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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第七十二章 平和の譜

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3701.逃げて戻る畑

 ソルニャーク隊長の警笛がみんなを追い立てる。

 山裾で農作業していたみんなは、命からがらリストヴァー市最南端の広場へ駈け下りた。

 若い奴が真っ青な顔でへたり込む。

 「ち……畜生め……ッ!」

 「これさえなきゃ、割のいい作業なんだけどなぁ」

 「これがあるから、食いモンの割当てが多いんだ」

 おっさん連中が息を整えながらぼやく。


 モーフも、メドヴェージのおっさんに続いて【魔除け】の敷石に囲まれた広場に駆け込んだ。後ろが気になって、クブルム山脈の方を振り向く。

 最後はソルニャーク隊長だ。【魔除け】の敷石を越えた途端、警笛を唇から離して荒い息を吐いた。


 ……みんな……無事に逃げられた……よな?


 モーフは呼吸を整えながら広場を見回したが、そもそも今日、山裾の畑で作業するのが何人だったか、知らないコトに気付いた。

 「点呼を取る」

 ソルニャーク隊長が、ジャンパーのポケットから手帳を出して呼称を呼ぶ。呼ばれた奴は手を挙げて返事をした。

 「モーフ」

 「はいッス!」

 「メドヴェージ」

 「はいッ!」

 最後に呼ばれたおっさんは、やたらイイ返事をした。


 モーフたちを入れて全部で十五人だ。


 ソルニャーク隊長は、手帳を仕舞って肩の力を抜いた。

 「よし。全員無事だな。だが、今日はもう作業できんだろう」

 「えッ? じゃ、じゃあ、今日の分のメシどうなるんスか?」

 モーフより少し年上の奴が半泣きで聞いた。


 「司祭様には魔獣の襲撃があったことをお伝えする。この時間までの作業量で計算していただく決まりだ」

 「え? なんももらえねぇワケじゃないんスか?」

 質問した奴が拍子抜けする。

 ソルニャーク隊長は苦笑した。

 「タダ働きは禁止だ」


 ラキュス・ラクリマリス王国軍の魔装兵が、空から広場へ降りて来た。

 二人とも、緑色の髪……市民病院のセンセイ、薬師のねーちゃん、葬儀屋のおっさんと同じ、湖の民だ。

 「四眼狼を六頭、討伐した。辺りを【索敵】したが、魔獣はもう居ない」

 「農作業に戻っても大丈夫だ」

 一人が戦果報告して、もう一人がにっこり笑った。

 誰も返事をしない。みんな帰りたそうな顔だ。メシをもらえるか聞いた奴も、じりじり街の方へ移動する。


 魔装兵は、少し残念そうにみんなを見回した。

 「……恐ろしければ、無理しなくてもいいが」

 「心配なら、しばらく畑の傍に居よう」

 もう一人が言うと、ソルニャーク隊長が一歩前に出た。

 「農具と軍手を倉庫に戻してから帰ろう」

 「えッ……! 畑……もう一回、みんなで行くんスか?」

 メシの心配をした奴が震え上がった。


 モーフは彼をビビリだと笑う気にはなれなかった。

 ここでは、正しく怖がって、腰を抜かさず逃げられる奴だけが生き残れるのだ。


 「いや、用具を返却して、収穫済みの野菜を回収するだけだから、そんな人数は要らん」

 ソルニャーク隊長は、広場の隅に置いてあった空の収穫籠を真ん中に置いた。

 みんなが軍手を脱いで、次々と籠に入れる。

 鍬(くわ)を持って来てしまったおっさんは、半泣きで謝りながら隊長に手渡した。


 モーフは、軍手を籠に入れて手を挙げた。

 「隊長、俺も行くっス」

 「そうか。無理するなよ」

 「坊主も行くんなら俺も」

 メドヴェージのおっさんもついて来る。

 隊長は、先に帰るみんなに声を掛けた。

 「先に教会へ行って待っていてくれ」

 「すんません」

 「お願いします」

 他の十二人は、とぼとぼ教会へ向かった。


 ソルニャーク隊長、メドヴェージのおっさん、モーフで畑に戻る。

 魔装兵の二人も付いて来てくれた。

 「こぉんな立派な護衛が付くなんざ、俺らも偉くなったもんだなぁ」

 メドヴェージのおっさんが冗談を言うと、魔装兵は何も言わずに笑った。



 三人で農具と軍手を畑の倉庫に片付け、魔装兵二人が辺りを警戒する。

