3689.新年の生配信
「あけまして! おっめでとぉおぉー!」
打合せ通り、アイドルユニット平和の花束の四人が、アミエーラの背後で立ち上がった。元気いっぱい手を振って、生配信の画面越しに笑顔を振り撒く。
アミエーラの前には、白いテーブルクロスを掛けた会議用長机。卓上マイクは、たっぷり盛った青雛菊の造花で隠してある。
歌姫四人は、しゃがんでカメラの死角に潜んでいたのだ。
リーダーのアルキオーネがアミエーラの右隣、更に右隣がアステローペ、エレクトラはアミエーラの左隣、タイゲタが彼女の隣に腰を落ち着けた。
「アミエーラちゃんの晴れ着、可愛いわね」
「もしかして、これも自分で作ったの?」
エレクトラが笑顔で褒め、タイゲタが聞く。
アミエーラは満面の笑みで答えた。
「頑張りました!」
アミエーラは歌手としての芸能活動だけでなく、【編む葦切】学派の縫製職人として修業を続ける。
この晴れ着は、アミトスチグマ王国の民族衣装だ。
湖南地方と湖東地方の境界に位置する国で、服飾の様式も両者の文化が融合した独特の味わいがある。
型は、足首まであるゆったりしたシルエットの長袖ワンピースだ。
深い緑地の生地には、多刺蟹の白糸で呪印と基本的な防禦の術【魔除け】や【耐寒】【耐暑】【耐衝撃】の他、明るい青と黄緑の糸で湖の女神を象徴する青雛菊も刺繍した。帯は秦皮の枝を表す茶色で、緑の糸で葉と防禦魔法の刺繍を入れた。
魔法と装飾の刺繍が一体となって、ひとつの絵画のように仕上がった華やかな一着だ。
黒髪の歌姫アルキオーネが、右隣でしみじみ感心する。
「すっごい細かい刺繍ねぇ」
「どのくらい時間掛かったの?」
左隣で茶髪の歌姫エレクトラが袖の刺繍を指でなぞりながら聞いた。
「去年の一月から少しずつ進めて、ギリギリ間に合ったわ」
「一年ッ!」
「すっごい!」
「私も欲しいぃ!」
「もうこれ、芸術品よね!」
タイゲタ、エレクトラ、アステローペ、アルキオーネが、口々に感嘆の声を上げる。
隣に座るエレクトラがアステローペの豊満な胸を指先で小突いた。
「でも、アステローペちゃん、前にこれ系の服は太って見えるとか文句言ってたよね?」
「ちょ……! エレクトラちゃん、セクハラー!」
アステローペは両手を胸の前で交差させたが、彼女の細腕では大きな肉塊を隠しきれない。
平和の花束の四人は、先程出演した新年コンサートの舞台衣装のまま生配信のスタジオに駆け付けた。
レースやフリルたっぷりの華やかなミニドレスだ。
アルキオーネは情熱的な深紅、エレクトラはやわらかな新緑、アステローペは湖水の青、タイゲタは青寄りの落ち着いた紫のイメージカラーを纏う。それぞれの髪色が映える濃い色だが、白いレースが緩和して軽やかな印象だ。
マネージャーのカニパは、かなり魔力が強いらしく、四人を一度に【跳躍】できる。今は動画撮影のカメラを操作するのに余念がない。
芸能事務所のエポス社長が、会議机から少し離れたパイプ椅子に腰掛け、直々に進行管理する。
平和の花束は湖南語圏だけでなく、キルクルス教圏でも人気があり、今やエポス芸能事務所の看板アイドルだ。
アミエーラも、ラキュス湖周辺地域で人気のソプラノ歌手ニプトラ・ネウマエの親戚として、一定の人気を維持する。
小さな会場でのライブやコンサート、ユアキャストでの配信活動を地道に重ね、少しずつファンを増やしてきたが、事務所内の序列は下から数えた方が早い。
縫製分野の【編む葦切】学派の術者としてはまだまだ修業中だが、難民キャンプの支援を通じて開発した「希望のベルト」などの服飾品の売行きは好調だ。
アミエーラは、アパレルブランドの力で、芸能事務所から切られずに済んでいるのではないかと思った。
右隣のアルキオーネが、アミエーラの袖の刺繍を指でなぞる。
「魔法の刺繍は、難民キャンプの支援でお手伝いしたコトあるけど」
「うん。魔獣対策用に【頑強】と【耐衝撃】と【軽量】とかね」
タイゲタが指折り数えた。
アステローペが遠い目になる。
「あれ、大変だったわよねぇ」
「素人でも、順番通り、丁寧に刺せば何とかなったけどね!」
