3717.分業を試みる
「変則的な方法……ですか?」
薬師アウェッラーナは思わず足を止め、疑問を漏らした。大手製薬会社勤務の薬師キルシウスも、何とも言えない顔で軍医レーグルスの背を見詰める。
レーグルス・ラキュス・ネーニア王子は、平民の薬師たちが足を止めたことに気付いて振り向いた。
緑髪の近衛兵が、目顔で平民の二人に移動を促す。
アウェッラーナとキルシウスが追い付くと、軍医レーグルスは、トポリ基地内にある陸軍病院の研究所へ向かいながら説明を再開した。
「脳解毒薬の中間素材二種類の調合と、それらを完成品にする人、分業が上手くゆくか、試しに三人で手分けして作業するんだ」
「あ……あぁ……それで、私が呼ばれたのですね?」
メンサ製薬株式会社の正社員キルシウスが納得する。
「先週、試してみたけど、ちゃんとできたよ」
「既に確認済みなのに、また試すんですか?」
薬師アウェッラーナはワケがわからなかった。
軍医レーグルスが【認証】の扉を開け、薬師二人と近衛兵たちを陸軍病院の研究所に招じ入れる。
「先週の実証実験は、トラーフニク教授が、腕前が同じくらいの学生さんたちにさせたんだ」
「同じくらいの腕前……えッ? モースト薬科大の学生さん、もう脳解毒薬の調合に成功したんですか?」
何か考えながら言い掛けた薬師キルシウスが、言葉の途中で驚いた。
軍医レーグルスが無人の廊下を歩きながら言う。
「うん。失敗したらどうしようって思ったけど、普通に調合できてたよ」
「それは良うございました。分業体制を構築可能だと言うことですね」
製薬会社勤務の薬師キルシウスが、明るい声を出す。
軍医レーグルスが【飛翔する梟】学派の導師として懸念を口にする。
「でも、それは、同程度の熟練度で、魔力量も同じくらいの人たちだったから、上手く行っただけかもしれないんだ」
「その学生さんたち三人とも、全工程を一人で作業しても、脳解毒薬を調合できるんですか?」
薬師アウェッラーナは期待を籠めて聞いた。
軍医レーグルスがそれをあっさり打ち砕く。
「まとめの調合が成功したのは一人だけなんだ。一人で全部作業させたら、集中力が切れたのか、何か苦手な作業があったのかわからないけど、二番目の中間素材やまとめの調合で失敗してね。一人では作れなかったけど、中間素材を他の学生さんが作って、まとめの調合だけさせた時には上手くできたんだ」
薬師キルシウスが念の為に聞く。
「他の……中間素材を担当した学生さんもそうでしたか?」
「その三人で作業の組合せを変えて、何回かさせてみたけど、後の二人はまとめのとこで失敗しちゃった」
「作業に向き不向きがあるのでしょうか?」
「わかんないけど、まとめが成功した学生さんも、全工程を一人でさせると失敗するから、脳解毒薬を調合できる人の数には入れられないよ」
「では、本日は、脳解毒薬調合の全工程を単独で実行可能な者が分業して、他人が作った中間素材で調合作業が成功するかを実験するのですね?」
製薬会社勤務のキルシウスが確認する。
軍医レーグルスが、脳解毒薬専用にした部屋の【認証】扉を開けながら頷いた。
「うん。それもあるけど、腕前が全然違う人が作った素材でちゃんと調合できるかって言うのも見たいんだ」
「えーっと……それは……つまり、脳解毒薬研修の受講生が作った一番目の中間素材を使って、私たちが調合する……と言うコトでしょうか?」
薬師アウェッラーナは、魔法薬学会で受け持った受講生の成果物を思い出してげんなりした。
減圧室の手前の部屋は、防護服に着替える為の更衣室だ。
近衛兵たちはいつも通り、廊下で待機する。
軍医レーグルスは、更衣室の扉を閉めて答えた。
「品質が低い……ギリギリ使用に耐える程度の中間素材と、熟練者が作った中間素材を組合せて上手くゆくかは、まだ試してないんだ」
「それは……ちょっと心配ですね」
薬師アウェッラーナは、調合が成功したとしても、完成品の品質に問題が出る気がした。
三人で手伝い合ってゴーグル、防毒マスク、手袋、防護服を着付けする。
減圧室に入ると、二台並ぶ作業台のひとつに調合器具と最初から作る為の材料、中間素材を入れた試験管が用意してあった。
軍医レーグルスが、三脚に立てた動画用カメラを操作して言う。
「まずは、研修生が作った第一中間素材と私たちが作った第二中間素材でやってみよう」
薬師アウェッラーナと薬師キルシウスは、巨人薊の種子を薬研で粉砕した。種子の粉末を白い深皿に移し、魔獣の消し炭から採った砂礫状の赤い【魔道士の涙】を加えて呪文を唱える。
「芽吹け種子 痛々木よ 毒の縛鎖を打ち砕け 足引きの草恙断て」
すっかり慣れた手順で、問題なく魔力が行き渡る。少し粘り気のある乳白色の液が、深皿から伸び上がってフラスコに収まった。
軍医レーグルスも同じ作業に着手する。合計でフラスコ三個分の第二中間素材ができた。
木製の試験管立てには、薄緑色の液体が詰まった試験管が十二本並ぶ。研修生が作った第一中間素材は、液色の濃度と透明度が様々だ。試験管には色が濃く、透明度の高いものから順に番号が振ってある。
軍医レーグルスが乳鉢で星癒草を擂り潰し、魔獣由来の【涙】を加えて呪文を唱える。
「不可視の根 伸ばし絡めよ 大蛇の夢 脳に絡む毒を引き抜け」
薄緑色の液がもうひとつの試験管立てに伸び、試験管三本に分かれて収まった。
どの試験管も、内容物は薬匙の大きい方一杯分程度の量だ。研修生の第一中間素材は、軍医レーグルスのものより色が薄く、透明度が低かった。
……こうして並べると、品質の差が一目瞭然ね。
「じゃあ、まずは自分が作った第二中間素材と、研修生が作った第一中間素材を使って脳解毒薬を完成させてみて」
「どの第一素材からでも構いませんか?」
薬師キルシウスが聞く。
「数字が若い……品質が高いものから順番にやってみようか」
「畏まりました」
キルシウスが一番、アウェッラーナが二番、軍医レーグルスは三番の試験管を使うと決めた。
琴茄子と紫連樹の葉を重ねて折り畳み、フラスコに押し込む。
魔獣の【涙】も薬匙で投入し、試験管の液を注ぎ入れ、仕上げの呪文を唱えた。
「幽世の樹聳えよ 踏み惑う乾きの闇路 塞ぎ留めよ
脳子の沈痾 絡む道 草結び 玉矛の路 矯めて清めよ
瘁ゆ身と脳 解き放て」
工程自体は慣れたものだが、今回は緊張でフラスコを支える手に力が入った。
動画用カメラが、三人のフラスコを撮る。
魔獣由来の赤い【魔道士の涙】から魔力が解放された。
いつも通り、二種類の葉と二種類の中間素材が霊的に結合し始める。
フラスコが沸騰するように泡立ったが、自分で作った素材の時より泡が少ないように思う。泡が緑色と紫色で斑に濁った。底に目を遣ると、紫色の廃液も生成中だが、いつもより色が暗い。
……これ……大丈夫なの?
アウェッラーナは心配になったが、今更、反応を止めることはできない。
いつもより十秒以上、反応時間が伸びたが、取敢えず、薄緑色の上澄みは生成できた。
☆減圧室……「3060.初めての素材」参照




