3702.微妙な距離感
「嘘だと思うんなら、ご当人に聞いてみりゃいい」
メドヴェージのおっさんがムッとする。
緑髪の魔装兵は、とんでもないと言いたげな顔になった。
「いや、我々の身分では、お目通りすら叶わない」
「オメドオリって何?」
「会うこと、だ」
話の腰を折られたが、魔装兵はモーフを睨んだりせず、普通に教えてくれた。
「えぇ~? 湖の民なのに会えないって何で?」
モーフは信じられなかった。
ヤバいクスリの売人の車に轢かれて入院した時、市民病院のセンセイが治してくれた。センセイの傍には、護衛の魔装兵が居たが、あいつらも湖の民だった。
魔装兵の一人が、収穫籠を乗せた水の塊を立て直して微妙な顔になる。
「俺たちは下っ端だからな」
「えぇっ?」
「王族の護衛を務める近衛兵は、旧王国時代には高位の貴族だった者たちだ」
モーフには、コノエヘイと言う言葉を初めて聞いた。
「我々の魔力で王家の方々をお護りしようなど、烏滸がましいのだ」
「オコガマシイって?」
「身の程知らず、だ」
「でも、今は、貴族とかそう言うの、関係ねぇよな?」
モーフは工業高校の授業で、魔哮砲戦争が終わって神聖復古したが、旧王国時代にあった貴族の身分は復活させなかったと習った。
「制度上の貴族階級は廃止されたままだが、持って生まれた魔力の差は旧王国時代と変わりない」
「なんだそりゃ?」
魔装兵は魔法で水を操りながら、モーフの質問にきちんと答えてくれた。
「王族が魔獣駆除の現場へお出ましになる場合、近衛兵は【従僕の絆】で魔力を分け与えていただいて、王族の代わりに戦うのが役目のひとつだ」
「じゅうぼくの……何?」
……知らない奴と喋ったら、知らねぇ単語が次々出てくンな。
「術の名称だ。魔力を受容れる器が小さければ、魔力の圧力に耐えらえず、身体が崩壊してしまうから、王族の護衛はその強大な魔力を受容れられる者でなければ勤まらんのだ」
「えぇッ?」
モーフだけでなく、メドヴェージのおっさんも驚いた。
隣を見たが、ソルニャーク隊長はいつも通りの顔だ。
周囲を警戒する担当の魔装兵が、どこか遠くを見ながら答える。
「力なき民にはわからんだろうが、生半可な魔力では、王族の身の回りのお世話すらできんのだ」
「差別ってヤツっスか?」
何を聞いても「話の腰を折るな」と怒られない。
モーフは安心して、初対面の魔装兵に質問した。
「違う」
「じゃあ、何で」
「例えば、王族のお召し物には非常に強い護りの術が施されている」
緑髪の魔装兵は、モーフの質問を皆まで言わせなかったが、それが答えなのかどうか、よくわからなかった。
「オメシモノって何?」
「……服だ。王族が着る服に施された護りの術をすべて起動するには、膨大な魔力が必要なのだ」
魔装兵は「マジかよコイツ」みたいな顔でモーフを見たが、すぐに気を取り直して教えてくれた。
「服はわかった……けど、えーっと……それで、どういうコト?」
「例えば、魔力が弱い者は、王族の服を片付けようとして、手に持った瞬間、魔力が急に減って気絶する」
「は?」
これには、ソルニャーク隊長も驚いた。
三人が足を止め、真ん丸にした目で湖の民の魔法戦士を見る。
魔装兵二人は立ち止まらず、手振りで歩くように促した。キルクルス教徒の三人が歩き出すのを待って答える。
「魔力切れを起こせば、最悪の場合、命に関わるのだ」
「は? 服、触っただけで? 死ぬ? マジで?」
……薬師のねーちゃんは働き過ぎでぶっ倒れてたけどよ……?
緑髪の魔装兵は、当たり前のような顔で説明した。
「不慮の事故を防ぐ為、武官も文官も、王族に接する者は、極限られた少数にしてあるのだ」
……俺らがセンセイとトラックで雑魚寝してたっつったら、コイツら腰抜かしそうだな。
「そう言う意味では、生まれつき魔力を持たないお前たちの方が安全だな」
「元々魔力なかったら、偉い人の服に触っても大丈夫なんスか?」
「そうだ」
「じゃあ、逆に無原罪の清き民がお手伝いさんすりゃ、安心なんじゃねぇか?」
メドヴェージのおっさんが話に加わった。
「それが、そうでもないのだ」
「何で?」
「魔力がなければ動かせない道具や開けられない扉などがあるし、城内で働く力なき民が多ければ、城に施された【魔除け】などの護りの術を維持できなくなる」
モーフは、魔法仕掛けの扉があるなど初耳だ。だが、言われてみれば、魔法使いのお城に魔法の道具がたくさんあるのは納得できた。
「王族の人だけじゃ、魔力足ンなくなったりすンの?」
「足りないなどと言うことはないが、力なき民の職員が増えれば、その分、魔力が強い方々のご負担が重くなるからな」
「いざと言う時の為に温存していただくには、それなりに魔力の強い者がお傍近くでお仕えした方がいいのだ」
緑髪の魔装兵二人は、イヤな顔ひとつせず、何も知らない無原罪の清き民に色々なコトを教えてくれた。
リストヴァー市では滅多に聞けないお城のコトなどを話しながら歩いていると、東教区の教会に着いた。
山裾の畑から逃げて帰った十二人は、寒いのに教会の庭で、何やら難しい顔をして司祭様と話す最中だ。
バケツくらいの大きさの缶を刳り抜いただけの竈には、炊き出し用の大鍋が乗せてあるが、スープの匂いはしなかった。
……そっか。具、まだここにあるもんな。
モーフは、水の塊に運ばれる収穫籠を見た。
ソルニャーク隊長が、湖の民の魔装兵に礼を言う。
「ここまで来れば大丈夫です。有難うございました」
「あッ! 隊長さん!」
おっさんの一人が気付いて、ホッとした顔になる。
他の連中も一斉にこっちを向いた。
司祭様も、いつものやさしい笑顔で迎えてくれる。
「お疲れ様です。ご無事で何よりです」
「いえ、ご心配をお掛け致しまして恐れ入ります」
ソルニャーク隊長は、ジャンパーのポケットから手帳を出した。
日付、誰が畑に来たか、農作業の割当て、始まりと終わりの時間などを書き付けてある。
「兵隊さん、彼らを守って下さって有難うございます」
司祭様が魔装兵の二人にお辞儀する。
助けてもらった十二人は、微妙な顔で会釈しただけで何も言わない。
「守ってくれてありがと」
「兵隊さん、ありがとよ」
モーフとメドヴェージのおっさんが礼を言うと、緑髪の魔装兵たちは明るい笑顔を返した。
水の塊が生き物みたいに動いて、乗せて来た収穫籠を地面に降ろす。魔装兵が茶色の小瓶を持って呪文を唱えると、水がするりと収まった。
「それでは、皆さん、ご安全に」
魔装兵二人が呪文を唱えると、あっと言う間に姿が見えなくなった。
☆【従僕の絆】……「3157.【従僕の絆】」「3158.貸与した魔力」参照




