3691.為政者の挨拶
朝食兼昼食の食事会を終え、クルィーロたちのオルラーン家と、レノたちのオレオール家は、それぞれ家路に就いた。
クルィーロはアパートに帰り着くなり、二段ベッドの自分の段に寝転んだ。
タブレット端末で、ラキュス・ラクリマリス王国の公式チャンネルを開く。
「只今より、緑陰の王家のアル・サダイク陛下、湖水の王家のシェラタン女王陛下より、新年のお言葉を賜ります」
司会進行役が、玉座の間で宣言する。
広い部屋の右側に整列した交響楽団が、音量を絞って「神々の祝日の為の聖歌メドレー」を演奏し始めた。
生演奏に乗せて、黒髪のアル・サダイク国王と、緑髪のシェラタン女王が姿を現す。ひとつの国を共同統治するふたつの王家の王たちは、一段高い玉座の前に並んで立つと、カメラ越しに国民を見詰めた。
一呼吸置いて、アル・サダイク国王が新年を寿ぐ言葉を発した。
「今年も、無事に新しい年を迎えることができ、誠に喜ばしい限りである」
「今を穏やかに過ごす民も、職務を遂行する民も、病床にある民も、ひとしく平和の裡にあります」
シェラタン女王が、カメラに向かって微笑んだ。
「我々はこの平和を維持し、民を守ることを最優先に諸国との関係を構築する」
「また、戦などの爪痕の残る我が国に於いて、より一層復興を進めてゆきます」
……これって、もしかして……?
クルィーロは起き上がり、背筋を伸ばして座った。
いつの間にか、父パドールリクと妹のアマナもベッドの傍に来て、両陛下の年頭挨拶に耳を傾ける。
食料自給率の更なる向上。貿易の均衡を図ること。テロの取締り強化。違法薬物の流入阻止。脳解毒薬の生産増強。インターネット導入直後から懸念された通り、年々増加するサイバー犯罪対策に力を入れること。戦争などにより重篤な後遺症を負う国民への支援を強化すること……など、為政者の二人は、理念ではなく、国民が安心して暮らせる国家運営に関する具体的な政策の概要を次々と並べた。
アル・サダイク国王が、表情を改めて宣言する。
「本年より、フラクシヌス教団がアーテルでの救援物資運搬支援を開始する」
「アーテルでは、予てから【無尽の瓶】による給水支援を継続してきました」
シェラタン女王が実施済みの活動を伝え、知らなかった国民の動揺を鎮めた。
「その救援物資の出所は、従前通り、世界各地のキルクルス教徒の浄財である」
「フラクシヌス教団の神官戦士団が、バルバツム軍に代わって運搬を担います」
為政者の二人が、有無を言わさぬ調子で続ける。
「バルバツム連邦軍は、戦中戦後を通じて魔獣の襲撃に対して脆弱である」
「連邦軍の兵士は、全員が力なき民の為、身を守ることができないのです」
「租借地に於ける医療者の過労、並びに医療資源の浪費を防ぐ為の措置である」
「連邦軍の兵士が救援物資輸送任務で傷付けば、租借地の病院に搬送されます」
「バルバツム連邦政府は、多くの兵が捕食され、民が異を唱えても一向に兵を退かぬ」
「異教の民も、すべて、ひとしい水の同胞です。徒に魔獣の餌にしてはなりません」
「バルバツム軍はアーテルの孤児を拉致し、遠国の紛争地へ衛生兵として送り込んだ」
「アーテル政府は当然の反応としてこの暴挙に異を唱え、連邦軍の支援を断りました」
「我が国とアーテルの利害が一致した為、神官戦士団の活動範囲を拡大した」
「派遣場所は、従前より給水支援を継続する避難所などで、変更ありません」
「救援物資は一旦、隣国のラニスタ共和国に蓄積し、アーテルに運搬する」
「ラニスタ政府には、この件に関して既に全面協力を取り付けられました」
神々の祝日の為の聖歌メドレーに乗せて、アル・サダイク国王が今後の行動を語り、シェラタン女王が説明で国民の懸念を打消した。
三十分余り続いた年頭挨拶を締め括ったのは、フラクシヌス教の祈りの詞だ。
「根元に影落ち、枝葉より木漏れ陽注ぐ。
木々は安らぎを広げ、地より生るものは大地へと還る。
乾きの封印を抱くひとつの大樹よ。
災い免れし者みな、日の輪の下にすべてひとしく輝く命の光。
すべての命、根を張り護り、心を繋ぎ、継ぐ縁。
我らすべて ひとしい 命のひとつ。
地に縁紡がれ、守り給え、幸い給え」
「湖上に雲立ち雨注ぎ、大地を潤す。
木々は緑に麦実り、地を巡る河は湖へと還る。
すべて ひとしい ひとつの水よ。
身の内に水抱く者みな、日の輪の下にすべて ひとしい 水の同胞。
水の命、水の加護、水が結ぶ全ての縁。
我らすべて ひとしい ひとつの水の子。
水の縁巡り、守り給え、幸い給え」
見計らったように丁度、神々の祝日の為の聖歌メドレーが終わった。
「俺、主神フラクシヌスの祈りの詞、ちゃんと聞いたの初めてかも」
「いつもお参りするの、湖の女神様の神殿だもんなぁ」
クルィーロが言うと、父も知らなかったらしく、苦笑した。
アマナが半ば呆れた顔で笑う。
「私たち、陸の民なのにねぇ」
「前の家から一番近いのが、女神様の神殿だったからなぁ」
父が遠い目になる。
平和だった頃、毎年、家族揃ってお参りした神殿は、空襲で喪われた。
一緒に参拝した母も勤務地を襲った爆撃機に奪われ、二度と帰らない。
……やっべ、泣きそう。
新年早々沈み込みそうな気持を奮い立たせ、クルィーロは話題を変えた。
「租借地の医療者の過労を防ぐ為って、セプテントリオー呪医のコトだよな」
「だよねぇ。セプテントリオー呪医、あのお城でお正月かぁ」
アマナが、クレーヴェル城に招かれた時の様子を思い出し、うっとりする。
父パドールリクが話題に乗る。
「医療者と言えば、アウェッラーナさん、どうしてるだろうな」
「東市民病院の調剤部門の責任者だもん。新年早々仕事かもね」
アマナは少し気の毒そうな顔で言った。
……戦争のせいで人手不足が続いてずっと忙しいままなんだよな。
クルィーロは、家でのんびり過ごすのが少し申し訳なくなってきた。
「さっきのお店とか政府の人とか、お正月も働く人って意外と多いよな」
「そうだな」
「セプテントリオー呪医、今年は復帰できるとイイね」
「どうかなぁ? すごい弱ってたからなぁ」
クルィーロは、呪医セプテントリオーのすっかり衰弱した姿を思い出し、改めて彼の平癒を祈った。
☆クレーヴェル城に招かれた時……「3625.お呼ばれ兄妹」~「3630.無理を止める」参照
☆呪医セプテントリオーのすっかり衰弱した姿……「3474.認識した現状」参照




