3727.口実は忘れ物
呪医セプテントリオーは、近衛兵たちと共にウェルム王女の寝室からデプルスム城の客間に戻った。
不意に不安に駆られ、平静を装って、この客間付きの女官に用事を言いつける。
「少し疲れました。何か、軽くて甘いものを持って来てくれませんか?」
「畏まりました」
女官が退室するのを待って、近衛兵ラーヴァに命じる。
「少しだけ【防音】を掛けて下さい」
「御意」
女性近衛兵ラーヴァは、一も二もなく王族であるセプテントリオーの命令に従った。彼女は、ミェーフ大統領の護衛任務を与えて遠ざけた近衛兵セルペンチニートの後任だ。
セプテントリオーは、クレーヴェル城から伴う自分付きの近衛兵五名と女官二名を見回した。
「皆さんにひとつ質問があります」
「何なりとお尋ね下さいまし」
アルボル女官長が応じ、他の者たちもセプテントリオーに注目する。
「半世紀の内乱時代の事件についてなのですが」
「はい」
近衛兵五名が背筋を伸ばす。
「ウェルム殿下のお子様三名が暗殺されたのは、どこでしたか?」
「王子様はこの城で毒殺され、姫君はお二方ともネーニア島で、個別に賊の襲撃を受けて殺害されました」
答えたのは、三百歳代前半の近衛兵ルガビークだ。
王位継承権者を殺害し得る強大な魔力の持ち主は限られる。
セプテントリオーは、旧王国時代には騎士だった近衛兵に確認した。
「その賊も王族なのですね?」
「襲撃犯は逮捕されず、迷宮入りしました」
「当時の捜査機関は【鵠しき燭台】を使わなかったのですか?」
アルボル女官長が、セプテントリオーと同じ疑問を発した。
「内乱当時は、様々な勢力が入り乱れておりまして、捜査の方針などもアレでですね」
近衛兵ルガビークの答えは、歯切れが悪い。
セプテントリオーはイヤな予想を口にした。
「もしかして、いずれかの王族が捜査当局に手を回して、揉み消しを図ったのですか?」
「クレーヴェル城にお帰りになられてから、改めて【明かし水鏡】でお調べ致します」
ルガビークは答えをはぐらかした。
……まぁ、流石に今は無理だろうが。
セプテントリオーは、部屋着にも着替えず、白衣姿のままソファに身を沈めて嘆息した。護衛の持って回った言い方は引っ掛かるが、帝王切開の予定は明後日だ。明日はグロム市への移動後、休息しなければならない。
近衛兵ラーヴァが小さく手を挙げて提案する。
「忘れ物を取りに行けとお命じ下さいましたら、私が調査を伝言致しますが?」
「誰に頼むつもりですか?」
思わぬ提案にラーヴァをまじまじと見て聞き返す。
緑髪の女性近衛兵は、間髪入れず答えた。
「電脳軍のラゾールニク少佐です」
「あッ……えー……それでは、もし、少佐の都合がつかなければ、彼の部下のラズートチク少尉に言って下さい」
「御意。忘れ物は何に致しましょう?」
確かに手ぶらで戻れば怪しまれかねない。
「えぇっと……私の枕を持って来て下さい」
「御意」
ラーヴァは【防音】を解除し、忘れ物を取りにクレーヴェル城に帰還した。
入替りにデプルスム城で勤務する古参の女官が、ワゴンを押して入室する。ベテランの彼女は、紅茶と焼菓子を手際よく応接机に並べ、壁際に控えた。
セプテントリオーは何食わぬ顔で聞いてみる。
「明日にはグロム市へ移動しますので、その前にエアロアウステル家のみなさんに一言だけ挨拶しておきたいのですが、ご多忙でしょうか?」
「先代ご夫妻は、自分たちに割くお時間は休息に充てて、万全のご体調でお産に臨んでいただきたいとのことでございます」
緑髪の女官は壁際で一礼すると、用意された答えをすらすら述べた。
……流石に明日は、息子夫婦の見送りくらいするだろう。
「では、明日の出発の際、声を掛けるとしましょう」
「ご伝言、確かにお預かり致しました」
緑髪の女官が恭しくお辞儀する。
……舅と姑はともかく、ウェルム殿下が気にしておられたのは、小姑たちだ。
この侍女は、ドラコの姉夫婦と兄夫婦について改めて聞いても、同様の答えしか返さないだろう。
呪医セプテントリオーは、アルボル女官長と若い女官モルムの手で魔力の消費量の少ない部屋着に着替えたが、枕を待つフリでソファに座り直した。
用意された緑青入りの焼菓子を平らげ、紅茶を飲み干しても、近衛兵ラーヴァはまだ戻らない。
冷静に考えれば、捜査令状もなしに【明かし水鏡】を使うのは、難易度が高い任務だ。
王族の命令とは言え、セプテントリオーは末端の分家で、権力も政治的な発言力も王家の中ではないに等しい。
フラクシヌス教団のパニセア・ユニ・フローラ神殿ならば、ラキュス・ネーニア王家出身の呪医セプテントリオーは「ほぼ女神様」として崇められるが、神殿には基本的に【明かし水鏡】や【鵠しき燭台】など、捜査に使える魔道具がない。
……ラゾールニクさんが上手いコト言い包めて使えたとして、こちらの意図を正確に酌んだ質問をしてくれるだろうか?
電脳軍のラゾールニク少佐は、セプテントリオーがシポーブニク大佐にミェーフ大統領の護衛を命じてからの二年余り、度々護衛の応援に駆り出された。もしかすると、今もアーテル共和国で活動中かもしれない。
二番手として、彼らの部下ラズートチク少尉への伝言を頼んだが、彼の立場で強力な魔道具を強引に借りるのは、ラゾールニク少佐以上に難しいだろう。
……そもそも、私の懸念が的中したとして、ウェルム殿下とお子を護れるのか?
セプテントリオーが傍に居られるのは、出産の前後だけだ。
それ以降は、母子共に婚家であるこのデプルスム城で暮らす。
……杞憂に終わればいいのだが。
セプテントリオーは、お代わりに鎮花茶を求めた。
☆ミェーフ大統領の護衛任務を与えて遠ざけた近衛兵セルペンチニート……「2967.三日分の後悔」~「2969.情報共有会議」参照




