3693.初めての参賀
セプテントリオーは数カ月振りで、王族の正装に身を包んだ。魔力の消費量が多く、ずっしり重く感じる。
……秋にプートニクさんたちと会った時はそうでもなかったのだがな?
昨年九月、セプテントリオーは王族として、アビョース元伯爵である素材屋プートニクとアブルーバク子爵の末裔である呪医ジーマラスチの顔合わせに立会った。
半世紀の内乱による孤児の身許確認事業の一環だ。
元貴族の家系は土地などの相続が絡む為、政府やフラクシヌス教団に所属する王族が、身元の判明した孤児と親族との顔合わせに立会う。
公務とは言え、クレーヴェル城を出て、ラクリマリス城に出掛けられて、久々に気分転換できた。
今日は正装してクレーヴェル城のバルコニーに出ただけだが、既に手足が重く感じる。だが、新年を祝う為に集まった国民を前にして、不調を見せるワケにはゆかない。バルコニーの背後には、不測の事態に備えて近衛兵と衛生兵が控える。
セプテントリオーは、右手の呪杖にこっそり体重を預けた。左手を小さく振って城門と行政棟の間にある広場に詰め掛けた民衆の笑顔に応える。
行政棟三階のバルコニーと広場には、そこそこ距離があるが、何人かと目が合った気がした。
昨秋の申込みで当選した幸運な民衆は、僅か十五分で入れ替えになる。移動に十分余り掛かるので、一時間に二組ずつだ。一時間毎に王族も休憩に入り、午前と午後それぞれ二回ずつ国民と対面。この城の代表が毎回、一般市民に挨拶の言葉を掛ける。
現在も旧王国時代も、神殿に行けば、聖職者として勤める王族と言葉を交わすことができた。
セプテントリオーのように医療職に就いた王族なら、病院や魔獣駆除の現場で直接触れ合う。
それでも民衆は、王族にこうして直接言葉を掛けられることを喜んだ。
シェラタン女王とウヌク・エルハイア将軍は、王都にあるラクリマリス城で新年の一般参賀を迎える。
クレーヴェル城の城主は、ウヌク・エルハイア将軍だ。彼の親族を中心にラキュス・ネーニア王家の一部が、この城で国民を迎えた。
今年は、居候のセプテントリオーも彼らと並ぶ。これまでずっと新年も臨床業務で忙しく、旧王国時代から一度も、王族として一般参賀に参加したことなどなかった。呪医の資格を得てからは、家族と新年を過ごした年も、数える程しかない。
ウヌク・エルハイア将軍の家族を横目で窺い、彼らに合わせて愛想笑いで国民を迎える。
……こんな遠くからでも、王族と対面できるだけで喜ぶとはな。
普段、神殿や病院で顔を合わせるのとどう違うのか。
セプテントリオーには、明るい笑顔で瞳を輝かせて密集する民衆の気持ちがよくわからなかった。
「お疲れのようですね。……衛生兵」
一番手と二番手の入れ替えの最中、ウヌク・エルハイア将軍の曾孫が、セプテントリオーの隣で笑顔を崩さず、正面を向いたまま命じる。
セプテントリオーは逆らわず、国民に小さく会釈して引っ込んだ。近衛兵ジャドと衛生兵が、すかさず両脇から支える。
近衛兵ラシーハが【操水】を唱え、水塊を分厚い板状にして宙に浮かべた。
セプテントリオーは【認証】の掛かった呪杖を両手で持って、水塊に乗る。
……一時間すらもたないのか……まぁ、報道機関が写真を撮ったし、これで充分だろう。
秋の立会いも公務だったが、非公開だ。セプテントリオーは、昨春に狭心症を起こして倒れて以来、初めて公式の場に姿を現した。
詐欺動画の件もあり、初夏頃まではセプテントリオーの病状に関する報道もあったが、その後は今日まで特に何もない。
セプテントリオーはその間、公立病院の巡回診療に出られない日々が続き、保健省の書類仕事にも触らせてもらえず、何カ月も前の報告書の抜粋しか読ませてもらえなかった。
国民の間で、死亡説が流れたかもしれない。
医療関係を中心に気を揉む者が多いだろう。
これで、ある程度は懸念を払拭できた筈だ。
クレーヴェル城の居館に与えられた私室に戻り、魔力の消費量の少ない部屋着に着替える。
「お召し替えが終わりました」
女官長アルボルが、内線電話で城内の医務室に連絡する。
程なく、主治医の呪医オレニョノクが私室を訪れた。
「セプテントリオー殿下、あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます。新年早々、呼出してすみませんね」
セプテントリオーが寝台で申し訳なさそうに縮こまる。
呪医オレニョノクは、屈託のない笑顔で応じた。
「いえいえ、毎年、一般参賀の救護対応で普通に出勤しておりますので、お気遣いには及びません」
……そうだったのか。
魔哮砲戦争の終結後、セプテントリオーがこのクレーヴェル城で居候して八年目になるが、全く知らなかった。
呪医オレニョノクが【見診】して告げる。
「魔力基の状態は、いつも通りと申しましょうか……過労で弱ったままですね」
「自分で【見診】しても、そこがよくわからないのですが」
セプテントリオーは思い切って聞いてみた。
「筋肉痛を思い浮かべて下さい。あれも【見診】では異常がみつかりませんが、本人は痛みや怠さを訴えますよね」
「あ……あぁ……成程……?」
「御身は過労で魔力基が衰弱した為、魔力の出力が不安定になっておられます」
セプテントリオーは寝台に横たわったまま、呪医オレニョノクの説明に頷いた。
「魔力の出力にムラがございますので、同じお召し物に袖を通されましても、その時々でお疲れの程度が異なるのです」
「術の行使を禁止されているのも、そのせいですか?」
「昨年来、何度もご説明させていただいておりますが、その通りでございます」
呪医オレニョノクは微妙な顔で応じた。
普段は魔法を使わないと言うより、近衛兵と女官たちに先回りされ、使わせてもらえない。
目の前で見習い女官ランクスが倒れた時、ファーキルが火傷した時、厨房で調理師が大火傷を負ったと聞いた時は、緊急時なので使用したが、どちらもその後、数日間は体調が悪化した。
「説明された覚えはありますが、何度聞いても、どうしたことか、肝心の部分が右から左に抜けてしまうのですよ」
「ご自身の不調を認めたくないお心が、そうさせるのかもしれません」
そう言われると、ぐうの音も出なかった。
「今の御身は、魔力感知すら難しい状態でございます」
「えッ?」
「初耳のようなお顔をなさいますが、こちらも繰返しご説明申し上げました」
「……すみません」
セプテントリオーは、しおらしい態度で主治医に謝った。
……魔力感知できない……? では、将軍に気付かなかったのは、それか。
強大な魔力の接近に気付かなかった理由がわかり、納得と同時に不調を自覚できないことが空恐ろしくなった。
☆秋にプートニクさんたちと会った時……「3556.久し振りの外」~「3560.駄々を捏ねる」参照
☆目の前で見習い女官ランクスが倒れた時……「3515.見習いの女官」「3516.魔力別の階級」参照
☆ファーキルが火傷した時……「3517.お茶会の来客」参照
☆厨房で調理師が大火傷を負ったと聞いた時……「3664.厨房での騒動」参照
☆魔力基……「3377.魔法用の臓器」参照
☆将軍に気付かなかった……「3663.庭で鉢合わせ」参照




