3722.障りない会話
デプルスム城での昼食は、特に何事もなく、和やかに進んだ。
呪医セプテントリオーの顔を見て、妊婦のウェルム王女が安心したからかもしれない。
夫のドラコは、デプルスム市の南門前でセプテントリオーの一行を出迎えた際、不安に声を震わせたが、今は緊張が解け、身重の妻に柔和な笑みを向ける。
……マトローナ呪医の不在時にウェルム殿下を不安にさせるのはよくないな。
呪医セプテントリオーは、食事中の問診を自重した。
王女夫妻も、昨年、セプテントリオーに関する架空の醜聞が出回った件は耳にしただろう。だが、当たり障りのない世間話に終始する。
セプテントリオーとウェルム王女は、親戚と言っても遠縁で、普段は付き合いがない。旧王国時代に何度か顔を合わせただけだ。
この食事会は、妊婦と父親予定者、呪医の顔合わせに限定したもので、ドラコの父エアロアウステル元侯爵や、兄夫婦らは別室で昼食を摂る。
挨拶する人数が多ければ、療養中のセプテントリオーが疲れてしまうのではないかと危惧したらしい。
ウェルム王女の夫ドラコは元騎士だ。
セプテントリオーは、旧王国時代に何度か治療したのを思い出した。
「ドラコさんは今も、魔獣討伐に出ているのですか?」
「はい。この辺りは幸い、空襲の被害が少なかったのですが、トポリ市などが酷い被害を受けましたので、そちらに派遣されております」
「えぇ。当時、私が居たゼルノー市も壊滅しました」
セプテントリオーは、焼跡の光景をまざまざと思い出し、食事の手が止まった。
元侯爵の次男ドラコが気遣う。
「よくぞご無事で……その後、焼跡に残った遺体から無数の魔物が涌いて、生存者を襲って魔獣化しました」
「えぇ……それで私もレサルーブの森へ避難し、製薬会社の研究所で被災者の治療に当たりました」
「直轄領か王都へ逃れれば保護されましたでしょうに……民を見捨てず治療の為に留まるとは、流石、ほぼ女神様と讃えられるお方です」
ラキュス・ネーニア王家の婿養子ドラコが感心し、妻のウェルム王女も隣で微笑んだ。
セプテントリオーとドラコは旧王国時代、ラキュス・ラクリマリス王国軍に籍を置いた。
共和制移行後、軍医セプテントリオーは慰留の声を振り切って退職したが、騎士ドラコは軍人であり続ける。
ラキュス・ラクリマリス共和国軍を経てネモラリス共和国軍、ネモラリス王国軍でも軍歴を積み、神聖復古した現在もラキュス・ラクリマリス王国軍で幹部の地位にある。
国の在り方が移ろっても、彼はずっと同じ組織に身を置いてきたのだ。
近衛兵ルガビークの話によると、現在のドラコは中将の地位にある。ラキュス・ラクリマリス王国水軍ギアツィント水上戦群に所属し、防空艦エレギアで指揮官を務めると言う。
「戦時中はトポリ市など、主にネーニア島北東部の都市に上陸して、魔獣討伐任務に当たりました」
「水軍の主な任務は……確か、ラキュス湖に飛来した魔獣の討伐でしたよね?」
呪医セプテントリオーが旧王国時代の知識で首を傾げた。
「魔哮砲戦争では、陸軍との共同作戦が多かったのですよ」
「そうでしたか。私は昨年まで、トポリ市などの公立病院を巡回診療していたのです。お陰様で安心して訪問できましたよ」
「お褒めに与り光栄です。頑張って戦った甲斐がありました」
セプテントリオーが微笑を向けると、巨漢のドラコは子供のように無邪気な笑みで応じた。
昼食後、セプテントリオーはデプルスム城の客間に戻った。
魔力の消費量の少ない部屋着に着替え、窓から景色を眺めながら考える。
ウェルム王女の【見診】は明日、【家守る鸛】学派のマトローナ教授立会いの許でした方がいいだろう。
呪医セプテントリオーは、外科領域を掌る【青き片翼】学派で、妊娠出産に関して、産科領域の【家守る鸛】学派程には詳しくなかった。
補助で分娩室に入った経験は豊富だが、分娩後の異常出血に対する【止血】や帝王切開後の【癒しの水】などが中心だ。
妊婦の体格と腹部の膨らみ加減の比率から、巨大児の可能性が脳裡を過ったが、確証はない。
もし、本当に巨大児で、自然分娩を選択するなら、難産に伴う産婦の負傷や胎児の骨折など、様々な困難が生じ、対応が必要になる可能性が高い。
単に万一の備えとして呼ばれたのか、最初から帝王切開のつもりなのか、何も情報がなかった。
デプルスム城は、港を見下ろす小高い丘に建つ城塞だ。
眼下に広がる城下町デプルスム市は、古くから栄える漁港を中心に発展した。
港の周辺には魚の加工場や造船工場が建ち並び、大通りに沿って通勤客を見込んだ商店街が連なる。
それとは別に湖の女神パニセア・ユニ・フローラ神殿の門前にも、市場らしき露店の群がある。流石に個別の店舗までは見えないが、人の流れが絶えず、活気があるのはわかった。
本日最後の操業を終えた漁船が、次々とデプルスム湾に帰港する。
湾内には養殖の筏が浮かび、人々が【操水】で水面を歩いて何やら作業する姿が見えた。
近衛兵たちと医療秘書官ヂェーニが客間に戻る。昼食で案内された部屋が遠かったらしい。
セプテントリオーはデプルスム城の女官に命じて、食後のお茶を淹れさせた。医療秘書官に着席を勧め、差し向かいに座って質問する。
「私の不在中、保健省は特に変わりありませんでしたか?」
「恐れ入ります。そちらの業務に関しましては、まだ【制約】が有効で、お答え致し兼ねます」
「えッ?」
セプテントリオーはヂェーニをまじまじと見た。
医療秘書官ヂェーニは、紅茶に手を着けず、淡々と答える。
「セプテントリオー様とのお目通りは【制約】を解除されましたが、飽く迄も、ウェルム王女殿下のご出産に関する業務での随行に限られます」
「そうだったのですか……苦労を掛けてしまってすみ」
「いえ、謝らないで下さい。過労で倒れる前に御身の働き過ぎを諫められなかったことは、私共の落ち度でございます」
ヂェーニが応接机に身を乗り出して頭を下げた。
「あぁ……いえ、顔を上げて下さい。自制できなかった私が悪いのです」
セプテントリオーは今更ながら反省した。
この一年、ヂェーニがどんな思いで、何の業務に携わって過ごしたか聞くこともできない。
「ヂェーニは……元気でしたか?」
「はい。私共は恙なく過ごしております」
「そうですか……そうですね。健康が一番です」
セプテントリオーは実感を持って嘆息した。




