3708.魔力のコスト
ファーキルは、総合商社パルンビナ株式会社の営業社員として、ヘリカ包装株式会社の社長と総務部長に伝える。
「先程、こちらの工場の門を潜った際、塀の足下に【魔除け】の敷石が巡らせてありましたが」
「は、はい。あれはリゴルネットで取り寄せて敷設してもらったものですが、何か、不具合でもありましたか?」
社長が門の方へ視線を向けるが、応接室からでは見えない。
ファーキルは営業スマイルを崩さず、落ち着いた声で説明する。
「いえ、不具合と申しましょうか、あの敷石だけでは部品が足りないんですよ。もし、よろしければ、不足分のご注文は弊社で承りますが、いかがでしょう?」
「えッ? もしかして、あれだけでは土魚除けとして機能しないんですか?」
総務部長が合皮張りのソファから腰を浮かす。
「魔力を持つ人々が絶えず行き交う場所でしたら、敷石だけでも問題なく作動します。しかし、こちらの工場はそうではなさそうですので」
「え、えぇ……弊社には穢……いえッあの……魔力を持つ社員が一人も在籍しておりません」
社長が、ファーキルの背後に立つ湖の民二人をチラリと見て、冷や汗を拭う。
ファーキルは気付かないフリで説明を続けた。
「敷石と併せて、魔力を蓄積しつつ【魔除け】を発動させる石碑をお使いいただいた方が、効果時間を延長できて、より安全です」
「魔力を蓄積……と、言いますと?」
総務部長が座り直して、恐る恐る質問を発した。
「弊社から力ある民の社員が定期的に訪問し、魔力の補充とメンテナンスを実施します」
「お幾らくらいになりますか」
社長が物欲しそうな顔で聞く。
……アミトスチグマ王国の相場なら、この会社でも払えそうだけど。
アーテル共和国の相場では、魔力充填の価格は天井知らずだ。だが、高過ぎては手が届かない。
ファーキルは少し考えて社長に話を振った。
「御社がどの程度の効果をお望みかによりますね」
「と、言いますと?」
「強い魔力でフル充填すれば、長期間、強い効果を維持できます」
「強い効果……どのくらい強くできるのでしょう?」
「例えば、土魚だけでなく、人間と同じくらいの大きさの双頭狼なども侵入を阻止できます」
「ほ、本当に……そんなコトが……?」
総務部長が掠れる声で呟いて、応接机に身を乗り出す。
「ただ、それには魔力の器としてサファイアなどの宝石が必要で、石碑には盗難防止の術も上乗せしなければなりません」
「サファイア……かなり高くつきそうですね」
社長が魂の抜けたような声を出す。
「サファイアに魔力を充填するには、放出にかなりの圧力を要しますので、貴族階級の方々か、同等の力を持つ優秀な魔法使いでなければなりません」
「つまり……人件費も高くつく……と?」
総務部長が蒼白な顔で確認した。
ファーキルは首肯して続ける。
「そのような物は、お城や貴族の館、要塞、神殿や神殿附属施療院などにしかありません。主要道路などに設置する【魔除け】の石碑には、魔力を蓄積できるように加工した翡翠や水晶を取付けています」
「翡翠か水晶……翡翠はお幾らくらいになるのでしょう?」
「大きさによりますが、概ね、サファイアの二十分の一から五十分の一程度が、アミトスチグマ王国での相場ですね」
「そ、そんなに安くなるんですか?」
社長が、安過ぎる不安と支払える期待を滲ませる。
「はい。同じ大きさの【魔力の翡翠】と【魔力の水晶】では、翡翠の方が蓄積できる魔力の容量が大きいので、メンテナンスの回数を減らせます」
ファーキルは、タブレット端末にカタログを表示させて二人に向けた。
社長と総務部長が自分の端末で検索し、息を詰めて【魔除け】の石碑とそれに取り付ける宝石を吟味する。
先に高額な商品を提示して、後からそこそこの品と安価な品を見せれば、大抵の客は中間価格帯の商品を選ぶ。
ヘリカ包装株式会社の経営状況なら、小粒の【魔力の翡翠】付き【魔除け】の石碑を選ぶ筈だ。
「石碑の方は、また後程お伺いしますので、まずは呪符作りの説明会の方を」
「は、はいッ! よろしくお願いします」
ファーキルとピペル、護衛に雇った魔獣駆除業者のホルィは、社長と総務部長の案内で社宅の集会室に移動した。
集会室は、工場と同じ敷地にある三階建て社宅一階の一室だ。
社宅の自治会長、副会長、書記、会計を務める中高年女性たちと、大学生くらいの若者が先に来て待っていた。
社宅で役職を持つ中高年の女性たちは、ヘリカ包装株式会社の正社員の妻だ。
青年が肩を窄めて背を丸め、小さく手を挙げて言う。
「あ、あのっ、自分は一応、まだ大学生なんですけど……どっ土魚に足……かっ齧られて……通学できなくなったんで、護符のバイトしたいです。他にも、高校通えなくなった子とか、バイトしたい子が居るんで、その代表で来ました」
「大変でしたね。怪我の程度によりますが、魔法で治療すれば元通りに歩けるようになりますよ」
ファーキルは、形式的に労りの言葉を掛けて気の毒そうな顔を作った。
「あ、それ、助けてくれた駆除屋さんにも言われましたけど、租借地から遠いとこだったんで無理で、一緒に居た他の駆除屋さんにはランテルナ島の病院、紹介しようかって言われたんですけど、俺ンち、もう貯金ないんで……諦めました」
大学生は、境遇を語る声が次第に小さくなり、俯いてしまった。
集会室に重苦しい沈黙が降りる。
ピペルが小さく手を挙げた。
「あの、魔法を使ってもよければ、鎮花茶をお淹れしますけど、食器を拝借してもよろしいですか?」
社宅の役職付き女性たちが、一斉に自治会長を務める年配の女性を見た。
金髪が半分以上白い自治会長が、無言で顎を引く。書記の中年女性が、集会室の隅にある食器棚に駆け寄った。
「あ、俺は護衛だから要らないよ」
駆除屋のホルィが、やさしい声で言って窓際に移動した。
ファーキルが、鞄から鎮花茶とお茶請けのクッキーを出す。
ピペルは書記を手伝って、会議机に人数分のティーセットと個包装の菓子を並べた。背広のポケットから【無尽の瓶】を出し、【操水】で水を宙に漂わせる。小さな紙袋から乾燥させた花を二個出して、宙で沸騰させた水塊に投入した。
アーテル共和国のキルクルス教徒たちが、魔法でお茶を淹れる様子を呆然と眺める。甘い芳香が集会室に満ちると、大学生と役職付き女性らの表情が和らいだ。
薬効のある甘い芳香を漂わせるお茶が、それぞれの前に置かれたカップにするりと収まる。ピペルは、残りをティーポットに注いで一礼すると、ファーキルの隣に腰を落ち着けた。
ファーキルはその間に鞄からノートパソコンを出し、集会室備え付けのプロジェクターと接続した。




