3729.敵だった家族
セプテントリオーはデプルスム城の客間で、寝台に置いた簡易報告書を捲って三枚目に目を通した。
クレーヴェル城から伴った近衛兵三名と女官二名も、寝台に身を乗り出して黙読する。
使いに出した近衛兵ラーヴァには休息と、この客間付きの女官を引き付ける役目を与えた。近衛兵ジャドは、引き続き【防音】を掛けた扉を【索敵】で監視する。
このページは【明かし水鏡】による調査結果だ。
<半世紀の内乱中の事件 マチーシ様毒殺事件>
エアロアウステル元侯爵夫妻はウェルム王女が産んだ孫三名を暗殺した。はい。
エアロアウステル元侯爵家の長男夫婦と長女夫婦はその犯行に加担した。はい。
マチーシ様毒殺事件の実行犯はデプルスム城の使用人である。はい。
その使用人に犯行を指示したのはエアロアウステル元侯爵夫人である。はい。
毒殺実行犯である使用人は逃亡した。いいえ。
毒殺実行犯である使用人は捕縛された。いいえ。
毒殺実行犯である使用人は殺害された。はい。
毒殺実行犯である使用人はエアロアウステル家の者に殺害された。はい。
セプテントリオーは、簡易報告書三ページ目の最初の項目を読んだだけで、目眩がするような思いがした。
「エアロアウステル元侯爵夫妻が、実の孫を……よりによって、王家と血縁関係にある孫を……何故……?」
疑問を上手く言語化できない。
それに答えられる者は、この場には居なかった。
<半世紀の内乱中の事件 ウェリア様殺害事件>
ウェリア様襲撃の実行犯はキルクルス教徒である。いいえ。
ウェリア様襲撃の実行犯はラキュス・ネーニア王家の血縁者である。いいえ。
ウェリア様襲撃の実行犯はラクリマリス王家の血縁者である。はい。
ウェリア様襲撃犯の犯行理由は宗派の違いである。いいえ。
ウェリア様襲撃犯の犯行理由は政体の違いである。はい。
ウェリア様襲撃犯は共和派である。はい。
ウェリア様襲撃犯は単独犯である。いいえ。
ウェリア様襲撃犯の協力者はエアロアウステル元侯爵家の関係者である。はい。
ウェリア様襲撃犯の協力者はエアロアウステル元侯爵夫妻である。いいえ。
ウェリア様襲撃犯の協力者はエアロアウステル元侯爵令嬢である。いいえ。
ウェリア様襲撃犯の協力者はエアロアウステル元侯爵令息である。いいえ。
ウェリア様襲撃犯の協力者はエアロアウステル元侯爵令嬢の夫である。いいえ。
ウェリア様襲撃犯の協力者はエアロアウステル元侯爵長男の妻である。はい。
メフィティス殺害事件に関しても、真偽を見極める魔道具【明かし水鏡】による調査結果が、同様に並ぶ。
「つまり、当時、共和派だったラクリマリス王家のどなたかが、ドラコさんの兄嫁の手引きでウェリア様とメフティス様を殺害した……と」
ウェルム王女の娘二人は、それぞれ別の神殿で呪医の修業を積んだ。ラキュス・ネーニア王家出身の女性呪医は、どの学派でも「ほぼ女神様」として神聖復古の求心力となり得る。
本人にその意志があろうがなかろうが、信者と神聖復古派が祀り上げる可能性がある以上、共和制維持派にとっては目障りな存在なのだ。
この簡易報告書には、襲撃犯がラクリマリス王家の誰であったか、情報がない。
当時も、ラクリマリス王家はこの事件を揉み消したのだ。
今頃になって蒸し返しては、折角、再統合したラキュス・ラクリマリス王国が再び分解してしまいかねない。
セプテントリオーは、喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
……舅姑と小姑が先に産まれたお子様三名の殺害に関与……下のお二方も自ら死を選ぶような状態だったとは。
セプテントリオーは親戚として、ウェルム王女が今回の帝王切開による出産を無事に終えても、デプルスム城に帰宅しない方がよさそうな気がした。
彼らが、ほんの僅かな隙を突いて、新生児に危害を加える懸念を拭えない。
「犯行動機がわかれば、対策の立てようもあるのですが」
セプテントリオーは簡易報告書を捲った。この四枚目で最後だ。
<事件の情報>
ウェリア王女殿下とドラコ様は、半世紀の内乱時代に発生した事件について、詳しい情報を与えられていない。