 モーフたちは、炊き出し用の野菜を入れた収穫籠と、みんなが放り出してしまった大根や葉物野菜を拾い集めた。

 畝(うね)が崩れた畑がある。逃げる時に誰か転んだらしい。

 潰れた野菜も拾って蔓草(つるくさ)細工の収穫籠に入れる。


 無原罪の清き民三人は、背負い籠をひとつ背負い、もうひとつ腹の前で抱えた。丸々太った大根や葉物野菜でいっぱいの籠は、ずっしり重い。


 魔装兵の一人が、モーフに手を差し伸べる。

 「運ぶの、手伝おうか?」

 「いいンすか?」

 モーフは、なんだかズルするような気がした。

 「みんな逃げて……人手が減って大変だろう」

 「俺が【操水】で運んだ方が楽だ。また何か来ても逃げやすい」

 「えーっと……じゃあ……そう言うコトなら、お願いしゃっす」


 魔装兵の一人が、戦闘服のポケットから茶色い小瓶を出した。蓋を開けて力ある言葉で呪文を唱える。

 旅の間、薬師(くすし)のねーちゃんとアマナの兄貴が何度も唱えた【操水】だ。

 魔装兵の操る水が、モーフたちの前で板状になって浮かぶ。

 「じゃ、籠をここに乗せて」

 キルクルス教徒の三人は、フラクシヌス教徒の兵士に礼を言って従った。

 魔装兵が力ある言葉で何か言う。収穫籠を六つも乗せた水の板は、音もなく動き出した。


 魔装兵が歩くと、水の板もその隣にぴったりついて宙を滑るように動く。

 「あんたら、肝太いんだなぁ」

 「そりゃ、兵隊さんを信用してっからだよ」

 メドヴェージのおっさんがイイ笑顔で答えた。

 「キルクルス教徒なのに湖の民を?」

 「ずっと守ってくれてるじゃねぇか」

 何故か、緑髪の魔装兵は二人とも微妙な顔だ。


 ソルニャーク隊長が付け加える。

 「それに……戦時中、ネミュス解放軍が攻めて来た時、救援物資を持って助けに来てくれたのは、湖の民だった」


 モーフはあの時、トラックで留守番させられた。

 ソルニャーク隊長は、ラゾールニクと市民病院のセンセイと一緒にリストヴァー自治区へ、近所のねーちゃんアミエーラの師匠にインタビューしに来たのだ。


 魔装兵の一人がソルニャーク隊長に聞く。

 「その報告書は読んだが……あんた、その湖の民に直接助けられたのか?」

 「セプテントリオー呪医(せんせい)もそうだ。我々……キルクルス教徒を守って、星の標(しるべ)とネミュス解放軍の戦闘から逃れる為、山道を共に登って下さった」

 「えっ? そんなコトが?」

 魔装兵二人が驚く。


 ……政府軍の報告書って誰が書いたんだ?


 モーフは、移動放送局プラエテルミッサのトラックに帰って来たソルニャーク隊長たちから聞いて、何がどうなったか、なんとなく憶えている。

 確か、戦ったのは星の標とネミュス解放軍だけで、政府軍は来なかったと聞いた気がする。区長と解放軍の話し合いで、星の標を武装解除させて、政府軍が魔獣対策しに来ると決まったが、そいつらは戦闘も運び屋たちの働きも見ていない。


 ……見てねぇのにどうやって書いたんだ?


 「魔獣に襲われた際、司祭様にお借りした銃で応戦した」

 「教会に銃が? それとも、司祭個人の持ち物か?」

 これも知らなかったらしく、魔装兵二人の顔色が変わる。


 ……これ、バレたのマズいんじゃ……?


 モーフはやきもきしたが、ソルニャーク隊長は歩きながら淡々と続ける。

 「教会に昔からあったものだ。呪医(せんせい)が、弾丸に呪文が刻んであることに気が付かれて、それに魔力を籠めて下さり、私が撃って倒したのだ」

 「セプテントリオー殿下がキルクルス教徒の為にお力を?」

 魔装兵が声を裏返らせると、収穫籠を乗せた水の板がぐらついた。

☆ソルニャーク隊長は(中略)リストヴァー自治区へ……「887.自治区に跳ぶ」参照

☆司祭様にお借りした銃……「897.ふたつの道へ」参照

☆山道を共に登って下さった……「898.山路の逃避行」「901.外部との通信」~「903.戦闘員を説得」参照

☆銃で応戦……「906.魔獣の犠牲者」参照


※ 政府軍の報告書って誰が書いたんだ→ラゾールニク少佐

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◆野茨の環シリーズ 設定資料◆
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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