3701.逃げて戻る畑
ソルニャーク隊長の警笛がみんなを追い立てる。
山裾で農作業していたみんなは、命からがらリストヴァー市最南端の広場へ駈け下りた。
若い奴が真っ青な顔でへたり込む。
「ち……畜生め……ッ!」
「これさえなきゃ、割のいい作業なんだけどなぁ」
「これがあるから、食いモンの割当てが多いんだ」
おっさん連中が息を整えながらぼやく。
モーフも、メドヴェージのおっさんに続いて【魔除け】の敷石に囲まれた広場に駆け込んだ。後ろが気になって、クブルム山脈の方を振り向く。
最後はソルニャーク隊長だ。【魔除け】の敷石を越えた途端、警笛を唇から離して荒い息を吐いた。
……みんな……無事に逃げられた……よな?
モーフは呼吸を整えながら広場を見回したが、そもそも今日、山裾の畑で作業するのが何人だったか、知らないコトに気付いた。
「点呼を取る」
ソルニャーク隊長が、ジャンパーのポケットから手帳を出して呼称を呼ぶ。呼ばれた奴は手を挙げて返事をした。
「モーフ」
「はいッス!」
「メドヴェージ」
「はいッ!」
最後に呼ばれたおっさんは、やたらイイ返事をした。
モーフたちを入れて全部で十五人だ。
ソルニャーク隊長は、手帳を仕舞って肩の力を抜いた。
「よし。全員無事だな。だが、今日はもう作業できんだろう」
「えッ? じゃ、じゃあ、今日の分のメシどうなるんスか?」
モーフより少し年上の奴が半泣きで聞いた。
「司祭様には魔獣の襲撃があったことをお伝えする。この時間までの作業量で計算していただく決まりだ」
「え? なんももらえねぇワケじゃないんスか?」
質問した奴が拍子抜けする。
ソルニャーク隊長は苦笑した。
「タダ働きは禁止だ」
ラキュス・ラクリマリス王国軍の魔装兵が、空から広場へ降りて来た。
二人とも、緑色の髪……市民病院のセンセイ、薬師のねーちゃん、葬儀屋のおっさんと同じ、湖の民だ。
「四眼狼を六頭、討伐した。辺りを【索敵】したが、魔獣はもう居ない」
「農作業に戻っても大丈夫だ」
一人が戦果報告して、もう一人がにっこり笑った。
誰も返事をしない。みんな帰りたそうな顔だ。メシをもらえるか聞いた奴も、じりじり街の方へ移動する。
魔装兵は、少し残念そうにみんなを見回した。
「……恐ろしければ、無理しなくてもいいが」
「心配なら、しばらく畑の傍に居よう」
もう一人が言うと、ソルニャーク隊長が一歩前に出た。
「農具と軍手を倉庫に戻してから帰ろう」
「えッ……! 畑……もう一回、みんなで行くんスか?」
メシの心配をした奴が震え上がった。
モーフは彼をビビリだと笑う気にはなれなかった。
ここでは、正しく怖がって、腰を抜かさず逃げられる奴だけが生き残れるのだ。
「いや、用具を返却して、収穫済みの野菜を回収するだけだから、そんな人数は要らん」
ソルニャーク隊長は、広場の隅に置いてあった空の収穫籠を真ん中に置いた。
みんなが軍手を脱いで、次々と籠に入れる。
鍬を持って来てしまったおっさんは、半泣きで謝りながら隊長に手渡した。
モーフは、軍手を籠に入れて手を挙げた。
「隊長、俺も行くっス」
「そうか。無理するなよ」
「坊主も行くんなら俺も」
メドヴェージのおっさんもついて来る。
隊長は、先に帰るみんなに声を掛けた。
「先に教会へ行って待っていてくれ」
「すんません」
「お願いします」
他の十二人は、とぼとぼ教会へ向かった。
ソルニャーク隊長、メドヴェージのおっさん、モーフで畑に戻る。
魔装兵の二人も付いて来てくれた。
「こぉんな立派な護衛が付くなんざ、俺らも偉くなったもんだなぁ」
メドヴェージのおっさんが冗談を言うと、魔装兵は何も言わずに笑った。
三人で農具と軍手を畑の倉庫に片付け、魔装兵二人が辺りを警戒する。
