3706.駆除屋と契約
葬儀屋アゴーニが、アミトスチグマ王国の夏の都を訪れた。ソルニャーク隊長が集めたリストヴァー市の情報を持って、ファーキルを尋ねて来たのだ。
「マリャーナさんちに来ンの、久し振りだなぁ」
緑髪のアゴーニが、いつものパソコン部屋で出された紅茶をのんびり味わう。
ファーキルは、隊長のメモを複合機で取込みながら言った。
「このメモは、テキスト化してロークさんにメールで送りますね」
「おうっ、頼むわ。俺ぁ機械モンはからっきしでなぁ」
「任せて下さい」
「これをあの兄ちゃんに送って、ホントに何とかなるもんなのかねぇ?」
アゴーニが、お茶請けのクッキーをひとつ摘まんで首を傾げる。
ファーキルは複合機からメモを回収し、パソコンの前に戻って答えた。
「ロークさんが、礼拝の生配信で労働条件の悪さに苦言を呈すれば、会社名を出さなくても、すぐリゴルネットだとわかります」
「何でだ?」
「大勢の人がSNSで愚痴をこぼしてますし、共通語圏ではニュースに取り上げられてますからね。大抵の人はピンときますよ」
「そんな悪名高ぇのかい、あの通販会社は?」
葬儀屋アゴーニが眉を顰め、唇に皮肉な笑みを浮かべた。
「えぇ。ロークさんはキルクルス教徒の間で人気がありますからね。リゴルネットは対応せざるを得なくなると思います」
「聖職者が世俗の商売に口を挟むとは何事かっ! ……て、教会へ怒鳴り込む奴が出たりゃせんか?」
湖の民の魔法使いが、キルクルス教の高位聖職者になったロークを案じる。
ファーキルは、取込んだメモの画像を確認し、ファイル名を変えながら言った。
「リゴル社長は自称“敬虔な信徒”だから、言うコト聞くんじゃないかなって」
「自称?」
「慈善活動には熱心なんですけど、キルクルス教徒って言うか、信心深い人と言うにはあんまりにもカネカネカネカネで、カネの為なら誰かの人生を踏み躙っても平気な感じなんで、世界で五指に入る大金持ちにはなりましたけど、大勢から恨まれてるんですよね。従業員だけじゃなくて、別れた奥さんとか、身内も含めて」
「おぉ怖ッ」
アゴーニは自分の両肩をさすり、わざとらしく怖がってみせた。
ファーキルは画像フォルダを閉じた。
先程まで閲覧していたブラウザが一番手前に表示される。
葬儀屋アゴーニが画面を指差した。
「お前さん、こいつは何の動画だ?」
「クレーヴェル教会の公式チャンネルです。さっきまで、ロークさんが先週……六日に生配信した礼拝のアーカイブを観てたんですよ」
「キルクルス教徒に呪符作りの内職しろってか。この坊主も相変わらずだなぁ」
アゴーニは字幕を見て、何とも言えない顔で苦笑した。
……ラゾールニクさんがウチの会社に売りつけた情報とほぼ一緒なんだよな。社外秘だからアゴーニさんには言えないけど。
ロークは良くも悪くも、世界中のキルクルス教徒から注目を浴びる有名な大司教だ。その彼が、呪符作りの内職を「星道記の実践」として推奨した。
クレーヴェル教会公式チャンネルは、湖南語話者……特に国外で暮らすアーテル人の閲覧者が多い。在外アーテル人から、SNSなどを介して本国の富裕層に伝わるまで、大して時間を要さないだろう。
翌週。
ファーキルは、アーテル共和国の首都ルフスに出張を命じられた。
今回は、ラキュス・ラクリマリス王国政府が経営する租借地の病院への納品ではない。
「ピペル君、今回もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
まずは、マリャーナ宅の使用人ピペルの【跳躍】で、アミトスチグマ王国の夏の都から、アーテル領ランテルナ島へ移動する。
地下街チェルノクニージニクに降り、間口の狭いサンドイッチ屋でルフスに土地勘のある魔獣駆除業者と合流した。
総合商社パルンビナ株式会社が契約した湖の民の男性だ。学派は魔法戦士の【急降下する鷲】、会社の身許調査によると、旧王国時代の身分は子爵で、騎士だったと言う。
ファーキルが調査書の写真で顔を憶えて来た緑髪の中年男性は、カウンター席で珈琲を飲んで待っていた。首から提げるのは【急降下する鷲】学派の徽章だ。
「お待たせ致しました。総合商社パルンビナ株式会社のラストークと申します。こちらは移動補助のピペルです」
ファーキルは一礼して名乗り、緑髪のピペルを掌で示した。
緑髪の中年男性がカップを置いて応じる。
「俺は駆除屋のホルィだ。依頼がない時は大抵ここでのんびりしてる」
「本日はよろしくお願いします」
「パルンビナみたいな大企業と縁ができるとは思わなかったよ。よろしくな」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「詳しいコトはあっちで話そう」
駆除屋のホルィが言うと、サンドイッチ屋の若い女性店員が奥の突き当りの壁に手を触れ、力ある言葉で何事か唱えた。壁だったところに音もなく木製の戸が現れる。
サンドイッチ屋奥の商談部屋で、今日の護衛業務の詳細を詰める。
パルンビナ株式会社が雇った公証人は、先に来て商談部屋で待っていた。
ファーキルは契約書面を机に置いて言う。
「今回の護衛契約では、我々二人を護っていただきます」
「ルフスのどこへ行くんだ?」
駆除屋のホルィが書類を手に取って聞いた。
「ルフス北部にあるヘリカ包装株式会社の包装資材工場の社宅です」
「ヘリカ……あぁ、何回か、材料を運ぶトラックを護衛したコトあるな」
緑髪のホルィが思い出した顔で頷く。
ヘリカ包装株式会社は、アーテル共和国の包装資材製造業界で第二位のシェアを誇る大企業だ。
戦時中、未曽有の大水害で甚大な被害を被り、魔獣の捕食などで従業員にも犠牲者を出したが、三年前、どうにか操業に漕ぎつけられた。
現在、工員は全員、工場敷地内にある社宅で暮らす。家族と共に住む社員も居れば、妻子は通学の都合で仮設住宅に残った世帯もある。
「でも、材料を【無尽袋】に詰めて【跳躍】で運べば、別に護衛なんか要らないよな?」
ホルィが同族のピペルに話を振った。
ピペルに顔を向けられ、ファーキルが答える。
「今回は、納品ではなく、従業員の家族に対する説明会なのです」
「あぁ、滞在時間が長くなるから、社宅に魔獣が来た時用の護衛か」
「そう言うコトです」
ホルィは説明会の内容には触れず、書類に目を落とした。
「何時から何時まで……あぁ、これな」
明日の説明会は午前十時開始だ。昼食を挟んで、午後は十五時までを予定する。
午前の部と午後の部では、説明を受ける従業員家族を入れ替えるが、社長と総務部長、社宅在住者の代表五名は両方に出席する。
「十五時にカルダフストヴォー市の西門に移動して、そこで報酬をお支払いして解散です」
「手付けは報酬全体の三分の一、食事はそっち持ち、魔獣が出たらその素材は俺の総取りか……うん。いいぞ」
魔獣駆除業者ホルィとの契約はすんなりまとまった。
☆ソルニャーク隊長が集めた情報……「3700.年初の農作業」参照
☆ラゾールニクさんがウチの会社に売りつけた情報……「3674.記者の儲け話」参照
☆ラストーク……「3045.新商材の取引」参照
☆サンドイッチ屋奥の商談部屋……「3218.駆除屋と交渉」参照




