3688.破談を目指す
ファーキルが手にするタブレット端末から、ローク・ディアファネス大司教の声が流れる。
「既にご承知の通り、フラクシヌス教は水を必要とするこの世のすべての生き物を仲間と看做します。彼らにとって、信仰の違いなど、些末事に過ぎません」
フラクシヌス教徒の五人が、ハッとしてファーキルの手許に注目した。
「こちらから歩み寄れば、この国の民として共に暮らせることが、日々の暮らしで実感できていることと思います」
「ファーキルさんにとって、私との出会いも、実のご両親の仲も最悪だったかもしれませんけど、折角繋がった水の縁ですし、もう少し歩み寄ってお互いを知ってみませんか?」
キルカエウム・コンセンティオが、ロークの言葉を引用して食い下がる。
ファーキルは、向かいに座る同年代の女性にげんなりした。
……えぇ……? こんだけ言われて、まだ諦めないの?
キルカエウムは、ファーキルを真正面から見詰めて続ける。
「ファーキルさんは、普通に幸せな結婚生活を知らないって言いましたけど、これから知っていけばいいと思うんですよ」
「他を当たった方が効率いいですよ」
「就職活動と同じ気持ちならそうかもしれませんけど」
「お見合いって大抵は家同士の繋がりを重視するもので、特に貴族とかは、本人たちの意思を無視して、業務の一環として利益の為に政略結婚しますよね」
「私たちは平民ですよ」
キルカエウムは即座に言い返した。
ローク大司教に続いて、ラキュス・ラクリマリス王国のキルクルス教徒が祈りの詞を唱和する。それで、クレーヴェル教会の新年コンサートはお開きらしい。タブレット端末が静かになった。
アミトスチグマ王国の夏の都で見合いの席を囲む六人は、誰一人として新年を寿ぐ雛菊のケーキに手をつけない。高級喫茶店の個室で、上等の紅茶がどんどん冷めて渋くなる。
「あなたはどうして俺にこだわるんですか? 俺は仕事中心の生活だから、結婚したって完全放置です。子供は望めませんし、無駄に歳取るだけですよ?」
ぐいぐい来られたファーキルは、外堀を埋められることに恐怖を覚えた。
なりふり構わず、断り文句として最悪の部類の言葉を並べる。これで、夏の都北神殿の信徒会で養父母の立場が悪くなっても、知ったことではないと開き直った。
「実の親御さんのせいで普通の幸せを諦めるとか、そんなのよくないですよ」
「同情なんかで結婚するとか、そんなのよくないですよ」
ファーキルは、キルカエウムの言葉尻を捕えて言い返した。
……国同士の不和も、きっかけは案外こんなものなのかもしれないな。
つい、余計なことまで考えてしまう。
手許の画面に視線を落とすと、おススメ生配信によく知る呼称が表示された。
普段のファーキルならこんな失礼なことはしない。だが、今日は何が何でも縁談をぶち壊そうと、生配信を開いた。
「あけましておめでとうございます。神殿や教会の新年コンサートの生配信、聞き逃しちゃったリスナーさんに朗報です」
アミトスチグマ王国のエポス芸能事務所が管理し、アミエーラが歌手として配信する公式チャンネルだ。
晴れ着姿のアミエーラが、明るい声で視聴者に語り掛ける。
「今日の生配信は、特別ゲストをお迎えして、みんなで“神々の祝日の為の聖歌メドレー”を歌います」
「あけまして! おっめでとぉおぉー!」
アミエーラの背後で立ち上がったのは、アイドルユニット平和の花束の四人だ。元気いっぱい手を振って、画面越しに笑顔を振り撒いた。
養父のラストーク氏が顔を引き攣らせる。
「うん……ファーキル君、今は電源、切っとこうか」
「この五人も、さっき言った平和を目指す活動で知り合った音楽家の一部です」
「でも、今は関係ないわよね?」
養母のラストーク夫人も難しい顔になる。
ファーキルは構わず説明した。
「手前のアミエーラさんは、ネモラリス共和国にあったキルクルス教徒の自治区出身です。でも、魔力があるのがわかって、星の標に殺されないように脱出して、遠縁の親戚を頼って旅する途中で俺と知り合いました」
生配信では、歌手の五人が前振りの正月ネタで場を盛り上げる。
キルカエウムがファーキルの手許に目を凝らした。
「この人も、キルクルス教徒なんですか?」
「でも、魔力があるのよね?」
キルカエウムの母コンセンティオ夫人が眉根を寄せる。
「王都ラクリマリスで無事に親戚と出会ってからは、平和を目指す活動で歌って難民キャンプの支援もして、魔法の勉強もして、戦後、プロの歌手になりました」
「苦労人……なんだな」
コンセンティオ氏が言葉少なに感想を漏らす。
「平和の花束の四人はアーテル人でしたが、星の標の異端信仰に支配された祖国に疑問を抱いて、このアミトスチグマに亡命しました。戦時中は、アーテル人への平和の呼掛けだけでなく、難民支援活動も続けて、歌と行動で平和を導く力のひとつになっていました」
「このコたちが、ねぇ……?」
コンセンティオ夫人が何とも言えない顔になる。
今のノリの軽い掛け合いからは、想像もつかないのだろう。
ファーキルは、ラストーク夫妻がどこまで自分の情報を知った上で養子縁組したか知らない。ひとつ深呼吸して告げた。
「俺も、元アーテル人です」
「えッ……?」
キルカエウムが掠れ声を漏らし、ファーキルを見詰めて固まる。
両親の顔を見られず、正面の見合い相手を見詰め返して続けた。
「俺の実の親は、星の標のテロに多額の資金援助をしていました」
高級喫茶店の個室に前奏だけが流れる。
「アーテル共和国も、星の標に与する両親も、何もかもイヤになってネモラリスに密入国して、親切なネモラリス人と一緒に旅して、色々な属性や立場の人たちと出会って、別れて、それから、アミトスチグマに根を下ろして、平和を目指す活動に参加していました」
コンセンティオ家の三人は頷きながら、ファーキルの身の上話に耳を傾ける。
「その流れで今の仕事に就いたんで、俺は残りの人生も、ラキュス湖周辺地域の平和を経済安全保障の方面から支える為に使いたい……それが俺の願いで、この願いが叶うなら、結婚せずに死んでも幸せです」
こんな生き方に共感する物好きなど居ないだろう。
ファーキルは五人の反応を待たず、個室を後にした。




