3707.工場との取引
印暦二二〇二年一月半ば。
ファーキルとピペルは、魔獣駆除業者ホルィの【跳躍】で、ランテルナ島のカルダフストヴォー市からアーテル共和国の首都ルフスへ跳んだ。
目的地は、北部に広がる工業地帯にあるヘリカ包装株式会社の工場敷地内に建つ社宅だ。
包装資材工場は、頑丈なコンクリート塀に囲まれ、塀に接する敷地内の地面には【魔除け】の敷石が並べてある。
ファーキルは敷地を見回したが、門から見える場所には警備員しか居なかった。彼らの制服には、呪文も呪印もない。
……じゃあ、力ある民の工員が居るのか?
湖の民の二人が【魔除け】の敷石の上で立ち止まった。
「あっ……これ、魔力が通ってませんね」
マリャーナ宅の使用人ピペルが、門の足下に並べられた【魔除け】の敷石を見てポツリと呟いた。
緑髪の駆除屋ホルィもつられて下を見る。
「あ、ホントだ。使えもしねぇのにこんな高いモン……勿体ねぇ」
力なき民のファーキルには、魔力の循環など感知できない。
門の両脇に立つ警備員が怪訝な顔で聞く。
「あの……どうされました?」
「この敷石は、あるだけじゃダメなんだ」
ホルィが足下を指差す。
「どう言うコトです?」
「これがあれば、土魚とか入って来られなくなるんじゃないんですか?」
警備員二人が声を不安に揺らす。
「別に魔法は使えなくてもいいんだけど、魔力持ってる奴が上を歩いて魔力を籠めないと【魔除け】の効果が発動しないんだ」
「えッ?」
ホルィの指摘で、警備員が二人揃って足下を見る。
……素直過ぎて詐欺師に引っ掛かりそうな人たちだなぁ。
ファーキルは心配になったが、ホルィがどうするか無言で見守った。
「来たついでだし、対価を出すなら、魔力を籠めてやるぞ」
「えッ? いいんですか?」
若い警備員が顔を明るくした。
ホルィとピペルが【魔除け】の敷石の上に居るので、魔力は今も充填中だ。
魔獣駆除業者ホルィは、魔術の基礎知識のない警備員にわかりやすく説明する。
「魔力を貯える効果を付与した【魔除け】の石碑がないから、今から敷石だけに魔力を籠めても、今日の日没くらいまでしか持たないだろうけど、どうする?」
若い警備員が、期待に満ちた眼差しでホルィに聞いた。
「土魚とか寄せ付けない効果って、その石碑があればずっと続くんですか?」
「ずっとは無理だな。蓄積した魔力を使い切るまでは続くけど、あんたらは魔力の流れが視えねぇから、魔道具が作動してるか、魔力切れで停止したかわかんないのが怖いんだよな」
ホルィが緑髪の頭を掻いてボヤく。
「つまり、詐欺に遭ってもわからない……と言うことですね」
ファーキルが口を挟むと、警備員二人は顔を強張らせてホルィを見た。
ランテルナ島の魔獣駆除業者は、首肯して足元を指差した。
「そこそこ霊視力ある奴なら、魔道具の【魔除け】が作動してるのだけはギリギリわかると思う。白い光がぼんやり視えるから」
「あ……駆除屋さんたちの立ってるとこだけ光ってますね」
若い駆除屋が瞳を輝かせる。
ファーキルも足下を見ると、ホルィとピペルの立つ敷石だけが淡い真珠色の光を放ち始めた。旧王国時代は子爵位にあったホルィ足下は、平民のピペルより遙かに強く輝く。
やや年嵩の警備員が、申し訳なさそうに言う。
「えぇっと……我々の一存ではちょっと……社長に言ってもらえますか?」
「それでは、【魔除け】の石碑の調達と魔力充填についても、社長さんにお話ししますね」
「よろしくお願いします!」
ファーキルが営業の約束をすると、警備員二人は敬礼して見送った。
三人で、工場の傍らに建つ社屋に入る。
受付で用件を告げると、すぐに応接室へ通された。
「本日はよろしくお願いします。パルンビナさんの方もお忙しいでしょうから、早速、本題を。弊社の社宅で、従業員の家族に内職の説明会をして、上手く説得できれば収益が上がるとのことで、大いに期待しております」
ヘリカ包装株式会社の社長は、五十代後半か六十代前半くらいに見えるが、二十代半ばのファーキルに愛想笑いで遜る。
ファーキルは、応接机に資料を並べながら営業スマイルで応じた。
「先日、ローク・ディアファネス大司教様が礼拝で言及しておられましたが、聖典に記された善き業の呪符を作成することは、星道記の実践ですから、信仰上、なんら問題ありません」
社長と総務部長が肩の力を抜いた。
ピペルと護衛のホルィはソファの後ろに立って見守る。
今回は【編む葦切】学派の職人を呼ばなかった。契約成立後、総合商社パルンビナ株式会社の子会社から、講師として派遣する予定だ。
ファーキルは、事前にメールでPDFを送った書面を紙で示しながら説明した。
「ヘリカ包装株式会社様が、弊社と正式に契約して下さいましたら、書き上がった呪符を力ある民の社員が回収し、その場で査定して、対価はこの契約書にある燃料や食料品などでお支払い致します」
「はい。それはもう、このご時世、社員食堂などあってないようなものですからね。現金より食料品の方が助かりますんで、よろしくお願いします」
年配の社長は、若手営業社員のファーキルにペコペコ頭を下げた。
総務部長が難しい顔で付け加える。
「ただ、弊社の従業員家族は、弊社で雇用しておりませんので、実際に作業に当たる者たちへの説明と申しましょうか、説得と申しましょうか、そちらは内職として雇用する御社の方でお願いしたいのです」
「はい。当然です」
ファーキルはきっぱり言い切った。
ヘリカ包装の二人が安堵の息を吐く。
ヘリカ包装株式会社は経費削減の為、従業員やその家族の食料を従業員の家族に自力で賄わせたいのだ。カネはあってもモノがなく、買えないのが原因で、経営が危ういワケではない。
呪符制作の手間賃は燃料と食料品だ。社員食堂に納品し、社宅で暮らす者全員の口に入る。各世帯で炊事するには燃料が不足し、非効率だからだ。
こうなったのは、救援物資輸送の担い手が、バルバツム連邦陸軍からフラクシヌス教団に移ったからだ。大企業でも、来客にお茶すら出せない。
フラクシヌス教団の神官戦士団による輸送が始まってからは、損耗率がほぼゼロになった。病院や学校、避難所には、食料品や日用品、燃料や医薬品などが以前よりも手厚く行き渡る。
だが、民間企業の社員食堂や社宅は、異教徒の手を借りることで星の標に目を付けられることを恐れ、救援物資の食料品を入手できなくなった。
アーテル共和国の国産食料は未だ乏しく、このままでは従業員とその家族が飢えてしまう。
「それから、こちらは予定外のお話なのですが」
「はい……何でしょう?」
社長が、話を切り出したファーキルに怯えた目を向ける。
総務部長も身を固くして、大企業の若手社員を見詰めた。




