3710.避難民の仕事
「じゃ、行くわよ」
「よろしくお願いします」
印暦二二〇二年一月下旬の日曜日。
アミエーラは、運び屋フィアールカの【跳躍】で、久し振りにランテルナ島を訪れた。
目的地は、地下街チェルノクニージニクではなく、カルダフストヴォー市に設けられたホームレスの保護施設だ。
魔哮砲戦争の戦時中、魔力が発覚した為、ランテルナ島へ逃げ込んだアーテル本土出身者が暮らす。大半は、魔獣駆除業者の振りで資金稼ぎした警備員オリョールら、ネモラリス憂撃隊に【魔力の水晶】を握らされたのが原因だ。
彼らは、それまで積み上げてきたすべてを失ったが、星の標の私刑で火炙りにされる前に逃げ果せられた幸運な人々だ。
運び屋フィアールカが跳んだ先は、いつもの西門ではなかった。
「あれっ? ここは……?」
「カルダフストヴォー市の南門よ」
西門の前は漁港だが、南門にあるのは、南ヴィエートフィ大橋のランテルナ島側の袂だ。路線バスで本土とランテルナ島を繋ぐ交通の要衝だが、土地勘のある魔法使いは【跳躍】で移動するので使わない。
戦時中と戦後しばらくは、ランテルナ島民の有志や、フラクシヌス教系慈善団体が、路上生活を送る本土出身者に手を差し伸べた。
だが、信仰上の理由で魔術に対する嫌悪感が強く、自分に魔力があることを受容れられなかった者たちは、その手を拒んだ。ロークたちの報告書によると、彼らはバス停付近の路地裏に段ボールで小屋を作って路上生活を続けたらしい。
アミエーラは路地裏を覗いてみたが、戦後八年近く経つ今は、それらしき人の姿がない。
緑髪の運び屋フィアールカは迷いのない足取りで、南ヴィエートフィ大橋のバスターミナルから程近い【跳躍】許可地点に案内した。
「ホームレスの人、一人も見掛けませんね」
「地元の店長さんたちや自警団、教団のボランティアが声掛けを続けて、魔法の勉強をする決心がついた人から順番に施設に収用して、就職させたからね」
「どうしても自分に魔力があるのを受容れられなかった人は……一人も居なかったんですか?」
「手癖の悪い人とか、暴力を揮う人とかは、自警団がアレしたから」
フィアールカは「アレ」の内容を言わない。
アミエーラは、彼らがどうなったか聞いてはいけないと察して話題を変えた。
「えぇっと、報告書をちょっと読んだだけなんですけど、その保護施設って、今どんな感じですか?」
「見ればわかるわ」
この島の【跳躍】許可地点も、アミトスチグマ王国の夏の都と同じで、円形の広場を大人の背丈より高い石碑が囲み、足下の敷石と併せて立体的な魔法陣を構築した大規模なものだ。
フィアールカがアミエーラと手を繋ぎ、呪文を唱えると、軽い目眩に続いて風景が一変した。
大きな倉庫が立ち並ぶ区画だ。
「ここは、カルダフストヴォー市の北半分にある農業地区と市街地の境目にある倉庫街よ」
「えっ? 街の中に畑があるんですか?」
アミエーラは驚いた。
フィアールカが許可地点を出ながら説明する。
「この街が、地上も地下も、旧王国時代に腥風樹から島民を護る砦として作られたのは知ってる?」
「聞いたコトあります」
「腥風樹の落ち葉とかで土壌が汚染されたら、この世の植物はみんな枯れてしまうから、畑も防壁の中に入れたのよ」
「あ……あぁ……そう言われてみれば、そうですよね」
「で、地主さんの一人が、倉庫のひとつを潰して保護施設を建ててくれたのよ」
運び屋フィアールカは、大きなプレハブが三棟建つ区画で足を止めた。
どの窓もカーテンが閉ざされ、中の様子はわからない。
「魔哮砲戦争が終わってから、クロエーニィエ店長とかが中心になって、島民の有志が資金を出して作ったの」
「郭公の巣の店長さんたちが?」
「そうよ。あの店長さんも一人、元ホームレスを採用したわ」
「そうなんですか」
「この保護施設で本人の適性とか見て【霊性の鳩】学派以外にどの学派を学ばせるか決めて、まぁ、最終的に決めるのは本人だけどね。その学派の職人に就職を兼ねて弟子入りさせたの」
「適性がなくて【霊性の鳩】だけの人はどうなったんですか?」
アミエーラは他人事ながら心配になった。
「どこかのお店や会社で雇ってもらえたから、今はみんなどこかで働いてるし、この施設は家賃が要らないから、心配ないわ」
「よかったです」
フィアールカの答えで、心が少し軽くなった。
「まだ自力で【跳躍】できない人は、雇い主か島民の有志が職場最寄りの許可地点まで送り迎えしてるわ」
「至れり尽くせりですね」
「まぁね」
……この感じ、フィアールカさんも送り迎えを手伝う日があるみたいね。
「今日の説明会ってどこでするんですか?」
「そっちの穀物倉庫よ」
運び屋フィアールカは、プレハブの保護施設から三棟離れた石造りの倉庫に案内した。
搬入出用の大扉は閉まっている。フィアールカはその傍らの小さな扉を開けた。
穀物倉庫の中は、仄白い【灯】が幾つも点されて明るい。
入ってすぐの空間に木箱が並べられ、百人近い人々が扉に背を向けて腰掛ける。大半が男性だ。
奥では、ホワイトボードを前にファーキルとピペルが説明する。
フィアールカは静かに木箱の横を歩いて、アミエーラをホワイトボードの傍に誘導した。
ファーキルとピペルが二人に会釈する。
……二人とも、休日出勤よね。
アミエーラは、アミトスチグマ王国から出張してきた二人を心の中で労って会釈を返した。
木箱に座る者たちはチラ見したが何も言わず、総合商社パルンビナ株式会社の説明に耳を傾ける。
「これを受け、本土の社宅や公営住宅を中心に【魔除け】の呪符作りの内職を募集しています。それに伴い、書き上がった呪符に魔力を籠めるアルバイトの募集が多数あります」
「呪符に魔力を籠めるのって、プロの職人さんじゃなくてもできるんですか?」
木箱の列から質問が飛んだ。
緑髪のピペルが即答する。
「はい。仕上げの術は、【編む葦切】学派の職人さんでなければできませんが、魔力を籠めるだけなら、魔力さえあれば、子供でもできます」
「そんな簡単な作業で、幾らくれるんだ?」
別の男性が半信半疑の声を出す。
それにはファーキルが答えた。
「歩合給です。呪符十枚を完全充填すれば、傷薬標準使用量十回分一個か、小粒で空の【魔力の水晶】一個か、堅パン三パックか、ジャム五十グラム一瓶のいずれかでお支払いします」
ピペルがホワイトボードに品名を書く。
「ジャムって何のジャムですか?」
「好きなの選ばせてもらえるんですか?」
「本土に通勤すんの絶対イヤなんだけど」
数人が同時に質問した。
☆ホームレスの保護施設……「3000.元ホームレス」「3270.異教徒が支援」参照
☆元ホームレスを採用……「2998.島の街の変化」~「3001.変わらぬ部分」参照




