3686.喫茶店で聴く
ファーキルは新年の祈りを済ませ、養父母の案内で港から程近い喫茶店に通された。落ち着いた調度の並ぶ高級店だ。
社用で出掛けても行動範囲が限られるせいで、夏の都の土地勘には偏りがある。この店は、存在自体知らなかった。
「予約していたラストークですが」
「三名様ですね。こちらへどうぞ」
お仕着せ姿の店員が上品な所作で案内する。
……予約?
ファーキルは驚いて養父を見たが、ラストーク氏はその視線から逃げた。
案内されたのは個室だ。既に若い女性を挟んで年配の男女が座る。続いて給仕が入室し、六人分のお冷や並べた。
「ご注文の品は、すぐにお持ち致します」
店員二人は、揃って優雅な所作で一礼すると、扉を閉めて退室した。
「えーっと……あの……?」
ファーキルは、どう質問すればいいか考えあぐね、言葉が続かないまま養父母を見た。養母が言い訳がましく言葉を並べる。
「仕事仕事で浮いた話のひとつもないから、ちょっと心配になってね」
「えッ……? これって、まさか、お見合い……とか?」
ファーキルは肝を潰した。
養母が慌てて言い繕う。
「違うの! 正式なものじゃないの。今日は単に顔合わせだけだから」
「いや、あの……聞いてないよ?」
「先に言ったら照れて仕事を言い訳にして逃げるでしょ」
ラストーク夫妻と一緒に暮らしたことなどないのに性格を把握され、ファーキルはぐうの音も出なかった。
向かいに座る夫婦らしき二人は狼狽した様子だが、ファーキルと同年代の女性は背筋を伸ばし、彫像のように表情を変えない。
……あッ! もう時間だ。
「え、えっと、取敢えず一緒に新年コンサート聴きませんか?」
ファーキルは晴れ着のポケットからタブレット端末を出しながら、若い女性の正面に腰を下ろした。養父母が安堵の笑みを浮かべ、ファーキルを挟んで座る。
若い女性は、自己紹介より先に質問した。
「誰のコンサートですか?」
「ラキュス・ラクリマリス王国の神殿や教会全部で一斉にするんで、大勢です」
ファーキルはあまりにも普通に聞かれたので、女性社員への事務連絡と同じ調子で答えた。
若い女性が茶色い目を驚きに見開いて聞く。
「全然知りませんでした。毎年開催されてるんですか?」
「いえ。今年は神々の祝日が復活する関係で、特別です」
「全然知りませんでした。外国の事情に詳しいんですね」
「まぁ……仕事の都合で色々と情報が入って来るんです」
ファーキルは端末を操作しながら、向かいの女性に答えた。
コンサートの始まりを告げる鐘がひとつ鳴る。
ギリギリで間に合い、ホッとして端末を卓の中央に置いた。
「あれっ……? 神殿じゃないんですね?」
「クレーヴェル教会です。知合いが大司教としてお勤めしています」
「外国のキルクルス教徒とお知合いなんですか?」
若い女性は微妙にイヤそうな顔だ。
クレーヴェル教会に常駐するローク・ディアファネス大司教は、キルクルス教団ネモラリス教区を預かり、ラキュス・ラクリマリス王国全体のキルクルス教徒を導く立場にある。
同志ロークは隠れ信徒の家庭に産まれた。
戦時中、情報収集の一環としてアーテル共和国のルフス神学校に留学したが、彼自身はキルクルス教の信仰心を欠片も持ち合わせていない。
ラキュス湖周辺地域に平和を取り戻す為に信徒のフリを続け、全世界のキルクルス教社会の最高学府であるバンクシア共和国の精光ルテウス大学にまで合格してみせた。
そうして毛嫌いする聖職者の立場を手に入れ、ロークは平和の維持に人生を捧げているのだ。
ファーキルは、胸の奥に汚い爪を立てられたような心地になった。
「俺は魔哮砲戦争の間、武力に依らず平和を目指す活動に参加していました」
「そんな活動があったんですね。私、当時はまだ中学生だったので知りませんでした。どんなコトなさってたんですか?」
