3695.大統領の挨拶
「国民の皆様に明るい話題をひとつお報せ致します。本年一月十日より、救援物資の輸送が新体制に移行します。これに伴い、輸送中の魔獣などによる損耗が抑えられ、昨年までと比較して、食料品などの供給量が増大する見込みです」
印暦二二〇二年元日、ミェーフ大統領の年頭挨拶は、アーテル共和国大統領府の記者会見場で行われた。
セプテントリオーは、ラキュス・ラクリマリス王国のクレーヴェル城で生配信のアーカイブを閲覧する。
……演説にバックグラウンドミュージックを取り入れるのも異例だが、内容も、この種の演説と言うより、国会答弁のようだな。
王族のセプテントリオーは、他国の大統領演説に対する感想を口にせず、会議室に置いた簡易ベッドに身を横たえてパソコン画面を注視する。
「戦時中から昨年までは、ポデレス元大統領の要請により、バルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊が、救援物資の輸送を担っておりました」
ミェーフ大統領が言葉を切り、唇を引き結んで会見場を見回す。
次にどんな発言が出るか、記者団の緊張が画面越しにもひしひしと伝わった。
「しかし、バルバツム連邦軍は魔獣と戦う術も、魔物や魔獣から身を守る術も持ち合わせておりませんでした。様々な新兵器を開発し、実戦投入して工夫を重ねてきましたが、輸送部隊の人的損失を食い止めるに至らず、多くのバルバツム兵が聖なる星の道に旅立ちました」
ミェーフ大統領がキルクルス教徒として、人差し指を立てて胸の前に楕円を描いて瞑目する。
「我々アーテル人は、多くのバルバツム兵の犠牲によって、救援物資を得て命を繋いで参りました。尊い犠牲となられた皆様へ深い哀悼の意を表します。また、負傷された方々、重度の障碍を負われた方々に深い感謝を捧げます」
大統領が目を伏せて悔やみの言葉を並べ、記者席にも頭を垂れる者が居た。
目を開いた大統領が淡々と告げる。
「本年より、フラクシヌス教団の神官戦士団、並びに神殿ボランティアの魔法戦士の方々が、救援物資の輸送を担います。彼らは終戦間際の頃から、避難所に於ける給水支援などを継続してこられました。本年からはこれに食料品や衛生用品、生活必需品など、救援物資の輸送が加わります」
記者席からどよめきが上がり、BGMに流れるスニェーグが奏でたピアノの音色が掻き消された。
ミェーフ大統領が語る言葉は、厳しい内容が多く、新年を祝うに相応しくない。国家再統合反対派は、鬼の首を取ったように糾弾することだろう。
それでも、彼は自国の厳しい現状を国民に突き付ける。
「多くの命と引換えに届けられたとは言え、我が国では食料が不足し、多くの国民が低栄養の状態にあります。無論、我が国でも、消費地に近い工場の一部を水耕栽培の野菜工場や鶏舎に転換するなど、食料自給率を回復させる努力を続けて参りました。しかし、魔獣は嘲うかのようにそれらを蹂躙してきました」
ミェーフ大統領が声の調子を僅かに上げ、謡うような調子で語る。録音のピアノが、神々の祝日の為の聖歌メドレーを控えめな音量で奏で、彼の声を彩った。
「大聖堂が聖典の全文を公開し、今や誰もが、聖職者用の聖典を隅々まで読めるようになりました。そして、そこには、聖者様が善き業とお認めになられた魔法が記されております。我々は、異教徒や魔法使いの方々と手を取り合って、共に善き業で助け合ってゆくべき時代を生きているのです」
……星の標の思想が異端だと、改めて指摘しているのだな。
セプテントリオーは魔哮砲戦争中、何度も触れた情報を振り返った。
ネミュス解放軍によるリストヴァー自治区侵攻に際しては、自ら、自治区民の救助に動き、戦闘終了後は、自治区民も星の標も分け隔てなく魔法で癒やした。
リストヴァー自治区に住まう星の標の大半は、大聖堂から派遣されたフェレトルム司祭に聖典を読み聞かせられると、自分たちの思想が異端であると認め、正しい教えに帰依した。
ラズートチク少尉の報告によると、キルクルス教の正しい信仰を受容れられない者は、密かに自治区を脱出し、その多くは、逃避行の中で命を落としたと言う。僅かに生き延びて政府軍に保護された者は、魔法なしでは生きられないと痛感し、キルクルス教の信仰を捨てたとのことだ。
「魔法使いの多くは、敵対すべき邪悪な存在ではありません。聖者様の信徒の中にも、邪悪な犯罪者は存在します。魔法使いのすべてが善人とは言えませんが、すべてが悪人でもないのです」
ミェーフ大統領が当たり前のことを力強く宣言した。
星の標に支配されたアーテル共和国では、こんな発言ひとつで、命の危険に晒される。
「魔法使いの多くは、聖典に記された善き業の実践者です。彼らは、古くから伝わる善き業について、我々キルクルス教徒が教えを請うべき先達なのです」
ミェーフ大統領が更に踏み込んだ発言をした。
……これがこうして公開されていると言うことは、彼は今も無事なのだ。
セプテントリオーは、胸の内で自分を安心させる言葉を並べた。
やわらかな羽根布団の中で、握った拳の中に汗がじっとり滲む。
画面の中に姿は見えないが、ミェーフ大統領の護衛として派遣したシポーブニク大佐と近衛兵セルペンチニートが、この会見中も彼を護り続けた筈だ。
「戦後、何度も国民投票が繰り返され、その度に有権者の七割以上が国家再統合に賛成の意思を示しました。魔獣が徘徊する中、投票所に足を運ぶだけでも命懸けです。民主主義国家の一員として、文字通り命を懸けて投じた一票は、それが遺言となった方々も少なくありません」
演台に立つミェーフ大統領は、原稿なしで記者団を見据えて言葉を続ける。
「差し伸べられた救いの手を振り払えば、更なる悲劇がこの国を覆います。残念ながら、バルバツム連邦の手には、我が国を救う力が不足していたと言わざるを得ません。バルバツム連邦内でも、犠牲となられた将兵のご遺族を中心に我が国への派兵に反対する方々が、日増しに増えている状況です」
ミェーフ大統領は、バルバツム連邦軍が、数百名に上るアーテル人の孤児を誘拐し、呪歌【癒しの風】の訓練を施した上で、治癒魔法担当の少年衛生兵として、アルトン・ガザ大陸南部の紛争地域へ送り込んだ件を口にしない。
その代わり、バルバツム連邦軍を「弱者」として、憐みの視点から語った。
「大切な人を魔獣に捕食され、遺体との対面すら叶わず、悲しみの底から抜け出す光さえ見えない人をこれ以上増やさない為にも、国会で保留されてきた国家再統合の手続きを進めなければなりません」
ミェーフ大統領がひとつ深呼吸した。
表情を改め、記者団と彼らのカメラの向こうに居る国民に宣言する。
「この国が、ラキュス・ラクリマリス王国との再統合を果たせば、アーテル共和国の国号が地図から消滅し、私も大統領ではなくなります。しかし、それは、この国の終わりではありません。この国が蘇る為の第一歩なのです」
神々の祝日の為の聖歌メドレーが、キルクルス教の聖歌の旋律を紡ぐ中、ミェーフ大統領の年頭挨拶が終わった。




