3715.思い返す後悔
クルィーロは、パソコン画面右下の日付が目についた。
いつもは、日時を確認する時以外は気にしない表示だ。
印暦二二〇二年二月一日。
印歴二一九一年の今日は、星の道義勇軍が検問所を強行突破し、リストヴァー自治区を出てゼルノー市を襲撃したテロが発生した日だ。
当時のクルィーロは、ゼルノー市のジョールトイ機械工業に勤務する工員で、就業場所の音響機器工場は、リストヴァー自治区に隣接するグリャージ区にあった。
星の道義勇軍のトラックが何台も検問所を突破。キルクルス教徒のテロリストは荷台から火焔瓶を投げ、街を火の海に変えながら、機関銃で通行人を無差別に射殺して回った。
すぐに消防団が活動を始めたが、何故か【操水】が失効して消火できない。
ジョールトイ機械工業の音響機器工場にも延焼し、工場長の判断で、消火活動には参加せず、各自避難することになった。
あっと言う間もなく上司や同僚たちとはぐれ、クルィーロは工場の作業服姿で北隣のスカラー区へ懸命に走った。
子供の頃、魔法の塾も、修業もサボったせいで、当時は【跳躍】を使えず、走るしかなかったのだ。
どうにかパンの椿屋まで辿り着き、様子を見に店の外へ出たレノに会えた。
クルィーロは、パン屋の夫婦に声を掛ける余裕もなく、レノだけを連れて逃げたが、人混みに押されてすぐはぐれてしまった。
……隊長さんとモーフ君も、あの中に居たんだよな。
襲撃当時、ソルニャーク隊長は星の道義勇軍の小隊のひとつを率い、メドヴェージは兵員輸送のトラックを運転し、モーフは少年兵として戦闘に加わった。
印歴二一九一年二月一日の朝、出勤した時には、家と職場、学校、商店街、平和だった街を焼いたテロリストたちと、何年も一緒に旅することになるなど、夢にも思わなかった。
クルィーロたちは半世紀の内乱が集結し、取敢えず平穏を取り戻した時代に産まれ育った。
その平和が、あんな簡単に崩れ去るなど、想像したこともなかったのだ。
印暦二二〇二年の今は、ゼルノー市のずっと北にあるトポリ市で、株式会社カルタルス商会トポリ営業所の事務所でパソコンに向かう。家族と再会するまでの不安が蘇り、打鍵の手が鈍った。
クルィーロはレノとはぐれた後、徒歩と【浮遊落下】の術で人混みの頭上を抜けて、自分の妹アマナとレノの妹エランティスが通う小学校を目指した。
……あの時の先生たち……今も生きてるかな?
クルィーロは妹たちを連れ、レノの妹ピナティフィダを迎えに中学にも行った。
小学校の先生はどうぞどうぞと送り出してくれたが、中学の先生は学校の方が安全だと主張して避難を妨害。クルィーロはピナティフィダの担任を突き飛ばし、親友の妹を強引に連れ出した。
あの時の判断が間違いではなかったから、今も生きている。
……中学の先生を説得できてたら、教室に居たみんな……助かったかもな。
ピナティフィダの同級生の一部は、クルィーロたちについてきた。
クルィーロは、その集団の中で唯一の大人であり、魔法使いだ。自分の不安を押し殺して子供たちに指示を与え、民家の駐車場で一夜を明かした。
……もっと上手く喧嘩を仲裁できてたら……あの子たちだって。
星の道義勇軍による襲撃の数日後、アーテル・ラニスタ連合軍による空襲が始まり、クルィーロたちは運河の畔で焼夷弾の炎に囲まれた。
何がきっかけだったか忘れたが、星の道義勇軍と中学生たちが口論になるなど、場の空気は時間と共に険悪さを増した。
あの時のクルィーロは、新聞紙を濡らして捻って繋げて【簡易結界】を掛けることを提案しただけだ。
結界が完成すると、中学生たちは、星の道義勇軍を【簡易結界】から追い出せと気色ばんだ。警察官が窘めても聞く耳を持たなかった。
クルィーロは、「リストヴァー自治区にも、自覚のない力ある民が居るかもしれない可能性」を提示して黙らせたが、それだけだ。
負傷した女子中学生が【簡易結界】の中で息を引き取り、その遺体の扱いで中学生たちが仲間割れした。彼らを仲裁しようとした大人も意見が割れ、乱闘になる。
クルィーロはアマナを抱きしめて様子を見守ることしかできなかった。
あの時は、自分と身内、親友たちを護ることしか、頭になかったのだ。
……今更……十年以上も前のコトぐだぐだ考えても仕方ないのにな。
仕事の手が完全に止まってしまった。
隣の席では、父がパソコンで伝票の処理を進める。
あの炎と雑妖の群に囲まれた夜、父は出張で、一人だけ空襲被害のないネモラリス島のクレーヴェルに居た。
父は、あの夜、クルィーロが何をしたか知らない。
乱闘で結界が切れた時、クルィーロは躊躇なく、妹のアマナとレノたち、【魔力の水晶】と【魔除け】の護符を持つ少年ロークに声を掛け、薬師アウェッラーナと共に「仲間」を先導して離脱した。
意識不明だったパン屋の店長……レノたちの父を見捨て、乱闘する避難民も、彼らを止めようとする警察官や良識ある避難民も、みんな一緒くたに見捨てて逃げたのだ。
一緒に逃げる者の人選は、自分の妹、親友の兄姉妹。雑妖から身を護れるロークとアウェッラーナに関しては「ついでに護ってくれそう」と言う、極めて利己的な判断だ。
翌朝、星の道義勇軍の三人もついてきたのに気付いた。驚きはしたが、不思議と隊長とメドヴェージとモーフに殺される気はしなかった。
自分でも説明のつかない罪悪感と、様々な後悔が混じった苦いものが喉の奥に絡まる。
……何で、今頃になってこんなコト思い出すんだろうな。
「どうした? 毎日出張続きで疲れたのか?」
父パドールリクがクルィーロに声を掛けた。伝票処理が一段落したらしい。心配そうな顔で気遣う。
クルィーロはアピウム営業所長の席を窺った。丁度、電話が掛かってきて、所長が受話器を上げる。
「……何でもないよ」
クルィーロは笑顔を繕って、目の前の仕事に集中することにした。




