3732.未来を守る為
魔装兵ルベルはラゾールニク少佐に呼ばれ、ネモラリス島方面総合指令本部の会議室に居る。
「今日からしばらく俺と一緒に捜査だ。半世紀の内乱時代に起きた殺人事件」
「殺人事件……? 警察の仕事ではありませんか?」
赤毛のルベルは首を傾げ、金髪の上官を見た。少佐は三十代後半のルベルより若く見えるが、長命人種なので、実際は桁違いに年上だ。
「王室や元貴族の絡む事件だと、警察に圧力掛けて揉み消しちゃうから、王命で軍が動くしかないんだよ」
「情報収集室の業務には、警察の仕事も含まれるのでありますか?」
長命人種の上官はイヤな顔ひとつせず、初歩的な質問に答えた。
「その名の通り“情報を集める”んだよ。司法捜査機関じゃないから逮捕とかはできない。ヨージとエヂナロークの事件でもそうだったろ」
「あぁ……はい。不敬罪とか、警察に情報提供しただけでしたね」
魔装兵ルベルはあの多忙な日々を思い出し、胃が重くなった。
近衛兵の二人が、勤務時間中にSNSへの投稿や動画の生配信をした前代未聞の不祥事だ。音声だけとはいえ、姫君呼ばわりされたレーグルス王子が立腹する様子も、そのまま配信されてしまった。
この不敬罪事件を受け、ラキュス・ラクリマリス王国軍内の全職員に対してSNSの利用実態を秘密裡に調べ上げる業務が発生。ルベルたち情報収集室の隊員は、何カ月も残業と休日出勤が続いた。
軍内で対応できる程度の者は、訓戒や減俸などの処分を科したが、刑事事件相当の者は警察と裁判所に委ねた。
「この部署はその為にあるんだ」
「了解……しかし、何故、古い事件を今頃になって捜査するのでありますか?」
魔装兵ルベルが産まれる前の事件だ。
当時、既に成人済みのラゾールニク少佐が溜息混じりに答える。
「半世紀の内乱時代の事件は全部時効扱いだから、警察は動けないんだよ」
「そうだったんですか?」
「それが、半世紀の内乱を終わらせる条件のひとつだったからね。王家同士の関係もあるしさ」
……そう言えば、政治的な意見が違う王族同士が殺し合ったって習ったな。
ルベルは、教科書の記憶を手繰って頷いた。
ラゾールニク少佐が、思い出した顔で語る。
「当時は殺人事件とか多過ぎて、警察の手が幾らあっても足りなかったしな」
「あぁ……あれっ? 何故、時効が成立したのに蒸し返すのでありますか?」
「未来の事件に繋がるかもしれないからだよ。防げるものは防いだ方がいい」
魔装兵ルベルはギョッとして上官を見た。
ラゾールニク少佐はいつも通り飄々として考えが読めない。
「セプテントリオー殿下が気にしてらしてね」
「ウェルム王女殿下のご出産を担当される医官のお方ですよね?」
魔装兵ルベルは戦時中、ラズートチク少尉と組んだアーテル共和国本土での任務で、何度か呪医セプテントリオーの護衛を務めた。当時の呪医は、公立病院の勤務医だったらしい。
「うん。デプルスム城で何か気になることをみつけたみたいなんだ」
「気になること……でありますか?」
ラゾールニク少佐は、持って回った言い方をしてルベルの瞳を覗き込んだ。
王族のセプテントリオーは、ウェルム王女の居城であるデプルスム城で、半世紀の内乱時代に発生した殺人事件の痕跡をみつけたのかもしれない。
「調べてみて何もなさそうならそれで安心できるし」
「先のコトなど、わからないのではありませんか?」
「内乱時代に起きた事件の動機がわかんないと、先のこともわかんないよね?」
ラキュス・ネーニア王家に新たな王女が誕生することで、いずれかの王族がこの赤ん坊を殺害する可能性に気付き、ルベルは胃に石を放り込まれた心地になった。
「では、当時の事件を【鵠しき燭台】で調査するのでありますか?」
「物的な証拠が手許にないから、【明かし水鏡】で調べるよ」
魔法の鏡【鵠しき燭台】を使用するには、調べたい人物か物体を鏡面に接触させる必要がある。上質なものであれば、場所に対しても使用できるが、本体か補助具を置いた場所でなければ映らない。
「昨日、少しだけ手を着けたから、今から調べるのはその続き」
「えッ? いつの間に」
ルベルは思わず驚きを漏らした。
ラゾールニク少佐が苦笑する。
「頑張って何とかしたけど、急にデプルスム城から近衛兵を寄越して、内緒で調べてって言われて参ったよ」
……呪医の仕事じゃないけど、親戚の子が殺されるかもみたいなヤバそうな何かに気付いたら、そりゃ動くよな。
内密に調査させたのは、出産を間近に控えたウェルム王女を動揺させない為だろうが、何事か企む人物に知られ、事態が良くない方向へ動くことを懸念したのもあるだろう。
「書類はセプテントリオー殿下に書いてもらったから、すぐ貸してもらえるよ」
ラゾールニク少佐が席を立ち、魔装兵ルベルは上官と共に備品倉庫へ向かう。
備品倉庫の尋問用具を保管する棟の担当者は、以前と同じ二人組を見て露骨にイヤな顔をした。
ラゾールニク少佐が、折り畳んだ書類を軍服のポケットから出して渡す。
「はい、セプテントリオー殿下の申請書。今回と前回、両方書いてもらったからさ、近衛兵が書いた昨日のは破棄してくれる?」
「そう言うワケにはゆきません。両方一緒に保管する決まりです」
「はいはい。貸してもらえるんなら何でもいいよ」
倉庫の中央には、既に【明かし水鏡】が用意してあった。
木製の作業机に水を満たした銀の深皿がぽつんと置かれた様子は、脈絡のない夢のようで、何とも奇妙な心地になる。
三脚を取り付けた動画用カメラが作業机の傍らに据えてあり、倉庫の係員が電源を入れた。
係員が作業机に座り、起動の呪文を唱える。
書類二枚を重ねて右手に持ち、袖捲りした左手を水に漬けて断言した。
「この書類は、セプテントリオー・ラキュス・ネーニア殿下のご真筆である」
しばらく待ったが、虚偽に反応する銀の深皿を満たした水は動かない。
係員が頷いて、少佐と場所を代わる。
「では、ラゾールニク少佐に【明かし水鏡】の使用を許可します」
「ありがとさん」
ラゾールニク少佐が魔法の深皿の前に座り、魔装兵ルベルは上官の正面に座ってタブレット端末を構えた。
☆ヨージとエヂナロークの事件……「2948.情報を深掘り」~「2950.面倒臭い任務」参照
☆以前と同じ二人組……「3502.書類にサイン」「3503.敵をみつける」参照




