3711.移住の成功例
総合商社パルンビナ株式会社が、ランテルナ島の地上の街カルダフストヴォー市の穀物倉庫で、アルバイトの説明会を開いた。
魔力が発覚した避難民百人余りが熱心に耳を傾ける。彼らは星の標の手を逃れる為、アーテル本土を身ひとつで脱出し、この保護施設に収容された者たちだ。
アミエーラと運び屋フィアールカは、ホワイトボードの傍らに立って見守った。
傷薬標準使用量十回分入り一個
空の【魔力の水晶】大豆サイズ一個
堅パン三パック
ジャム五十グラム一瓶
営業社員のファーキルが、ホワイトボードに列挙した報酬をペンで示して言う。
「呪符十枚が一単位で、報酬はこの四種類からいずれかひとつ選んで下さい」
「例えば、四十枚作業したら、“傷薬と【水晶】一個ずつと堅パン三パックとジャム一瓶”や、“堅パン三パックとジャム三瓶”など、欲しい報酬を組合せて下さい」
緑髪のピペルが報酬の組合せを例示すると、保護施設の収容者たちは瞳を輝かせてホワイトボードを見詰めた。
「ジャムの種類は、作業した季節によって変わります。このアルバイトが始まるのは、最短で今年の三月からです。最初のジャムは苺ジャムを予定しています」
ファーキルが説明すると、数人が紙の手帳にメモした。
総合商社パルンビナ株式会社が提示した報酬は、いずれも自分でも使えるが、交換品として使い勝手のいいものだ。
運び屋フィアールカの話によると、魔力が発覚した彼らは、既に島内の事業所で就業中だが、呪符に魔力を籠めるだけの内職なら片手間でできる。
……魔力充填だけにしては、ちょっと高いわね。
アミエーラは、アミトスチグマ王国の求人相場を思い出して考えた。
もしかすると、この業務の目的は、総合商社パルンビナ株式会社の直接の収益だけでなく、アーテル本土出身者の生活を安定させることも含むのかもしれない。
戦時中、彼らがホームレスだった頃は、自分の魔力を受容れられない者が、カルダフストヴォー市のあちこちで盗みを働くなどして治安が悪化。また、ランテルナ島まで逃れたものの、環境変化や経済苦などで自ら命を絶つ者や、路上生活で体調を崩して息を引き取る者も少なくなかった。
ラキュス・ラクリマリス王国政府は魔哮砲戦争の講和条約に基づき、アーテル本土の港湾地区とランテルナ島の港湾地区を租借地として得た。
半世紀の内乱で損壊したままだったランテルナ島の漁港を復旧させ、魚の加工場を再整備し、缶詰工場などで雇用を創出。複数の商社が缶詰の国内流通や輸出に携わる。総合商社パルンビナ株式会社もそのひとつだ。
ランテルナ島の治安を維持できれば、経済活動が安定し、巡り巡ってパルンビナ株式会社の利益に繋がる。
「呪符に魔力を籠めるアルバイトは内職ですので、就業場所は、あなた方のお住まいです。本土には通勤しません」
ファーキルが質問に答えると、ホームレス保護施設で暮らすアーテル本土出身者たちは、一様に安堵して表情を緩めた。
「もし、ご希望でしたら、外国へのお引越しも可能です」
ファーキルの一言で、穀物倉庫に百人のざわめきが広がった。
ピペルが保護施設に住む避難民を見回して言う。
「総合商社パルンビナ株式会社の本社は、アミトスチグマ王国の夏の都にありますので、お引越し先はそちらの社宅になります」
「空室に限りがありますので、五名様に限りますが、国籍は当面、アーテル共和国のままです」
「当面?」
数人が首を傾げた。
「力ある民であるあなた方は、条件を満たせば、アミトスチグマ王国に帰化できます」
アーテル共和国本土で産まれ育った者たちは、ファーキルの言葉を無言で噛みしめた。
ファーキルが、ホワイトボードの傍らに立つアミエーラに目線で合図を送る。
アミエーラはホワイトボードの前に移動した。
「例えば、こちらのアミエーラさんは、旧ネモラリス共和国のリストヴァー自治区出身です」
先程とは別種のどよめきが穀物倉庫に響く。
アミエーラは、成功例として呼ばれたのだ。
