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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第七十二章 平和の譜

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3722.障りない会話

 デプルスム城での昼食は、特に何事もなく、和やかに進んだ。

 呪医セプテントリオーの顔を見て、妊婦のウェルム王女が安心したからかもしれない。

 夫のドラコは、デプルスム市の南門前でセプテントリオーの一行を出迎えた際、不安に声を震わせたが、今は緊張が解け、身重の妻に柔和な笑みを向ける。


 ……マトローナ呪医(せんせい)の不在時にウェルム殿下を不安にさせるのはよくないな。


 呪医セプテントリオーは、食事中の問診を自重した。

 王女夫妻も、昨年、セプテントリオーに関する架空の醜聞が出回った件は耳にしただろう。だが、当たり障りのない世間話に終始する。



 セプテントリオーとウェルム王女は、親戚と言っても遠縁で、普段は付き合いがない。旧王国時代に何度か顔を合わせただけだ。

 この食事会は、妊婦と父親予定者、呪医の顔合わせに限定したもので、ドラコの父エアロアウステル元侯爵や、兄夫婦らは別室で昼食を摂る。

 挨拶する人数が多ければ、療養中のセプテントリオーが疲れてしまうのではないかと危惧したらしい。


 ウェルム王女の夫ドラコは元騎士だ。

 セプテントリオーは、旧王国時代に何度か治療したのを思い出した。


 「ドラコさんは今も、魔獣討伐に出ているのですか?」

 「はい。この辺りは幸い、空襲の被害が少なかったのですが、トポリ市などが酷い被害を受けましたので、そちらに派遣されております」

 「えぇ。当時、私が居たゼルノー市も壊滅しました」

 セプテントリオーは、焼跡の光景をまざまざと思い出し、食事の手が止まった。


 元侯爵の次男ドラコが気遣う。

 「よくぞご無事で……その後、焼跡に残った遺体から無数の魔物が涌いて、生存者を襲って魔獣化しました」

 「えぇ……それで私もレサルーブの森へ避難し、製薬会社の研究所で被災者の治療に当たりました」

 「直轄領か王都へ逃れれば保護されましたでしょうに……民を見捨てず治療の為に留まるとは、流石、ほぼ女神様と讃えられるお方です」

 ラキュス・ネーニア王家の婿養子ドラコが感心し、妻のウェルム王女も隣で微笑んだ。



 セプテントリオーとドラコは旧王国時代、ラキュス・ラクリマリス王国軍に籍を置いた。

 共和制移行後、軍医セプテントリオーは慰留の声を振り切って退職したが、騎士ドラコは軍人であり続ける。

 ラキュス・ラクリマリス共和国軍を経てネモラリス共和国軍、ネモラリス王国軍でも軍歴を積み、神聖復古した現在もラキュス・ラクリマリス王国軍で幹部の地位にある。

 国の在り方が移ろっても、彼はずっと同じ組織に身を置いてきたのだ。


 近衛兵ルガビークの話によると、現在のドラコは中将の地位にある。ラキュス・ラクリマリス王国水軍ギアツィント水上戦群に所属し、防空艦エレギアで指揮官を務めると言う。


 「戦時中はトポリ市など、主にネーニア島北東部の都市に上陸して、魔獣討伐任務に当たりました」

 「水軍の主な任務は……確か、ラキュス湖に飛来した魔獣の討伐でしたよね?」

 呪医セプテントリオーが旧王国時代の知識で首を傾げた。

 「魔哮砲戦争では、陸軍との共同作戦が多かったのですよ」

 「そうでしたか。私は昨年まで、トポリ市などの公立病院を巡回診療していたのです。お陰様で安心して訪問できましたよ」

 「お褒めに与(あずか)り光栄です。頑張って戦った甲斐がありました」

 セプテントリオーが微笑を向けると、巨漢のドラコは子供のように無邪気な笑みで応じた。



 昼食後、セプテントリオーはデプルスム城の客間に戻った。

 魔力の消費量の少ない部屋着に着替え、窓から景色を眺めながら考える。


 ウェルム王女の【見診】は明日、【家守(いえも)る鸛(コウノトリ)】学派のマトローナ教授立会いの許でした方がいいだろう。

 呪医セプテントリオーは、外科領域を掌(つかさど)る【青き片翼】学派で、妊娠出産に関して、産科領域の【家守る鸛】学派程には詳しくなかった。

 補助で分娩室に入った経験は豊富だが、分娩後の異常出血に対する【止血】や帝王切開後の【癒しの水】などが中心だ。

 妊婦の体格と腹部の膨らみ加減の比率から、巨大児の可能性が脳裡(のうり)を過(よぎ)ったが、確証はない。

 もし、本当に巨大児で、自然分娩を選択するなら、難産に伴う産婦の負傷や胎児の骨折など、様々な困難が生じ、対応が必要になる可能性が高い。

 単に万一の備えとして呼ばれたのか、最初から帝王切開のつもりなのか、何も情報がなかった。



 デプルスム城は、港を見下ろす小高い丘に建つ城塞だ。

 眼下に広がる城下町デプルスム市は、古くから栄える漁港を中心に発展した。

 港の周辺には魚の加工場や造船工場が建ち並び、大通りに沿って通勤客を見込んだ商店街が連なる。

 それとは別に湖の女神パニセア・ユニ・フローラ神殿の門前にも、市場らしき露店の群がある。流石に個別の店舗までは見えないが、人の流れが絶えず、活気があるのはわかった。

 本日最後の操業を終えた漁船が、次々とデプルスム湾に帰港する。

 湾内には養殖の筏が浮かび、人々が【操水】で水面を歩いて何やら作業する姿が見えた。


 近衛兵たちと医療秘書官ヂェーニが客間に戻る。昼食で案内された部屋が遠かったらしい。


 セプテントリオーはデプルスム城の女官に命じて、食後のお茶を淹れさせた。医療秘書官に着席を勧め、差し向かいに座って質問する。

 「私の不在中、保健省は特に変わりありませんでしたか?」

 「恐れ入ります。そちらの業務に関しましては、まだ【制約】が有効で、お答え致し兼ねます」

 「えッ?」

 セプテントリオーはヂェーニをまじまじと見た。

 医療秘書官ヂェーニは、紅茶に手を着けず、淡々と答える。

 「セプテントリオー様とのお目通りは【制約】を解除されましたが、飽く迄も、ウェルム王女殿下のご出産に関する業務での随行に限られます」

 「そうだったのですか……苦労を掛けてしまってすみ」

 「いえ、謝らないで下さい。過労で倒れる前に御身(おんみ)の働き過ぎを諫(いさ)められなかったことは、私共の落ち度でございます」

 ヂェーニが応接机に身を乗り出して頭を下げた。


 「あぁ……いえ、顔を上げて下さい。自制できなかった私が悪いのです」

 セプテントリオーは今更ながら反省した。

 この一年、ヂェーニがどんな思いで、何の業務に携わって過ごしたか聞くこともできない。


 「ヂェーニは……元気でしたか?」

 「はい。私共は恙(つつが)なく過ごしております」

 「そうですか……そうですね。健康が一番です」

 セプテントリオーは実感を持って嘆息した。

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◆野茨の環シリーズ 設定資料◆
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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