3712.組合の呼出し
印暦二二〇二年一月下旬。
レノは、トポリ市製菓組合からの着信に首を捻った。
招集が掛かったのだ。
……部外秘? 呼ばれたのを内緒にしろって?
今までこんなことはなかった。
レノたちの一家が経営する椿屋はパン屋だが、焼菓子も売るので製パン組合と製菓組合、両方に所属する。
なんだかよくわからないが、会合に欠席しなければならない場合は、理由を添えて事前連絡が必要で、後日、個別に呼出すと言う。
幸い、アルバイトするトポリ市立北市民病院は、有給休暇の申請を快く受付けてくれた。
数日後。
レノは、いつも通り出勤するフリで家を出た。
専門学校生のティスが、兄を笑顔で送り出す。
「いってらっしゃーい」
「うん。行ってきます」
平日なので、工場の社員食堂で朝食を仕込む母は早朝に出た。
ピナも、同じトポリ市内のステラリア病院で呪歌【癒しの風】のアルバイトをする為、母の次に出勤した。
レノが勤務するトポリ市立北市民病院は、ステラリア病院より近いので、二本後のバスでも間に合う。
ティスが通う調理師専門学校は、自転車の距離だ。
三人はシフトの都合で一緒に出る日もあるが、ティスはいつも最後に出て鍵を掛ける。
家族にも内緒にしろと言うのが謎だが、情報が漏れた場合、どんな処分を受けるかわからない。
レノは取敢えず、組合の指示に従うことにした。いつもの路線バスに乗って、何とも言えない気持ちで北市民病院を通り過ぎる。次のバスターミナルで乗換え、トポリ市製菓組合前で降りた。
トポリ市製菓組合が入居するのは、戦後に建てられた五階建てビルだ。
一階は、組合の受付の他、それぞれ異なる製菓材料を扱う卸売店が五店あり、二階には、製菓用具専門の道具屋三店と、店舗物件専門の不動産屋が入居する。三階は組合事務所で、四階は会議室と研修用の調理室、五階は催し物会場だ。
「椿屋さんですね。三号会議室です」
レノが受付で名乗ると、入館証を渡された。
エレベーターで上がったが、四階にはそれらしい案内の貼紙がない。
恐る恐る三号会議室をノックした。
「え、えっと……ごめん下さい」
「あぁ、椿屋さん。どうぞどうぞ」
緑髪の組合長が顔を出し、レノを素早く招じ入れた。
同じく湖の民の副組合長がひとつきりの扉を閉め、力ある言葉で何事か唱える。戦時中、ラゾールニクが何度か唱えるのを聞いたコトがある【防音】の呪文だ。副組合長は扉の傍を離れない。
先客は五人。いずれも、市内に本店がある老舗の店長や製菓責任者だ。
椿屋以外はどこも大きな店で、支店も含めれば、百人近い従業員を抱える。
年配の組合長が中年の副組合長に頷き、レノが末席に座ると同時に話し始めた。
「お忙しいところ、お集まりいただきまして恐れ入ります。メールでもお知らせしましたが、今回の件は、報道発表があるまで絶対に漏らさないように……ご家族にもご内密にお願いします」
組合員六名は、組合長の鋭い眼光に飲まれ、身を固くして頷いた。
「今回は王室御用達、あるいはそれに匹敵する高度な技術をお持ちのみなさんにお集まりいただきました」
他の五人が一番若いレノをチラ見して、再び組合長に視線を戻した。
この場で唯一人の力なき民でもあるレノは、何とも言えない気持ちで緑髪の組合長に注目する。
「非常に繊細な事柄ですので、王室から報道規制が敷かれておりますが、ウェルム王女殿下が御懐妊なさいました」
「おぉ……ッ!」
「それはおめでたい!」
湖の民の熟練職人二人が、真っ先に喜びの声を上げた。
「王女殿下のご体調に関しましては、典医団が尽力していますが、念には念を入れて、無事にご出産を終えられるまでは機密扱いです」
トポリ市製菓組合の組合長が、【防音】の掛かった室内で更に声を潜める。
レノたち六人は、無言で首を縦に振った。
「魔哮砲戦争の終戦後、初めてお産まれになられる湖水の王族です」
レノは組合長の言葉の意味を噛みしめた。
王族はその強大な魔力で、同族の湖の民も、力ある陸の民も、レノたち力なき陸の民も、分け隔てなく魔物や魔獣、旱魃の龍のもたらす脅威から護ってくれる。
呪医セプテントリオーなど、国民と直接触れ合い、わかりやすく生命の危機から救ってくれる王族も居る。
王族の魔力を以てすれば、ただそこに居るだけでも防壁の【魔除け】などの効果が高まる。
つまり、王族の人数が増えれば増える程、国民の身の安全が、より一層、盤石になるのだ。
老舗の店長が、感動に震える声で聞いた。
「いっ、いつ頃のご予定ですか?」
「四月下旬とのことです」
「三カ月後……ですか?」
別の老舗の製菓責任者が組合長に確認する。
副組合長が、扉の脇から釘を刺す。
「このことは、くれぐれも、ご内密に願います」
レノたちは【防音】を掛けられた扉に目を遣り、唇を引き結んで頷いた。
「ご出産直前になりましたら、改めてみなさんを招集します」
「ここにですか?」
「はい。三月末になれば、王室から正式に発注されますが、ラキュス・ネーニア王家から賜る材料で、トポリ市民に配るお祝い菓子の製造をお願いします」
「な、何をお作りすればよろしいのでしょう?」
この場で唯一人の女性菓子職人が、頬を上気させて会議机に身を乗り出す。
「ご発注の際にお知らせ下さいますが、王女様なら雛菊を象った四同割の焼菓子で、王子様なら雛菊の花弁を並べたクッキー、いずれの場合でも、アレルギー対応のお菓子は、雛菊の花弁を入れた飴だそうです。みなさんには心積もりだけお願いします」
それぞれが、自分の得意分野だと合点し、早くも腕に力を籠める。
組合長は落ち着いた声で説明を続けた。
「三日前から下拵えを始めて、王室からご連絡があるまで、焼くのは待ちます」
この人数では、粉を篩うだけでも相当な重労働だ。
飴細工職人は一人しか居らず、レノは思わず同情した。
老舗の経営者兼店長が怯えた目で聞く。
「何を何個作るかと言うのも、その時までわからないんですか?」
「そちらは一カ月前に役所から私に連絡があります」
レノは組合長の答えに安心しかけたが、すぐ気付いてげんなりした。
……いやいやいや。この人数で三日で十万人分とか絶対無理。
組合長が見透かしたように言う。
「各お店で五番手までの職人さんなら、使ってもいいとのことですので、三月末までには内密に人選をお願いします」
「あのー……ウチは、俺を入れても家族総出で四人しか居ないんですけど」
レノは恐る恐る手を挙げた。
「椿屋さんは力なき民ですので、個別に指示があります。少し残って下さい」
「えッ? えぇっと……はい?」
面食らったレノを他店の職人たちが微妙な顔で眺める。
これまで、パン職人としても菓子職人としても、魔力の有無で扱いに差を付けられたことなどなかった。
「それでは、今日のところはこれにて解散して下さい」
「この件はくれぐれもご内密に願います。内定した職人にも、四月に入るまでは伏せて下さい」
組合長が送り出し、副組合長が改めて釘を刺した。




