3730.元侯爵の一族
翌朝。
帝王切開に臨むウェルム王女、産婦に付き添う夫の元侯爵次男ドラコは、朝食前にネーニア島のグロム医科大学附属病院へ出発する。
夫婦と共に【跳躍】する周産期医療チームは、呪医セプテントリオーと近衛兵五名、クレーヴェル城から伴う女官二名、ウェルム王女付きの近衛兵五名と女官三名だ。
グロム医科大学附属病院では、主治医である産科のマトローナ教授、看護師三名が受容れ準備を整えて待つ。
エアロアウステル元侯爵夫妻、長女夫婦、長男夫婦、その子供たちの一家と孫らが、デプルスム城の玄関ホールに勢揃いした。使用人たちも、壁際に整列して次男夫婦の見送りに参加する。
確かに結構な大所帯だ。
セプテントリオーは、まだ本調子ではない。この一族全員に挨拶すれば、それだけで疲れてしまっただろう。
エアロアウステル家は、長命人種が産まれやすい家系らしい。
湖の民だが、男子が多く、旧王国時代最後の元侯爵は男性だ。
元侯爵夫人が一歩進み出て、優雅な所作で頭を下げる。
「セプテントリオー殿下、何分、一族では初めての帝王切開でございます故、私共エアロアウステル家一同、不安に打ち震えております。ご出産に臨まれるウェルム王女殿下のご心労、いかばかりかと……ほぼ女神様であらせられる御身のお力で何卒よろしくお願い申しげます」
「えぇ。無事にお孫さんと対面できるように努めます」
呪医セプテントリオーは、愛想笑いで応じた。
「私には、セプテントリオー様とマトローナ教授がついているのですから、心配は無用ですよ」
ウェルム王女は微笑んで、夫の一族を見回した。
元侯爵が妻の斜め後ろで深々とお辞儀する。湖の民の貴族として、女性を前に立てる慎ましさは持ち合わせているらしい。
彼に続いて、エアロアウステル元侯爵家の一同も臣下の礼を取った。
……彼らの態度には、特に不審な点はないな。
良からぬことを企んだとしても、王族の眼前では尻尾を出さないだろう。
セプテントリオーは、ウェルム王女夫妻に昨日の調査結果を共有しなかった。出産前に余計な心労を負わせたくないからだ。
……マトローナ呪医に口止めして、情報共有しなければな。
一行はネーニア島のグロム市に跳んだ。
産婦が王族なので、警備が容易な個室が割り当てられた。身の回りの世話は王女付きの次女が担当し、警備もラキュス・ネーニア王家が派遣した王女の専属近衛兵が担う。
早速、朝食が運ばれてきた。
「それでは、また後程」
ウェルム王女を病室に残し、呪医セプテントリオーたちはグロム医科大学の小会議室に移動した。
既に簡易ベッドが設置してある。
近衛兵たちが次々と術を掛け、部屋の防護を底上げした。
明日の朝まで、呪医セプテントリオーはここで休息を取るのだ。
病棟の宿直室を独り占めしては、病院業務に支障を来す。警備の都合や急変時の対応もあり、医科大の会議室に泊まるのが最善なのだ。
近衛兵五名と女官二名は交替で詰める。彼らの宿泊は、産婦の夫ドラコが大学最寄りのホテルを押えてくれた。ドラコ自身も、今夜はそちらに泊まると言う。
救急車のサイレンが聞こえ、呪医セプテントリオーは腰を浮かせた。
アルボル女官長がすかさず釘を刺す。
「決して、応援に行かれませんよう」
「くれぐれも、お願い申し上げます」
近衛兵たちも扉や窓の傍に展開し、険しい顔で呪医セプテントリオーを瞬きもせず見詰める。
「え、えぇ……わかっています。勿論、今日と明日はウェルム殿下のご出産に専念しますよ」
呪医セプテントリオーは、ひとつ溜息を零して、会議机のパイプ椅子に座り直した。その瞬間、重要な件を思い出して命じる。
「ラシーハ、マトローナ呪医とドラコさんを呼んで下さい」
「御意」
大柄な女性近衛兵ラシーハが、機敏な動きで会議室を出る。
程なく、産科の呪医マトローナと産婦の夫ドラコを伴って戻った。
近衛兵ジャドが会議室の扉に【防音】を掛ける。
セプテントリオーは二人にパイプ椅子を勧めて言った。
「お忙しいところ恐れ入ります。内密にお伝えしたいことがあるのです」
「どのようなご用件でしょう?」
ドラコが疑問に不安を乗せる。
マトローナ教授は、怪訝な顔で呪医セプテントリオーを見た。
「昨日、少し気になることがあって【明かし水鏡】で調べさせたのですが」
「いつの間に……?」
ドラコが驚く。
「私の近衛兵に枕を取りに行かせた際にです。ドラコさん、マトローナ呪医、ここでお話しする件は、私がいいと言うまで決して他言してはなりません」
魔力を籠めて命じると、二人は無言で顎を引いた。
