3728.簡易な報告書
お茶の時間。
近衛兵ラーヴァがやわらかな羽根枕を二個重ねて抱え、クレーヴェル城からデプルスム城に戻った。ソファの傍らに跪いて両手で捧げ持ち、客間で午後のお茶を嗜むセプテントリオーに恭しく差し出す。
「大変お待たせ致しまして恐れ入ります。こちら、セプテントリオー殿下ご愛用の枕でございます」
セプテントリオーが彼女を使いに出したのは、朝食直後の周産期カンファレンスとウェルム王女の診察が終わって間もなくだ。
彼女が昼食をどうしたか気になったが、使い慣れた枕を笑顔で受取った。
「ご苦労様でした。随分、時間が掛かりましたね?」
「留守居の女官に持ち出しの許可を云々され、議論になっておりました」
……案の定、王国軍の備品係と揉めたのだな。
セプテントリオーは無理な命令を出したことが申し訳なくなった。
「そうですか」
「間に入ってくれた者があり、こうして無事、セプテントリオー殿下の許へお持ちできました」
「苦労を掛けましたね。昼食はどうしました?」
「まだでございます」
「ラーヴァの働きのお陰で、安心して眠れます。私が昼寝する間、ゆっくり食べて下さい」
セプテントリオーは、枕二個を抱えてソファから腰を上げた。
この客間付きのベテラン女官が、一礼して退室する。
「厨房に声を掛けて参ります」
「ラーヴァ、一緒に行きなさい。女官のあなたも彼女と共に休憩しなさい」
「御意」
女性近衛兵ラーヴァは、デプルスム城の女官に続いて客間を出た。
セプテントリオーは寝台に移動し、天蓋のカーテンを閉めて、残った近衛兵四人と女官二人を招じ入れる。
枕二個を置いて上のひとつを除けると、下の枕が不自然に四角く膨らんでいた。カバーの中に紙束があるのだ。
……わざわざ結果を入力して印刷してくれたのか。
セプテントリオーが視線を向けると、近衛兵ジャドが扉に【防音】を掛けた。
枕に隠して持ち込んだのは、パソコンで印刷した箇条書きの文章だ。
近衛兵ラーヴァを送り出して四時間余り。移動の大半は【跳躍】のなので短縮できるが、城内の移動などは徒歩だ。
ラゾールニク少佐たちへの連絡や、王国軍の備品係との交渉、魔法の深皿【明かし水鏡】の使用、結果の入力と印刷にどの程度の時間を要したかわからないが、今日中に結果を得られて安堵した。
セプテントリオーが寝台に上がり、A4用紙を前に身を屈めて座る。近衛兵と女官は寝台に身を乗り出して結果の一覧を囲んだ。
ジャドだけは【索敵】を唱え、客間の扉を監視する。
<エアロアウステル侯爵夫妻>
当初、ウェルム王女と次男ドラコとの婚姻に賛成した。
ラキュス・ネーニア王家が、エアロアウステル家の所領を直轄領化したことは、想定外だった。
デプルスム地方の領有権を奪われ、代官として領主の仕事だけさせられたことに立腹した。
民主化後、全員が平民になっても、王家が土地の所有権を返還しなかったことに不満を抱いている可能性が高い。
「王家の姻戚としての地位が手に入っても、ウェルム殿下の王位継承順位が低いので、舅姑の権力が思った程には強くならなかった……から?」
だが、そんなことは結婚前からわかることだ。
セプテントリオーは、エアロアウステル侯爵夫妻の心情を想像してみたが、しっくりこなかった。
近衛兵たちとアルボル女官長はそれぞれ別の侯爵家出身、若い女官モルムは伯爵家出身だ。
当時、宮廷でどのような思惑が交錯し、噂が回ったのか。王族とは言え、軍医として魔獣討伐の現場に出突っ張りだったセプテントリオーより詳しいだろう。
セプテントリオーは、この場で最年長のアルボル女官長に聞いてみた。
「ウェルム殿下のご実家は、何故、この地を直轄領にしたのでしょう?」
「ドラコ様はウェルム殿下の許へ婿入りしました。通常でしたら、彼が身ひとつで実家を出るところでございます」
「そうですよね。何か、次男の彼が家を出られない事情があったのですか?」
「この地の領地運営に疑義が生じておりましたので、王家は監視の為にウェルム王女殿下を送り込んだのでございます」
「えッ……?」
セプテントリオーは初耳だが、侯爵家出身の近衛兵たちは無言で首を縦に振る。女官のモルムだけは驚いた顔をしたが、すぐに表情を消した。
「エアロアウステル家の横領が明らかになりましたが、それを弁済し、この地の権利を放棄し、王女殿下の監視下で代官となることを条件に刑を免除されました」
「えぇ……? 何故、そんな面倒なことをしてまで処罰しなかったのですか?」
「エアロアウステル侯爵家がそのような罪状で公に処罰されますと、ウェルム王女殿下は、“罪人の身内”となる恋仲のドラコ様と離縁させられます。そこで、当時は本家の第一王女殿下であらせられたシェラタン陛下の采配で、内々に処理する取り決めがなされました」
「そ……そう……だったのですか」
セプテントリオーは、旧王国時代に目の当たりにした若夫婦の仲睦まじい様子を思い出し、複雑な気持ちになった。
簡易報告書に視線を戻す。
どうやらこの部分は、嘘に反応する魔道具【明かし水鏡】の調査結果ではなく、当時の記録の写しらしい。
<ウェルム王女殿下とドラコ侯爵令息の子供たち>
ウェリア様
第一子。長女。長命人種。旧王国時代に誕生。
呪医となるべくネーニア島のプラーム神殿で修行。
半世紀の内乱中、プラーム神殿で暗殺された。
メフィティス様
第二子。次女。長命人種。旧王国時代に誕生。
呪医となるべくネーニア島のモースト神殿で修行。
半世紀の内乱中、モースト市内で暗殺された。
マチーシ様
第三子。長男。長命人種。旧王国時代に誕生。
父方の親戚を嫌悪する。母を守る為、実家に残る。
半世紀の内乱中、実家のデプルスム城内で毒殺された。
ランケア様
第四子。三女。常命人種。民主化後に誕生。
王族の範疇には収まるが、魔力が弱く、継承権は与えられなかった。
豪商と婚姻。内乱前に出産時の事故で母子共に死亡。
ファラーリカ様
第五子。四女。民主化後に誕生。成人前に事故死。
第三子までは旧王国時代に誕生し、民主化後に成人を迎えた。
ウェリア様とメフティス様は、父方の親戚が推薦した者との婚姻を避ける目的で呪医の修業を積む為、神殿入りした。
マチーシ様は、元王族との縁組が難航し、独身のまま死亡。
セプテントリオーは、民主化後に誕生した三女と四女の存在を知らなかった。驚きが口を衝いて出る。
「王家の血を引く女性が出産時の事故で死亡? そんな馬鹿な……!」
近衛兵ルガビークが記録に視線を落として言う。
「記録上は事故扱いですが、当時の事情通によりますと、実際はご自身で【魔道士の涙】になられたとの見解が有力視されておりました」
「えぇ……ッ?」
敢えて焼身自殺を図った可能性を示され、セプテントリオーは言葉が続かない。
アルボル女官長が、意を酌んで質問した。
「何故、そのような……?」
「民主化後のことに関しましては、情報不足ですので確かなことは申し上げられません」
近衛兵ルガビークは無難な答えを寄越した。




