3687.マズい出会い
「失礼致します」
高級喫茶店の個室に給仕が二人訪れた。
一人がワゴンを押す。
もう一人はテーブルの傍らに立ち、【操水】で紅茶を淹れた。
新年コンサート生配信のコメント欄は、概ね好意的だ。
クレーヴェル教会公式チャンネルの管理者ローク・ディアファネス大司教が、全世界のキルクルス教社会で人気だからか、共通語のコメントも多い。
ファーキルは、タブレット端末から顔を上げた。
テーブルを囲む面々が、給仕の手許に注目する。
ワゴンを押して来た給仕がナイフを手に取った。
湖の女神パニセア・ユニ・フローラを象徴する青雛菊は、フラクシヌス教の聖花として、様々な祝いの場で親しまれる。
雛菊を象るケーキは、花弁こそ青ではないが、中心は黄色く染められ、一年の始まりを寿ぐに相応しい華やかな逸品だ。
刃が何の抵抗もなく、すっと生地に入った。断面が全く崩れない。給仕は取り皿に一切れずつ移し、生クリームを添えて配った。
「雛菊のケーキでございます」
「まぁ可愛い。有難うございます」
ファーキルの向かいに座った同年代の女性は、顔を綻ばせて給仕に礼を言った。大地の色の髪では青雛菊の髪飾りが咲く。
タブレット端末が、ファーキルの手の中で新年コンサートの生配信を流し、神々の祝日の為の聖歌メドレーが個室に響き渡る。
若い女性の両脇を固める年配の男女は、給仕たちが出てゆくのを待ってカップを手に取った。
年配の男性が紅茶で口を湿し、掌で若い女性を示す。
「改めてご紹介致します。こちらは私たちの末っ子キルカエウムです」
「ラストークご夫妻と息子さん、初めまして」
「私たちもこの子も、常命人種なんですの」
キルカエウムの母親がファーキルを見詰めて言った。
「家族でこの子だけ力なき民で、そのせいか縁遠くて……上の娘たちは二十歳そこそこで嫁いだのですが」
父親の一言で、キルカエウムはケーキに向けた笑みを消した。
ファーキルの養父ラストーク氏が、ぎこちない微笑で応じる。
「ご承知の通り、私たち夫婦は長命人種で、実子と孫は既に老衰で亡くなりました。こちらのファーキルは、力なき民の養子ですが、【魔力の水晶】で様々な術を使いこなしています」
「コンセンティオご夫妻とは、夏の都北神殿信徒会で時々ご一緒してるのよ」
養母がファーキルに見合い相手の素性を説明した。
流石に無視するワケにゆかず、渋々営業スマイルで自己紹介した。
「初めまして。ファーキル・ラストークです。例年、年始にも仕事があるのですが、今年は両親に誘われて新年のお祈りに出てきました」
「ファーキルさんはお忙しくていらっしゃるのね。どんなお仕事をなさってるんです?」
コンセンティオ夫人が、さらりと年収に探りを入れる。
ファーキルには、見合いを受ける気がないので躱した。
「情報収集です。財界の要人や国家元首などの年頭挨拶は、一年の経済や政治を予測する重要な情報源ですので、元日は却って忙しいのですよ」
「まぁ……本日はお忙しいところ、わざわざ有難うございます」
コンセンティオ夫人は、全く動じることなく笑顔で流す。
むくれた娘に代わって、父のコンセンティオ氏が話題を変えた。
「……こちら、素敵な曲ですね。何と言う曲ですか?」
「曲名は、神々の祝日の為の聖歌メドレーです。ラキュス・ラクリマリス王国の旧王国時代、民族融和を願い、フラクシヌス教の神々を讃える曲とキルクルス教の聖歌を編曲して接続したものです」
「ファーキルさんは音楽にお詳しいのですね」
コンセンティオ夫人が感じ入ってみせる。
ファーキルは正直に答えた。
「詳しくありませんよ。平和を目指す活動で大勢の音楽家と知り合って、彼らから、この曲について教わっただけです」
今は亡き竪琴奏者のラクエウス議員、今も活動を続けるピアノ奏者スニェーグ、ギター奏者でもあるプンツォーヴィ外務次官、声楽家のニプトラ・ネウマエ、オラトリックス、イムベル、ギームン神官、アイドルユニット平和の花束の四人など、彼らの顔と声、奏でる楽器の音色が鮮やかに蘇る。
移動放送局プラエテルミッサの一行は素人ながら、ラジオの公開生放送で毎回のように「すべて ひとしい ひとつの花」をはじめとする平和を願う曲を歌った。
コンセンティオ氏が深掘りする。
「難民キャンプの支援だけでなく、音楽活動にも携わっておられたのですね?」
「俺自身は楽器とか全然ダメで、SNSでの拡散を手伝っただけですよ」
……何でこんなぐいぐい来んの? 顔合わせだけじゃなかったのか?