エレクトラが、生配信の視聴者に明るい笑顔を向けた。
アステローペが自分の右肩を揉みながら眉根を寄せる。
「すっごく肩凝ったし、刺繍はもう懲り懲りよ」
「アステローペちゃんの肩凝りは年中無休よね」
エレクトラが再び豊満な肉塊を指先でつついた。
アステローペは、茶髪の歌姫を叩くフリをしてみせる。
「もうッ!」
……これ、ルフス神学校の子たちも観てるのよね。
アミエーラは、遠い目になりそうなのを堪えて笑顔を繕った。
リーダーのアルキオーネがパンと手を打って場を仕切り直す。
「あー、ハイハイ。そんなコトより、今年は新しいコト始めたの」
アミエーラは気を取り直し、台本通りに先を促した。
「新しいことって何? 刺繍は違うわよね?」
「無理無理。刺繍は無理」
タイゲタが苦笑する。
「じゃあ、何?」
「今年はボイスパーカッションに挑戦するの」
アルキオーネが、黒い瞳に挑戦的な光を宿して視聴者に宣言した。
アミエーラは、確認を兼ねて視聴者に情報提供する。
「それって、色んな楽器の音を声でするアレよね?」
「そうそう。それ」
アステローペが大きく頷くと、豊満な胸がたぷたぷ揺れた。
タイゲタが、眼鏡の奥の瞳にいたずらっぽい笑みを含ませる。
「実は去年から練習してて、今から初めてお披露目しちゃいます!」
「さっきのコンサートでしなかったの?」
アミエーラが驚いてみせる。
「神殿のコンサートだもん」
「聖歌隊とか他の皆さんも一緒だったから」
「私たち、バックコーラスメインだったの」
「ソロパートもあったけどね」
四人は口々に言い、アミエーラを挟んで「ねーっ」と頷き合った。
アミエーラが困った顔で、観られなかった理由を述べる。
「アミトスチグマの神殿は生配信なかったのよね」
タイゲタが、質問で視聴者向けの情報を引き出す。
「他所の国はあったの?」
「うん。今年はラキュス・ラクリマリス王国にある全部の神殿と教会で新年コンサートがあって、設備があるとこはみんな公式で生配信してたの」
アステローペが無邪気に聞く。
「全部観たの?」
「まっさかぁ! 無理無理、全部は無理よ。三十分以上ある長い曲だし」
アミエーラは笑って顔の前で片手を振った。
エレクトラが聞く。
「どこのコンサート観たの?」
「知合いが出てるとこ」
「何の曲?」
「神々の祝日の為の聖歌メドレー」
「それってどんな曲?」
聞き役のエレクトラが次々と質問を繰り出す。
「フラクシヌス教とキルクルス教の聖歌を全部繋げたメドレーよ」
「そりゃ長くなるわ」
「すっごいわねぇ!」
アルキオーネとアステローペが同時に感心した。
タイゲタが上目遣いに聞く。
「アミエーラちゃんは両方の信仰を知ってるけど、全部歌えたりする?」
「歌えるわよ」
アミエーラは即答した。
エレクトラが勢いよく片手を挙げる。
「はい! 新年の抱負!」
「はい! 何でしょう?」
アミエーラも同じ調子で聞いた。
平和の花束が声を揃えて視聴者に宣言する。
「今年は、ボイスパーカッションをマスターします!」
「応援するわ! 視聴者の皆さんも応援よろしくね!」
アミエーラがカメラに顔を向けて課金を促す。
アルキオーネが力強く言った。
「初めては、神々の祝日の為の聖歌メドレー、歌っちゃいます」
「伴奏は私たちがボイパでするからね」
タイゲタが自分を指差して請け合う。
エレクトラがアミエーラの肩をポンと叩いた。
「歌はアミエーラちゃん、よろしく!」
「みんなも交代で歌って欲しいなーなんて」
アミエーラは、自信なさそうな表情を作ってみせた。
アステローペが渋々と言った風を装って言う。
「もうー……しょうがないなぁ……ま、一肌脱ぎますか!」
「じゃ、アミエーラと平和の花束で、神々の祝日の為の聖歌メドレーです!」
アミエーラの言葉の後、一呼吸置いて、四人がボイスパーカッションで前奏を再現し始めた。
☆前にこれ系の服は太って見える……「515.アイドルたち」参照
☆難民キャンプの支援を通じて開発した「希望のベルト」……「2939.出世した仲間」参照