「私は半世紀の内乱後、当時はキルクルス教徒の自治区だったリストヴァー自治区で産まれました。星道の職人の仕立て屋さんで働いていましたが、魔哮砲戦争が始まって間もない頃、魔力があるのがわかりました」
木箱に座る百名余りが固唾を飲んで、似た境遇の身の上話の続きを待つ。
「仕立屋の店長さんは、星の標にみつかる前に逃がしてくれました。店長さんは半世紀の内乱前の産まれで、私の祖母の姉と親友でした。その大伯母は、フラクシヌス教徒の魔法使いで長命人種なので、当時の写真のままの姿で生きている可能性がある……と、この写真を持たせて送り出してくれたんです」
アミエーラは、紙の手帳に挟んだ一葉の写真を掲げて見せた。
避難民が古ぼけた写真を食い入るように見詰める。
アミエーラは、写真を手帳に挟み直して続けた。
「大勢の人の助けでどうにか生き延びて、ラクリマリス王国の王都で大伯母と出会えました」
「何で親戚だってわかったんです?」
当然の疑問が飛んだ。
「私の外見が大伯母に似ているのと、大伯母が有名な歌手だからです。立ち寄った神殿の方々が連絡をつけて下さいました」
「その親戚の人、見た目が似てるだけで信じてくれたのか?」
「さっきの写真とか、祖母の手帳とか、証拠の品がありますし、魔法の道具でも本当かどうか調べが付きますから」
木箱の席から、羨望混じりの溜息が漏れる。
「大伯母と会ってから魔法の修業を始めて、今はアミトスチグマ王国に住んで、歌手として活動する傍ら、ルフス神学校で非常勤講師の仕事もしています」
「え?」
「は?」
「ルフス神学校だって?」
「アーテルの首都にある?」
「あの、ルフス神学校?」
驚き、困惑、信じられないと言いたげな目がアミエーラに向けられる。
アミエーラは怯まず、ファーキルに頼まれた情報を列挙する。
「仕立屋の店長さんに学んだのは、善き業として聖典に記された【編む葦切】学派の魔法の刺繍です。縫製職人としての修業も続けていて、この魔法の服は自分で仕立てました」
「歌手じゃないんですか?」
保護施設の住民たちが、アミエーラに疑いの眼差しを向ける。
アミエーラは質問者に視線を合わせて答えた。
「歌手としては、大伯母の手解きで【歌う鷦鷯】学派の呪歌を修行中です。戦時中に歌った活動が認められて、芸能事務所に所属できました。今はその事務所が用意した家に住んでいます」
「それで何で、キルクルス教の神学校で非常勤講師してるんです?」
「授業は主にオンラインで、キルクルス教の聖歌を……【歌う鷦鷯】学派の呪歌本来の歌詞と意味を教義と絡めて教えています」
保護施設の避難民たちは、隣の者と小声で囁きを交わし始めた。
ファーキルが声を張り上げる。
「先程もお伝えしましたが、魔哮砲戦争の終戦後、大聖堂は公式サイトで聖典を全文公開しました。星道記の内容は、様々な学派の魔法で、作用力のある【魔力の水晶】を使えば誰でも行使できる術や、魔力を持たない人々でも手伝える部分の抜粋です」
「ルフス神学校では、聖職者になってから実践できるように、聖歌を“聖典に記された善き業の魔法”として教えています」
魔力が発覚して本土から逃れた者たちが、改めてアミエーラを見詰める。
「呪歌【癒しの風】だけですが、治癒魔法も使えるので、毎週、アーテル本土の教会や避難所での慈善活動に参加して謳っています」
アミエーラは彼らの視線を受け止め、頼まれた情報を残らず開示した。
今の幸運な暮らしは、様々な偶然が重なった結果だ。
フラクシヌス教徒の目には「水の縁が繋がった結果」と映る。
目の前の百人全員がアミエーラ程の幸運に恵まれるとは思えないが、境遇のせいで可能性の芽を潰さない為に必要だと頼まれた。
……アーテル領だけが世界のすべてじゃないのよ。
アミエーラは、視線に祈りにも似た思いを籠めて彼らを見詰め返した。
☆古ぼけた写真……「0091.魔除けの護符」参照
☆祖母の手帳……「0118.ひとりぼっち」参照
☆私の外見が大伯母に似ている……「540.そっくりさん」参照
☆神殿の方々が連絡をつけて下さいました……「541.女神への祈り」参照