アミトスチグマ人の彼女が、本当に無関心だったのか、情報を引き出す為に無知を装うのか、ファーキルは測り兼ねた。
「俺は夏の都と大森林の安全な場所で難民支援しただけですが、彼は平和の為にアーテル領へ渡って命懸けで活動した人です。彼が居なければ、ネモラリスとアーテルの和平は実現しなかったでしょう」
「まぁ……」
若い女性は掌で口許を覆って驚いてみせたが、あまり関心なさそうな顔だ。
ファーキルは端末を自分の手許に引き寄せた。
ヴァイオリンがゆったりと前奏を紡ぎ、それに続く管楽器が主旋律を歌う。
打楽器の力強い響きが加わると、主旋律が調子を変えた。チューバやコントラバスの重厚な音色が低音で全体を支え、オーボエ、クラリネット、トランペットの高らかな主旋律が、空を目指して神の岩山スツラーシを駆け上がる。
高級喫茶店の個室を「神々の祝日の為の聖歌メドレー」の音色が満たした。
ファーキルが事前に得た情報によると、職業音楽家はクレーヴェル教会聖歌隊の中でもほんの数人だけだ。大半は、私立カエシアス学園の高等部と中等部の吹奏楽部だが、到底、素人主体とは思えない。一糸乱れず旋律を紡ぎ、壮大な曲を編み上げる腕前は、見事の一言に尽きる。
向かいの夫婦らしき男女は、ファーキルが端末を操作した直後はイヤな顔をしたが、演奏が始まると、程なく心奪われた様子で聴き入った。
ネモラリス王国がキルクルス教の信仰を認めた時も、ネモラリス王国とラクリマリス王国が再統合して、国号をラキュス・ラクリマリス王国に戻した時も、神々の祝日に関して特に動きはなかった。
今年になって急に神々の祝日を復活させた理由は何か。
ラキュス・ラクリマリス王国政府は昨年、単に祝日法を改正しただけだ。政府広報にも報道にも、理由に関する情報はなかった。
……これって、もしかして、今年中にアーテルも再統合するってコト?
国家再統合すれば、ファーキルの生国は吸収合併され、「アーテル共和国」の国号が消える。そのことには何の感慨もないが、再統合への大きな動きを察知した反対派がどう出るか気懸りだ。
アーテルのミェーフ大統領は、既に何度も暗殺未遂に遭い、クラウストラたちの働きで辛くも命を繋いできた。
大統領は、アーテル人孤児の件で激怒。記者会見では、バルバツム連邦に真っ向から不快感を表明した。
今後は星の標など、国家再統合に反対するテロリストだけでなく、バルバツム連邦軍や連邦の諜報機関などからも狙われる惧れがある。
それに関連して、今年からは、フラクシヌス教団が救援物資の輸送を担うことが決定した。
キルクルス教団は昨年十二月半ばから、東隣のラニスタ共和国に救援物資を集積させる手配を進める。
バルバツム連邦は憲法で信教の自由を謳うが、実質的にキルクルス教国だ。国際社会では、強大な軍事力と経済力を背景に影響力を持つ。
だが、連邦軍による幼い子供への重大な人権侵害、キルクルス教徒の孤児に魔法を教え込んで紛争地域に送り込み、そのアーテル人の子供兵を衛生兵として運用した件は、教団として庇い切れなかったらしい。
下手に庇い立てすれば、バルバツム連邦内の聖典読書会派からも反発を招き、教団の看板に幾重にも泥を塗ることになる。
一方、アーテル軍の基地内に設けられたバルバツム連邦軍の駐屯地には、多数の救援物資が残留する。
魔獣が物流の妨げになり、一度に全部を配送できないからだ。トラックが襲われた場合に備え、食料品などは余分に届けられる。
バルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊は、これを配送することを口実にまだアーテル領から引き揚げない。
ファーキルは、お見合いそっちのけで端末を手に取り、生配信のコメント欄を目で追った。




