3713.居残りの理由
椿屋のレノだけが、力なき民だからと言う理由でトポリ市製菓組合の会議室に残された。
レノに会議後の居残りを命じた製菓組合の組合長と副組合長は、二人とも湖の民で長命人種だ。魔法使いの菓子職人たちが全員出てゆくと、副組合長が扉を閉め、改めて【防音】を掛け直した。
緑髪の組合長が、レノの前に立って告げる。
「王室御用達の椿屋さんには、デプルスム城で作業してもらうからね」
「えッ? ……えぇっと……そのお城って、ここから遠いんですか?」
「デプルスム市は、ネモラリス島西部に古くからある街で、旧王国時代には侯爵家が治めておられたとこだ」
旧王国時代から生きる年配の組合長は、先程とは打って変わって砕けた態度だ。
副組合長も生暖かい目でレノを見て、タブレット端末に地図を表示した。
「デプルスム城は、ウェルム王女殿下のご夫君であらせられるドラコ様のご実家なんだ」
デプルスム市は、ネモラリス島西部に位置するギアツィント市のすぐ北、チャール島の南にある地方都市だ。
組合長がつらつら説明する。
「王女殿下は、ラキュス・ネーニア王家六番手の分家のご出身で、王位継承権は第二十四位であらせられる」
……セプテントリオー呪医は末端って言ってたけど、何番目の分家なんだろう?
レノは、長命人種の湖の民である組合長の説明に頷きながら、ぼんやり考えた。
今春に出産を控えるウェルム王女は、王位継承権を持つ王族とは言え、なんとも微妙な順位だ。彼女が玉座に座る可能性は限りなくゼロに近いだろう。
何故か、組合長が我が事のように得意げな顔で言う。
「ウェルム王女殿下はデプルスム神殿の神官長で、【歌う鷦鷯】学派の歌い手として儀式魔術を統括しておられるんだ」
「今、そのお仕事は」
「大事を取って産休中であらせられるが、ご夫君のドラコ様が代理を務めておられるから心配ないよ」
副組合長がレノに皆まで言わせず説明した。
「実はね、私の姪がデプルスム神殿の聖歌隊なんだよ」
「そうなんですか」
レノは、組合長が得意げな理由に納得して頷いた。
組合長が、副組合長の端末で地図を指差して言う。
「デプルスム市は、旧王国時代の末期にお二人が御成婚されてから、王家の直轄領になったとこでね」
「そうなんですか」
レノは戦時中、ネモラリス島東部の旧直轄領でエス・スハー・ラキュス・ネーニアに大量の焼菓子を作らされたことを思い出し、何とも言えない気持ちで頷いた。
組合長が声を落とす。
「お二方は旧王国時代の間にお子様に恵まれたけど、半世紀の内乱でみんな殺されてしまってね」
「そう……だったんですか」
レノは冷や水を浴びせられたような心地で相槌を打った。
「ドラコ様は旧王国時代、侯爵家のご次男で騎士であらせられたから、ご子息とご令嬢を護り切れなかったことに大変お心を痛めておいでだったんだ」
「ですよね」
レノは力なき民で、魔法使いの彼らよりできるコトはずっと少ない。
魔哮砲戦争の開戦間もない頃、空襲の炎に囲まれ、意識不明の父を置き去りにして避難せざるを得なかった。
何の力もないことは、「やむを得なかったのだ」と自分を無理矢理納得させる材料になったが、心の傷は今も時々疼く。
大きな魔力と戦う力を持ちながら、大切な家族を護れなかったドラコの心痛は、想像に余りある。
「それでも、魔哮砲戦争が終わって、神聖復古して、国号がラキュス・ラクリマリス王国に戻ったから、前を向く為に、この国の未来の為に、再びお子を生されたんだよ」
レノは、組合長の言葉に頷くことしかできなかった。
副組合長が遠くを見る目で呟く。
「ウェルム王女殿下は二百九十……幾つだったか、まぁなんせ、お産するのにまだ余裕のあるご年齢だな」
レノの勤務するトポリ市立北市民病院には産科がある。
呪歌【癒しの風】専門のアルバイトでしかなく、周産期医療に関わることはないが、度々耳に入る看護師たちの話によると、三十代半ばの妊婦が多いらしい。
魔哮砲戦争のせいで結婚が延期になり、その後の食料難でなかなか出産に結びつかなかった夫婦が、ようやく安心して取り組めるようになったのは、ここ数年のことだ。
出産は、年齢が上がれば上がる程、母子ともに危険が増すことも、病院で働き始めるまで知らなかった。
「それでだね、レノ君」
「は、はいッ?」
組合長に表情を改めて声を掛けられ、レノは背筋を伸ばした。
「ウェルム王女殿下のご希望で、椿屋さんにはデプルスム城で殿下のご家族と典医団に振舞うお祝い菓子を作ってもらうから、そのつもりでよろしくな」
「えッ……えぇッ? 何で俺なんです?」
「椿屋さんは確か、戦時中、王弟妃殿下のエス・スハー様のご依頼で、大量のお菓子を焼いたんだよな?」
副組合長が首を傾げながら確認する。
「え……えぇ、でも、あれは、あの時は、お城の厨房はお借りしましたけど、食べるのは村の人たちだったから、あんまり緊張せずに作れただけですよ?」
「戦後は、セプテントリオー殿下の為にずっとパンを焼いてたんだろ?」
「あ、いえ、それもちょっと誤解があるって言うか、普通に販売用のパンを焼いて、ワゴンで移動販売してるとこにお付きの人がお忍びで買いに来て、セプテントリオー呪医が俺のバイト先の病院に巡回診療で来た時に美味しかったって言ってくれて初めて知っただけで」
レノはしどろもどろに弁解した。
副組合長が眉間に縦皺を刻んで釘をさす。
「それ、みんなの前では言わないようにね」
「えッ? どうしてです?」
「それが事実でも、謙遜でも、自慢や嫌味だと思って妬む奴が必ず出るからだ」
「えぇッ? 妬む? 何でですか?」
レノはワケがわからず、思わず聞いた。
年配の製菓組合長が、溜息混じりに答える。
「あのな、普通に焼いただけの一般人向けのパンが王族からのお褒めに与るってのはな、肩肘張らず普通に作っただけでも王室御用達の腕があるって自慢になっちまうんだよ」
「えぇッ? そんなまさか」
「焼菓子もそうだ。お城に招かれて作るなんざ、夢のまた夢みたいな話だ」
「いえ、あの時は戦争のせいでお菓子がなかなか手に入らない状況で、旧直轄領を通りかかった移動放送局の物販で出した焼菓子が偶然、エス・スハー様のお耳に入って、村の子供たちみんなに食べさせてあげたいからってお声が掛かったんですよ。作業の大半は移動放送局のトラックの荷台で、お城に入ったのは厨房のオーブンをお借りしただけですし」
「その状況がホントのコトでも、お城に招かれた自慢や、設備が整ってないとこでも王室御用達の品質で作れるって自慢だと思われるんだ」
「えぇ……?」
レノは困惑で言葉が続かなかった。
緑髪の組合長が、同族の副組合長と顔を見合わせて言う。
「だから、一人だけ居残りさせたんだ」
「でも、ホントにそんな大層なアレじゃなくてですね」
組合長はレノの肩に手を置いて言った。
「俺らは、レノ君の話が本当のコトだって信じてるけどな」
「さっき顔合わせた老舗の連中は特にプライド高いから、絶対あいつらの前でそれ言わないようにな。面倒臭いコトになるから」
「は、はい」
副組合長に苦い顔で言われ、レノはぎこちなく頷いた。




