3690.声だけの演奏
レノたちは初詣の後、遅い朝食でトポリ東神殿近くのレストランに足を運んだ。
「予約していたオレオールです」
「こちらへどうぞ」
レノが家名を告げると、普段ならまず利用しない高級店の店員が卒なく個室へ案内した。
元日にしては珍しく、オレオール家とオルラーン家が一緒に居る。
今年は、神殿前の屋台の抽選に漏れ、パンの椿屋も元日が休みになったからだ。例年は初詣客を相手にパンや焼菓子を販売して忙しい。
世間では三日まで正月休みだが、明日はレノ、明後日はピナが病院に出勤する。
新年は人出が多い分、怪我人も増える。
二人とも力なき陸の民で、本職の呪医ではない。呪歌【癒しの風】しか謳えない素人のアルバイトで、治せるのは軽い外傷だけだ。
戦争による人材不足は少しずつ改善されてきたが、専門職の人手はまだまだ不足する。こんな微力でも、居ないよりマシなのだ。
「わぁー、美味しそう!」
「時々はお店で食べるのもいいね」
アマナとティスが、運ばれて来た料理を前に顔を綻ばせた。
メインの魚料理だけが届き、パンやサンドイッチ、サラダと飲み物はビュッフェ形式だ。交替で料理を取りに行く。
「新年コンサート、そろそろだな」
みんなの前に料理が揃ったところで、クルィーロがタブレット端末を操作した。
ユアキャストの生配信は、ロークが大司教として勤めるクレーヴェル教会の公式チャンネルだ。
……奮発して個室を予約してよかった。
シェラタン女王の宣言で、ラキュス・ラクリマリス王国では、キルクルス教の信仰が全面的に解禁された。
リストヴァー自治区が解散して普通のリストヴァー市になり、キルクルス教徒は現在、国内のどこでも自由に居住できる。あちこちで教会が新しく建立、あるいは半世紀の内乱前と同じ場所に再建されたが、国際テロ組織星の標の悪事のせいで、フラクシヌス教徒からの風当たりは強い。
ふたつの家族は、ロークの居るクレーヴェル教会の新年コンサートを生配信で視聴した。
今年の新年コンサートは、ラキュス・ラクリマリス王国全土の神殿と教会で一斉に開催し、「神々の祝日の為の聖歌メドレー」ただ一曲だけを演奏する。
今、この瞬間、信仰の異なる人々が、ひとつの旋律で繋がった。
「ロークさん、立派になったわねぇ」
ピナが自分の端末を見詰め、しみじみ感慨を漏らす。
初めて出会った当時、ロークは高校生だった。彼と共に旅した面々が、あの頃のロークを思い出して頷く。
レノたちの母ファリナだけが、彼を直接知らない。特に表情を動かすことなく、キルクルス教の説教にフラクシヌス教の信仰を交えて語る姿を見守った。
続いて、アミエーラの生配信を観る。
アマナが動画を全画面表示させ、端末に顔を寄せた。
「アミエーラさん、魔法の刺繍も凄く上手になったわねぇ」
「そうねぇ……アマナちゃんは大学に行ったら、呪符とか刺繍とかの研究するんだっけ?」
ティスが画面から顔を上げて聞く。
「うん。呪歌もそうだけど、力なき民にも手伝える魔法の仕組みを調べて、他の術にも応用できるようにしたいの」
「凄いこと考えるんだな」
クルィーロとアマナの父パドールリクが感心する。
レノには、そんな発想は微塵もなかった。
……同じ力なき民でも、頭の出来が全然違うんだなぁ。
生配信では、同じ芸能事務所に所属するアミエーラと平和の花束の歌姫四人が、わちゃわちゃ戯れる。
真ん中に座ったアミエーラが、表情を改めて宣言した。
「じゃ、アミエーラと平和の花束で、神々の祝日の為の聖歌メドレーです!」
レノたちは、食事の手を止めて画面に注目する。
平和の花束が立ち上がり、初めてお披露目すると言うボイスパーカッションで前奏を歌い始めた。四人の歌姫が全身で調子を取りながら、それぞれ異なる楽器の音色や打楽器の響きを声で再現する。
去年の内に相当な練習を積んだのだろう。初披露とは思えない巧みさだ。
アミエーラの透明感のあるソプラノが、岩山の神スツラーシを讃える聖歌を高らかに歌う。四人が違和感なく滑らかに繋がる伴奏を歌い、湖の女神パニセア・ユニ・フローラの湖水のきらめきを表した。
中央に立つアミエーラは、続く主神フラクシヌスや誓いの女神クリャートウァ、記録の神プートニクなど、フラクシヌス教の神々の聖歌を一人で歌い続ける。
フラクシヌス教の聖歌が、キルクルス教の聖歌に接続した。
「日射す方 光昇れる 東の 一日の初め」
アミエーラが主旋律を湖南語の歌詞からスキャットに切替えた。
黒髪の歌姫アルキオーネが間髪入れず引継いで、続きを湖南語で歌う。
「輝ける 日輪の道を 天の原」
リーダーのアルキオーネがボイスパーカッションに戻る。
今度は金髪の歌姫アステローペが湖南語で歌詞を紡いだ。
「蒼き美空に 障となる いかなるものも あらずして」
タイゲタがアステローペと交替し、サビの歌詞を力強く表現した。
「天路の御幸 塞がれず 地を知ろしめす 日の御稜威」
エレクトラがボイスパーカッションと歌詞の歌唱を代わる。
「風の通い路 吹き流れ 雲の通い路 流れ往き 鳥の通い路 翔けりゆく」
歌詞の最後は、五人が声を揃えて情感たっぷりに歌い上げた。
「日の光 普く照らす 一日の守り」
レストランの個室で生配信に耳を傾けたふたつの家族は、歌声の余韻が消えるまで動けなかった。
ティスが我に返って拍手する。
レノたちも呪縛が解けたように続いた。
ピナが珍しく興奮して激しく拍手する。
「スゴ過ぎて鳥肌立った!」
「すっごいよねぇ!」
ティスが同意した。
「キルクルス教の聖歌って、力なき民がお手伝いできる呪歌なのね」
アマナが興奮冷めやらぬ目で端末を見詰めて呟く。
レノたちの母ファリナが驚く。
「えッ? これ、呪歌の湖南語訳なの?」
「えーっと……【歌う鷦鷯】学派の【空の守り謳】ね」
「それってどんな魔法?」
母は術の名称も知らなかった。
「先に【道守り】を謳って、結界で囲んだ土地を浄化する呪歌なの。その中に居る雑妖と弱い魔物が一撃で全部消えて、効果が続いてる間は雨や曇でも、日のある時間帯なら雑妖が涌かなくなるの」
「まぁあ……凄く強力な呪歌なのねぇ」
母が感心する。
「強力だから魔力量も桁違いに多くて、結界が広ければ広い程、大勢の協力が要るの」
「でも、私たちでも【魔力の水晶】があればお手伝いできるのよね?」
「うん。音痴だったらダメだけど」
「術の練度じゃなくて、歌唱力だけだったら、俺でも安心して手伝えるな」
クルィーロが言うと、食卓に笑いの花が咲いた。