マチーシ様毒殺事件に関しては、使用人の犯行であることは伝わっている。
毒殺実行犯である使用人は、エアロアウステル元侯爵が殺人罪で処刑した。
半世紀の内乱による混乱で、共和国政府の司法機関は充分に機能しなかった。
元エアロアウステル侯爵家には共和国政府の警察権も裁判権もなかったが、地域の実情に応じて元領主による代行が認められた為、この処刑は不自然なことではなかった。
ウェリア様とメフティス様の殺害事件に関しては、ラクリマリス王家の一員による犯行であることは伝わっている。
当時は両王家間でも殺人が横行。報復による激しい武力衝突でマルィ半島が切断され、新たな島が発生するなど、人民に大きな被害を出す例が多かった為、穏健派は追及を避ける傾向があった。
ウェルム王女殿下とドラコ氏は穏健派で、娘の死を悼んでも報復は望まず、事件について、ラクリマリス王家が揉み消すに任せた経緯がある。
「ドラコ様はご自身の親兄姉が事件の黒幕なのをご存知ないんですか?」
近衛兵テーメニが驚く。彼は長命人種だが、まだ百二十歳そこそこで、事件当時はほんの子供だった。
二百歳代前半の近衛兵ラシーハが微妙な顔になる。
「ご存知なら、この城で一緒になんて暮らせないでしょう」
「いや……まぁ……そうでしょうけど……元侯爵夫妻たちはどんな神経を」
「そう言えば、テーメニは共和政時代の産まれだったな……貴族ではそう珍しくもない思考だ」
三百歳代前半の近衛兵ルガビークが、遠い目をして溜息混じりに吐き捨てた。
元侯爵夫人のアルボル女官長と元伯爵令嬢の女官モルムが、何やら思い出した顔で小さく頷く。
セプテントリオーの家族はそんなコトはなかったが、ルガビークの一言で、旧王国時代に漏れ聞こえた他家の醜聞を幾つも思い出した。
近衛兵たちを見回して聞いてみる。
「どうすれば、ウェルム殿下とお子様をお守りできると思いますか?」
「産褥期の療養を名目にして、ウェルム王女殿下のご実家に里帰りなさるのは如何でしょう?」
長命人種としては若い女官モルムが提案した。
アルボル女官長が首を横に振る。
「それでは一時凌ぎにしかなりません。しかも、ウェルム王女殿下のご両親は既にお隠れになられ、兄君には兄君のご家庭がおありです。兄嫁様とのご関係を考慮すると、あまり長く滞在しては、いい顔をされないでしょう」
「そう言うものなのですか?」
セプテントリオーは意外に思って聞いてみた。
アルボル女官長が、背筋を伸ばして即答する。
「仮令、仲が良かろうと、家に女主人が二人も居りますと、長く共に暮らす内に何かと軋轢が生じやすいものなのです。つかず離れず、そこそこの距離を保てばこそ、良好な姻戚関係を維持できるのでございます」
「そう言うもの……なのですか?」
セプテントリオーは、自分の姉兄の配偶者を思い出してみたが、特に何か揉め事があった記憶はない。
物心ついてすぐ呪医の許へ修業に出され、親戚の祝い事や季節の行事などでは帰宅したが、基本的に市井の子供と共同生活を送った。
呪医の資格を得て軍医になると、魔獣討伐部隊と共に各地を転戦。偶に帰宅しても、積み上がった公爵としての職務をこなすだけで汲々として過ごした。
セプテントリオーは、両親や祖母と実家で同居した姉一家と兄一家の関係を表面的にしか知らなかったことに気付いた。
母が侯爵で父が補佐官だったが、両親は陞爵に伴いセプテントリオーに家督を譲ったのを機に聖職者の勤めに専念した。
セプテントリオーは軍医就任と同時に公爵位を賜ったが、軍の業務だけで手いっぱいだった為、領地の運営は姉一家と兄一家に丸投げしたのだ。
領主の仕事は主に長姉が担い、他の姉と兄、その配偶者たちと成長した子供たちは、その仕事を補佐した。
……我が家は上手く回っていると思っていたが、普通に考えれば、仕事などで意見の衝突が一度もなかった筈はないよな。
思わぬことで、今は亡き自分の家族を見詰め直すことになり、呪医セプテントリオーは戸惑った。
☆マルィ半島が切断……「1863.地を割る威力」参照




