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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第七十二章 平和の譜

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3703.国を亡ぼす者

 印暦二二〇二年の新年コンサートは成功裡(せいこうり)に終わった。

 キルクルス教団ネモラリス支部を預かるローク・ディアファネス大司教は、ひとつ肩の荷が下りた心地で動画共有サイトを閲覧する。


 今年は、ラキュス・ラクリマリス王国内のすべての教会と神殿で同時開催した。

 王国政府は、可能な限り生配信せよと要請。ロークは、いつもの大聖堂公式チャンネルではなく、昨秋に開設したばかりのクレーヴェル教会公式チャンネルで生配信した。


 教育省が昨年初夏、王国内の全宗教施設に対して、全国一斉コンサート開催を指示。ロークはそれを受け、クレーヴェル教会単独の公式チャンネル開設に動いた。

 元日はロークが担当する火曜日ではない。また、ユアキャストの大聖堂公式チャンネルで、異教の聖歌を含む接続曲(メドレー)を流すのは、流石に許可されないだろうと思ったからだ。


 キルクルス教団本部の許可は、なかなか下りなかった。

 ロークの火曜生配信は、今や「投げ銭による寄付」の稼ぎ頭だ。大聖堂は、信徒がクレーヴェル教会の生配信に流れることを警戒したのだろう。

 間に合わないのではないかとヒヤヒヤしたが、昨秋、どうにか開設に漕ぎつけられた。


 開設以来、日々の礼拝をそのまま生配信する。

 大聖堂公式チャンネルの火曜礼拝の生配信は共通語だが、こちらは王国民の信徒向けに湖南語で教義を説く。


 湖南語話者は、ラキュス湖南地方に限定される。


 国外からの閲覧者は、ほぼアーテル人だ。

 動画のコメント欄やSNSでの拡散、感想などを見る限り、魔哮砲戦争以前から外国で働く者や、戦時中に難民としてバルバツム連邦などへ逃れて定住した者、留学生などが多い。


 アーテル共和国内の教会には、聖典に善(よ)き業(わざ)として記された魔法について、詳しく解説できる者が居なかった。


 ロークはルフス神学校での留学中、大聖堂から派遣されたレフレクシオ司祭の神学講義の手伝いとして、何度も教壇に立ち、魔法について説明した。


 アーテル人の神学生は現在も、音楽の講義で呪歌を教わる。担当は、アミトスチグマ王国在住の非常勤講師アミエーラだ。

 聖典に記された聖歌が呪歌であること、力なき民でも条件を満たせば大規模な儀式魔術を手伝えること、聖歌の歌詞が力ある言葉の呪文であること、その呪文の意味、呪歌としての効果などを詳細に学び、呪歌【道守り】を実践する。


 だが、それらだけでは魔術の知識が全く足りず、アーテル人の聖職者たちには、詳しい説明ができなかった。


 ロークには、ランテルナ島の地下街チェルノクニージニクの呪符屋でアルバイトした経験がある。

 呪符屋のゲンティウス店長は、付与魔術の専門家【編む葦切(ヨシキリ)】学派の術者で、旧王国時代から生きる長命人種の湖の民だ。力なき民のロークにも、呪符にする術に関して根気強く説明してくれた。

 また、ロークの中には、旧王国時代産まれで、半世紀の内乱時代に命を終えたシポーブニク大佐の記憶が残る。


 魔法をキルクルス教の教義に絡めて語れる聖職者は、かつて植民地支配を受けたアルトン・ガザ大陸南部の国々にも存在する。

 だが、あの辺りの両輪の国は、土地の魔力が少ない影響で、高度な術を理解し、行使できる術者が滅多に居なかった。その為、両輪の国出身の聖職者でも、魔術に関する知識の乏しい者が多いらしい。

 ラキュス・ラクリマリス王国に派遣された大聖堂のアエテルヌム司祭とヌンティウス司祭は、アルトン・ガザ大陸南部に位置する両輪の国出身だが、一般常識程度の知識しか持ち合わせなかった。


 ローク自身の共通語の語学力と、五百年余り生きた魔法戦士シポーブニクの膨大な魔術知識があるからこそ、できる芸当だ。


 ロークは終戦間際、シポーブニク大佐に「千年続く平和の礎(いしずえ)となれ」と言われた。この知識は、その為に託されたのだ。



 この説教で、国外から閲覧するアーテル人から、魔法に対する忌避感がなくなれば、国家再統合の実現が少しでも進むと信じ、ローク大司教は日々の礼拝を行う。


 昨夏に実施されたアーテル共和国の大統領選でも、在外投票の大半が現職ミェーフ氏の得票となった

 ローク大司教の礼拝動画を視聴する在外アーテル人は、クレーヴェル教会の新年コンサートをどんな思いで閲覧しただろう。



 新年気分がまだ残る一月五日。

 ロークは、クレーヴェル教会の大司教執務室で、湖南経済新聞の動画ニュースを閲覧した。

 現地採用の記者が撮影したミェーフ大統領の年頭挨拶の動画だ。

 ハチワレ猫がロークの膝の上に飛び乗り、前脚を執務机の端に掛けて、パソコン画面を食い入るように見詰める。ラキュス・ラクリマリス王国政府の職員が、監視に付けた使い魔だ。


 「大切な人を魔獣に捕食され、遺体との対面すら叶わず、悲しみの底から抜け出す光さえ見えない人をこれ以上増やさない為にも、国会で保留されてきた国家再統合の手続きを進めなければなりません」


 ミェーフ大統領は、前半をバルバツム兵のこととして語ったが、それはアーテル共和国の現状とも重なる。

 命の値段の安い国民を蔑(ないがし)ろにする者は、アーテル共和国でもバルバツム連邦でも、特定の思想に凝り固まった異端者と私腹を肥やす為に動く富裕層なのだ。


 「この国が、ラキュス・ラクリマリス王国との再統合を果たせば、アーテル共和国の国号が地図から消滅し、私も大統領ではなくなります。しかし、それは、この国の終わりではありません。この国が蘇る為の第一歩なのです」


 現在の状況が長引けば、アーテル共和国は早晩、本土の国民が死に絶える。


 隣国のラニスタ共和国は、国教をキルクルス教と定め、星の標(しるべ)の本部が存在するが、あちらは魔法使いを自治区に隔離せず、折り合いをつけて共生する。

 魔法使いに対する差別はあっても、アーテルのように魔力が発覚した者を火炙りにする苛烈さはない。

 星の標(しるべ)に対しては、多くの国民が「国際テロ組織」と認識して距離を置く。


 アーテル共和国は、星の標の異端思想と富裕層の欲に亡(ほろ)ぼされる瀬戸際に立たされていた。

☆千年続く平和の礎となれ……「2490.双方を知る者」参照

☆アエテルヌム司祭とヌンティウス司祭……「3522.大聖堂の五人」参照

☆ミェーフ大統領の年頭挨拶……「3694.演説のBGM」「3695.大統領の挨拶」参照

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◆野茨の環シリーズ 設定資料◆
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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