3723.カルテを確認
翌日の朝食後。
マトローナ教授は、ネーニア島南部に位置するグロム医科大学からデプルスム城に駆け付けた。
まずは城の密議の間で、呪医セプテントリオーと顔合わせする。
ウェルム王女の周産期カンファレンスの席に着くのは、【家守る鸛】学派の呪医マトローナ、新生児集中治療室での勤務経験を持つ看護師一名、一般の小児科病棟で勤務する看護師二名、ウェルム王女付きの侍女三名で、いずれも湖の民のベテラン揃いだ。
廊下に整列した看護師三名が、怯えた目で近衛兵五名と侍女三名の顔色を窺い、仲間内で視線を交わして牽制し合う。
新生児集中治療室の経験者が、小さく手を挙げてお伺いを立てた。
「あの……看護師の私共は、平民なのですが……?」
「構いません。城内ではありますが、この会議はウェルム王女殿下のご出産に関するケアカンファレンスです。私には一介の呪医として接して下さい」
「は……はい……畏まりました」
「あの……ですが……そのぉ……」
「ご無礼がありましても、平にご容赦賜りたく存じます」
王族である【青き片翼】学派の呪医セプテントリオー自身に命じられたが、看護師たちの緊張は解けなかった。
「円卓ですから席次は問いません。適宜、ご着席下さい」
医療秘書官ヂェーニが、呪医セプテントリオーの傍らに立って声を掛ける。
看護師たちは恐る恐る入室して、扉から近い席に浅く腰掛けた。
近衛兵のラシーハとテーメニが、廊下から会議室の扉を閉める。
近衛兵ジャドは呪医セプテントリオーの傍ら、ルガビークとラーヴァは扉脇に控えた。
侍女三名は着席せず、看護師たちの傍らに一人ずつ立つ。
……巡回診療では、こんなに怯える職員は居なかったのにな?
呪医セプテントリオーは訝ったが、こんな些末事で会議を滞らせるワケにはゆかない。目顔で呪医マトローナに合図した。
マトローナ教授は、型通りの挨拶をして大判のタブレット端末を円卓に置いた。医療者たちに薄い紙ファイルを手渡して着席する。
「こちらがウェルム王女殿下のカルテ……その写しでございます」
教授は端末を掌で示し、四人の手許の紙ファイルを見回した。
ファイルの表紙には表題がなく、魔法陣が描いてある。
セプテントリオーは呪医なので【渡る白鳥】学派は専門外だが、ざっと目を通して、力ある言葉の知っている単語を繋ぎ合わせみた。どうやら「作成者だけが保管場所から持ち出せる」と言う条件付きの【禁帯出】らしい。
「分娩に際して、何か懸念事項はありませんか?」
呪医セプテントリオーは、紙ファイルを開きながら聞いた。
マトローナ教授がタブレット端末に視線を落として答える。
「当初、予定日は来月下旬頃の見込みでございましたが、明後日に前倒しして、六週不足で帝王切開することになりました」
「何故、帝王切開してまで月足らずで産むのです?」
呪医セプテントリオーは慎重に質問した。
医療秘書官ヂェーニも、斜め後ろからカルテを覗いて息を詰める。
「胎児が思いの外、大きくお育ち遊ばされたからでございます」
「巨大児……なのですか?」
呪医セプテントリオーはギョッとして確認した。
「左様でございます。私が【腹籠の量目】で確認致しましたところ、二月末の時点で四キロを超え、一昨日には五キロ近くにまでお育ち遊ばされました」
教授が掛けたのは、胎児の体重だけを量る【家守る鸛】学派の術だ。
呪医セプテントリオーは、カルテの数値を見て頷いた。
「確かに……ウェルム殿下は小柄ですから、予定日を待つのは厳しそうですね」
「はい。ウェルム王女殿下からは、帝王切開のご了承を賜りました」
「王女殿下のお加減は……昨日、お食事を共にした時点では、安定しているように見えましたが、持病などはありませんか?」
「はい。ウェルム王女殿下に於かれましては、近頃、内臓が圧迫されて食が細くなられましたが、お食事の回数を増やすことで対応し、基本的にご壮健であらせられます」
……あの小柄なお身体では無理もない。
呪医セプテントリオーは深く納得して頷いた。
「では、ウェルム王女殿下には、糖尿病や高血圧などの危険はないのですね?」
「私が定期的に【見診】する他は、こちらの侍女の方々のお世話で事足ります」
呪医マトローナが、看護師の傍らに並ぶ侍女三人に視線を巡らせた。
最年長の侍女が説明を加える。
「王女殿下は悪阻もなく、非常に安定した状態を保っておられます」
「お庭で積極的にお散歩なさり、体力づくりを心掛けておられます」
「時折おなかが重いと仰せですが、概ね順調とのことでございます」
残る二人も続いて、問題ないと主張した。
呪医マトローナが、呪医セプテントリオーの目を見て言う。
「胎児にも【見診】を掛けておりますが、先天性の病などは特にございません。お父上に似て、体格がよろしいだけなのです」
「先の……姫君たちのお産に際しては、帝王切開をなさったとのお話はなかったように記憶しておりますが?」
この夫婦は長命人種だ。ウェルム王女は旧王国時代にも、夫のドラコとの間に女児二人、男児一人を儲けた。
出産を補助した【青き片翼】学派の呪医は、どの子の時もラーダンカ王女だ。
何か異常があれば、セプテントリオーにも情報共有されるが、そんな話は聞いた憶えがない。
ウェルム王女の子は三人とも無事に産まれ、王位継承権を授与された強い魔力の持ち主だが、半世紀の内乱時代に暗殺された。
「先の姫君お二方と王子様は、ウェルム王女殿下に似て小柄であらせられましたので、懐胎中のご負担が少なく済んだのでございます」
当時も、産科領域を掌る【家守る鸛】学派の呪医マトローナがウェルム王女を担当した。
呪医セプテントリオーは頷いて、カルテに視線を走らせる。
産科ではありふれた単語が目に入り、一瞬、息が止まった。
☆ラーダンカ王女……「2946.二種類の動機」参照