ファーキルは養母に顔を向けたが、微笑むだけで何も言ってくれない。
常命人種の二十代半ばは、結婚して子を持つには、丁度いい頃合いだ。
特に女性は、年齢が上がれば上がる程、出産時の危険が増大してゆく。
親世代四人が結託して、家族で唯一人魔力を持たないせいで婚期を逃しそうなキルカエウムと、仕事に明け暮れて浮いた話のひとつもないファーキルをまとめるつもりかもしれない。
……断り方、しくじったら角が立つよなぁ。
コンセンティオ夫妻は養父母の知合いなので、断り方に気を遣う。
ファーキルはこんな経験がなく、周囲でこれに絡む話を耳にしたこともなく、見合いの断り文句の抽斗がなかった。
神々の祝日の為の聖歌メドレーをBGMにお見合いが進む。
ファーキルの養母も質問を繰り出した。
「キルカエウムさんは、どんな音楽がお好きかしら?」
「え、まぁ……普通に流行ってるのとか聴きますけど」
「そう。今はどんなのを聴いてるの?」
キルカエウムは、ファーキルの知らない歌手の名をつらつら並べた。
養父がファーキルに話を振る。
「知ってるか?」
「全然知らない」
ファーキルは素気なく答えたが、養母たちはめげた様子がない。
神々の祝日の為の聖歌メドレーが終わり、見合いの席にキルクルス教徒の拍手が響いた。
親世代の四人が、表情を緩めてファーキルに注目する。生配信が終わったと思ったのだろう。
「善良なる信徒の皆様、あけましておめでとうございます」
ファーキルの手にある端末から、ロークの声が聞こえた。
フラクシヌス教の聖職者は信徒にこんな呼掛けはしない。
コンセンティオ家の三人が微妙な顔になる。
ファーキルはユアキャストの生配信画面を閉じなかった。
「本日、知の灯が聖なる星の道を照らし、また新たな一年が始まりました。先程お聴きいただいた曲は、旧王国時代に制定された神々の祝日を寿ぐ接続曲で、演奏はカエシアス学園吹奏楽部、聖歌はクレーヴェル教会聖歌隊でお送りしました」
ローク大司教の決定的な一言で、向かいに座る三人の表情が凍る。
コンセンティオ氏が咳払いした。
「ファーキル君、そろそろ電源を切ってくれないかな?」
「俺には一言の相談もなく、お参りが終わっていきなりここに連れて来られたんですが、そちらのお嬢さんは、最初からお見合いのつもりで……自分の意思で来られたんですか?」
「え……えぇ……だから、いつものお正月よりお洒落しましたけど?」
キルカエウムは、ぎこちなく頷いた。
「綺麗だとは思いますが、騙し討ち同然で連れて来られた俺の中では、残念ながら第一印象がよろしくありません。もっと別の出会い方だったら違ったかもしれませんけど」
「でも、伝えてたら来なかったのよね?」
養母のラストーク夫人が不満を口にする。
「そりゃ言われたら逃げますよ。結婚するつもりないんで」
「どうして? 常命人種なんだから、もう時間ないのよ?」
「実の両親がダメな感じの夫婦だったんで、結婚自体にいい印象がないんです。不幸な結婚なら色々想定できますけど、普通に幸せな家庭とか全く想像もつかなくて……あなたの時間を無駄にしてすみません」
ファーキルは、着飾ったキルカエウム・コンセンティオに向き直って、深々と頭を下げた。