近衛兵ラーヴァを使いに出し、ラキュス・ラクリマリス王国軍に調べさせた結果を掻い摘んで説明する。こんな体調でも、口止めが効いたので、簡易報告書も見せた。
エアロアウステル元侯爵令息ドラコは、言葉もなく頭を抱えた。
マトローナ教授が不安を口にする。
「この病院に刺客を放つ可能性がある……と言うことでしょうか?」
呪医セプテントリオーは、正直に答えた。
「彼らが現在、どんな考えを抱いているか、当時の犯行動機も不明なので、可能性は否定しきれません。何もないかもしれませんが、心積もりだけお願いします」
ドラコが勢いよく顔を上げ、マトローナ教授に懇願する。
「俺も病室に泊めて下さい! お願いします!」
「え……えぇ、可能でございます。このようにご用意致します」
マトローナ教授は、会議室には場違いな白い簡易ベッドを掌で示した。
ドラコが顔を明るくして何度も礼の言葉を繰返す。
セプテントリオーは、なるべく明るい声で言った。
「王家が派遣したウェルム王女殿下専属の近衛兵が警備に当たりますし、お食事は院内調理で、毒見もありますから、院内では安全に過ごせる筈です。問題はデプルスム城にご帰宅なさってからですね」
ドラコは表情を消して大きく息を吐くと、会議机に視線を落として語り始めた。
「半世紀の内乱当時の動機には、心当たりがございます」
「その前に、マトローナ呪医、鎮花茶を少々お願いできますか?」
「御意」
マトローナ教授は、すぐに紙コップと鎮花茶の小袋を持って来た。
女官のモルムが淹れ、甘い香りが小会議室を満たす中、近衛兵ジャドが【防音】を掛け直す。
鎮静作用のある甘い芳香に包まれて、ドラコが心当たりを話し始めた。
「恥ずかしながら、この調査結果の通り、私の両親と姉夫婦、兄夫婦は、旧王国時代に領地運営で不正を働きました」
「シェラタン陛下の采配で、あなたの家族は、ウェルム殿下の監視下に置かれることで処刑を免れたとありますが」
「はい。事実でございます」
呪医セプテントリオーが確認すると、ドラコは悔しげに顔を歪めて頷いた。
「それで、ウェルム殿下を恨んでいると言うことなのですね?」
「いえ……それは【強制】を掛けられましたので、ウェルム様を直接どうこうすることはできません」
「そうだったのですか……まぁ、当然と言えば、当然の処置ですね」
そうでなければ、監視役を殺害して自由になろうとするだろう。
「子供たちがみんな亡くなってしばらくしてから、両親と姉に離縁するよう言われましたが、私はウェルム様を愛しているので、絶対にイヤだと答えました」
「な……何故、そのように無神経な要求を?」
マトローナ教授が怒りに声を震わせて聞く。
「恐らく、離縁すれば監視が外れると思ったのでしょう。離縁しても子供たちが居れば王家との繋がりが残るので、邪魔だと判断したのではないかと」
ドラコの声が震え、語尾が消える。
呪医セプテントリオーは首を傾げた。
「実の孫を害して、あなたをウェルム殿下と離縁させても、横領が原因で取り上げられた土地の所有権は戻らないと思うのですが?」
「両親たちの考えは……私にはわかりかねます」
「ご姉兄のお考えも、ですか?」
近衛兵テーメニが口を挟んだ。
項垂れたドラコが顔を上げて答える。
「私の母は三番目の妻で、兄弟姉妹はそれぞれ母親が異なります」
「えッ?」
テーメニが驚く。
セプテントリオーも初耳だ。
ドラコが少し考えて答える。
「先妻は七……いや、八人だったか……私の母も含めて、みなさん常命人種でした。父は妻が亡くなる度に再婚を繰返し、すべての子供と新たな妻を養子縁組して参りました。最後に結婚した現在の妻だけが長命人種なのです」
「では、他にも姉君と兄君が居られたのですね?」
セプテントリオーの確認にドラコが頷く。
「私も肖像画でしか知りませんが、常命人種の兄と姉が十人以上、弟妹も五人居りましたが常命人種でした。私より先に産まれた甥姪も大勢居たようです」
長命人種の居る家系ではよくあることだ。
この場で最年長のアルボル女官長が、長命人種としては若者のドラコに言う。
「年齢が離れていることで意見が合わないのはよくあることです。気に病まないで下さい」
「常命人種の親子でも、世代間の価値観の違いで衝突するのは、よくあることですからね」
近衛兵ルガビークも言い添えた。
「赤ちゃんとどこで暮らすかは、ウェルム殿下の産後の様子を診て入院中に考えましょう」
呪医セプテントリオーは、励ましを籠めてドラコに声を掛けた。




