぷり数呼吸分待ってみたが、水は全く動く気配がなかった。


 「ダメじゃないですか!」

 ルベルは思わず叫んでしまい、慌てて自分の口を塞いだ。

 ラゾールニク少佐が微妙な顔で言う。

 「ウェルム王女殿下による監視はデプルスム城内に限られ、デプルスム市役所までは監視下に置く必要がない」

 水は動かなかった。


 魔装兵ルベルは溢れる疑問と呆れを止められない。

 「えぇッ? 王女様に見張られてないのをいいことに市長が市役所の税金ちょろまかしたのでありますか?」

 「そう言うコトみたいだね」

 「監査はどうなっているのでありますか?」

 「さぁ? その辺はこれからの捜査に掛かってるんじゃない?」

 ラゾールニク少佐は肩を竦(すく)めたが、姿勢を正して調査を続行する。

 「ハスタ・エアロアウステル市長は、エアロアウステル元侯爵夫妻に横領した公金を横流しした」

 銀の深皿を満たす水は動かない。


 ……あの一族、懲りてないんだな。


 エアロアウステル元侯爵家の面々は、旧王国時代にも自らの領地から得た税を着服。発覚後したが、ウェルム王女とドラコの夫妻に免じて、監視付きとは言え甘い処分で済まされた。だが、反省はしなかったようだ。

 それどころか、ウェルム王女を逆恨みし、彼女が産んだ子供たちを半世紀の内乱に乗じて殺害した。


 ……権力持たせちゃダメなタイプなんだな。


 有権者の選択次第で、エアロアウステル元侯爵夫妻のような人物を権力から遠ざけられることは、民主化の利点だったのだろう。

 神聖復古後も、地方行政では共和政時代の政治制度を残し、市長と市会議員は普通選挙で選ばれる。

 だが、市民が民主的な手段で選んだ現職市長のハスタ・エアロアウステルは、公金を横領した。


 ……でも、横領しないかどうかなんて、どうやって見極めればいいんだ?


 魔装兵ルベルは困惑を胸に【明(あ)かし水鏡(みかがみ)】を見守った。

 ラゾールニク少佐が疑惑を断定の形で発言し、備品倉庫の係員が魔道具の反応を動画で記録する。

 タブレット端末に一覧表を表示させ、エアロアウステル元侯爵家に所縁(ゆかり)ある者の呼称を一人一人挙げて、デプルスム市公金横領事件への関与の有無を確認した。


 エアロアウステル元侯爵夫妻、長女一家、長男一家、彼らの直系子孫の大半が、横領した金品を受領、証拠隠滅や贓物(ぞうぶつ)売買に協力。事件に関与しなかった親族は、次男ドラコを含むほんの一握りだと判明した。

☆神聖復古後も、地方行政では共和政時代の政治制度を残し……「2629.庶民化の渇望」参照


【参考】贓物(ぞうぶつ)=盗品など、他人の財産権を侵害して得たもの。

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◆野茨の環シリーズ 設定資料◆
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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