モーフたちは、炊き出し用の野菜を入れた収穫籠と、みんなが放り出してしまった大根や葉物野菜を拾い集めた。
畝が崩れた畑がある。逃げる時に誰か転んだらしい。
潰れた野菜も拾って蔓草細工の収穫籠に入れる。
無原罪の清き民三人は、背負い籠をひとつ背負い、もうひとつ腹の前で抱えた。丸々太った大根や葉物野菜でいっぱいの籠は、ずっしり重い。
魔装兵の一人が、モーフに手を差し伸べる。
「運ぶの、手伝おうか?」
「いいンすか?」
モーフは、なんだかズルするような気がした。
「みんな逃げて……人手が減って大変だろう」
「俺が【操水】で運んだ方が楽だ。また何か来ても逃げやすい」
「えーっと……じゃあ……そう言うコトなら、お願いしゃっす」
魔装兵の一人が、戦闘服のポケットから茶色い小瓶を出した。蓋を開けて力ある言葉で呪文を唱える。
旅の間、薬師のねーちゃんとアマナの兄貴が何度も唱えた【操水】だ。
魔装兵の操る水が、モーフたちの前で板状になって浮かぶ。
「じゃ、籠をここに乗せて」
キルクルス教徒の三人は、フラクシヌス教徒の兵士に礼を言って従った。
魔装兵が力ある言葉で何か言う。収穫籠を六つも乗せた水の板は、音もなく動き出した。
魔装兵が歩くと、水の板もその隣にぴったりついて宙を滑るように動く。
「あんたら、肝太いんだなぁ」
「そりゃ、兵隊さんを信用してっからだよ」
メドヴェージのおっさんがイイ笑顔で答えた。
「キルクルス教徒なのに湖の民を?」
「ずっと守ってくれてるじゃねぇか」
何故か、緑髪の魔装兵は二人とも微妙な顔だ。
ソルニャーク隊長が付け加える。
「それに……戦時中、ネミュス解放軍が攻めて来た時、救援物資を持って助けに来てくれたのは、湖の民だった」
モーフはあの時、トラックで留守番させられた。
ソルニャーク隊長は、ラゾールニクと市民病院のセンセイと一緒にリストヴァー自治区へ、近所のねーちゃんアミエーラの師匠にインタビューしに来たのだ。
魔装兵の一人がソルニャーク隊長に聞く。
「その報告書は読んだが……あんた、その湖の民に直接助けられたのか?」
「セプテントリオー呪医もそうだ。我々……キルクルス教徒を守って、星の標とネミュス解放軍の戦闘から逃れる為、山道を共に登って下さった」
「えっ? そんなコトが?」
魔装兵二人が驚く。
……政府軍の報告書って誰が書いたんだ?
モーフは、移動放送局プラエテルミッサのトラックに帰って来たソルニャーク隊長たちから聞いて、何がどうなったか、なんとなく憶えている。
確か、戦ったのは星の標とネミュス解放軍だけで、政府軍は来なかったと聞いた気がする。区長と解放軍の話し合いで、星の標を武装解除させて、政府軍が魔獣対策しに来ると決まったが、そいつらは戦闘も運び屋たちの働きも見ていない。
……見てねぇのにどうやって書いたんだ?
「魔獣に襲われた際、司祭様にお借りした銃で応戦した」
「教会に銃が? それとも、司祭個人の持ち物か?」
これも知らなかったらしく、魔装兵二人の顔色が変わる。
……これ、バレたのマズいんじゃ……?
モーフはやきもきしたが、ソルニャーク隊長は歩きながら淡々と続ける。
「教会に昔からあったものだ。呪医が、弾丸に呪文が刻んであることに気が付かれて、それに魔力を籠めて下さり、私が撃って倒したのだ」
「セプテントリオー殿下がキルクルス教徒の為にお力を?」
魔装兵が声を裏返らせると、収穫籠を乗せた水の板がぐらついた。
☆ソルニャーク隊長は(中略)リストヴァー自治区へ……「887.自治区に跳ぶ」参照
☆司祭様にお借りした銃……「897.ふたつの道へ」参照
☆山道を共に登って下さった……「898.山路の逃避行」「901.外部との通信」~「903.戦闘員を説得」参照
☆銃で応戦……「906.魔獣の犠牲者」参照
※ 政府軍の報告書って誰が書いたんだ→ラゾールニク少佐




