3684.礼拝を生配信
印暦二二〇二年一月一日。
クレーヴェル教会の礼拝堂に「神々の祝日の為のメドレー」が響き渡る。
ローク・ディアファネス大司教は、特別な感慨を胸に旋律に耳を傾けた。
魔哮砲戦争の最中、武力に依らず平和を目指す仲間たちが、「ラキュス・ラクリマリス王国時代には、確かに民族融和が存在した」と伝える為、慈善コンサートなどで奏で続けた曲だ。
動画共有サイト「ユアキャスト」には現在も、ピアノ奏者スニェーグやリャビーナ市民楽団などの演奏動画が残る。
主神フラクシヌス、湖の女神パニセア・ユニ・フローラ、岩山の神スツラーシ、記録の神プートニク、誓いの女神クリャートウァなど、フラクシヌス教の神々を讃える聖歌にキルクルス教の聖歌が続く。
複数の曲が、切れ目も違和感もなく繋ぎ合わされ、ひとつの楽曲を成す。
敬虔なキルクルス教徒が新年の礼拝に訪れ、ラキュス・ラクリマリス王国のネモラリス島南部に位置する百万都市クレーヴェル最大の礼拝堂を埋める。
彼らの大半は、半世紀の内乱終結後から魔哮砲戦争の終戦まで、フラクシヌス教徒の中に潜伏した隠れキルクルス教徒だった。
現在は、堂々と信仰を明かして教会に通い、いつでも礼拝できる。
元隠れ信徒がフラクシヌス教の聖歌を知らぬ筈はないが、異教の聖歌がキルクルス教の礼拝堂で奏でられても顔色ひとつ変えず、大人しく耳を傾けた。
会衆席の通路後方には、三脚で固定した動画撮影用カメラが設置され、礼拝の様子を生配信する。
今回は、大聖堂の公式チャンネルではなく、クレーヴェル教会個別の公式チャンネルだ。
大聖堂の許可を得て、昨秋、運営し始めたばかりの新しいアカウントだが、ロークの世界的な人気のお陰で、登録者数は既にラキュス・ラクリマリス王国の人口を越えた。
奏でるのは、クレーヴェル教会の聖歌隊と、レーチカ市にある私立カエシアス学園の高等部と中等部の吹奏楽部だ。この日の為に厳しい練習を重ねた彼らは、晴れ舞台の本番で誇らしげに務める。
カエシアス学園のスーベル理事長は、国際テロ組織星の標レーチカ支部長だが、戦後、テロと外患誘致の罪で処刑された。
現在は、大聖堂から派遣された司祭たちが、監視を兼ねてキルクルス教神学を教え、星の標の異端信仰を排除する。ラキュス・ラクリマリス王国内では珍しい高度な神学教育を受けられる教育機関だ。
かつてキルクルス教徒の自治区だったリストヴァー市以外では、唯一のキルクルス教徒向けの教育機関で、多くの信徒が、我が子の入学を希望する。
三十分余りの曲が終わり、金管楽器の余韻が、礼拝堂の高い天井に吸い込まれて消えた。一呼吸置いて、信徒たちの割れんばかりの拍手が礼拝堂に谺する。
ローク大司教は壁際の椅子を立ち、説教壇に上がった。
会衆席の最前列と二列目は、カエシアス学園吹奏楽部の選抜奏者。説教壇の右手には、異教の聖歌をも高らかに歌い上げたクレーヴェル教会聖歌隊が並ぶ。
「善良なる信徒の皆様、あけましておめでとうございます」
ローク大司教が会衆席に向かって新年の挨拶をする。
礼拝堂に詰め掛けた信徒たちは、声を揃えて応じた。
ローク大司教は、聖職者用の分厚い聖典に手を置いて、新年の説教を始めた。
「本日、知の灯が聖なる星の道を照らし、また新たな一年が始まりました。先程お聴きいただいた曲は、旧王国時代に制定された神々の祝日を寿ぐ接続曲で、演奏はカエシアス学園吹奏楽部、聖歌はクレーヴェル教会聖歌隊でお送りしました」
ローク大司教の言葉を受け、会衆席から再び拍手が起こった。
拍手が鎮まるのを待って、新年の説教を続ける。
「旧王国時代、アルトン・ガザ大陸からこの地に聖者キルクルスの教えが伝わりました。当時の政府もフラクシヌス教の神政でしたが、新たな信仰を受容れ、最初の教会がルフスに建立されました。旧王国時代の政府は、民族融和を図る為に神々の祝日を制定。互いの信仰を知り、相互理解を図る目的で、神々の祝日の為の聖歌メドレーの演奏を奨励しました」
会衆席の三列目は貴賓席だ。
信徒会の会長と役員、クレーヴェル市内で代表取締役を務める富裕な信徒らが顔を揃える。彼らはローク大司教の説教をいかにも感じ入った表情で聞き、時折頷いてみせた。
「その後、ふたつの王家は、無血革命によって新政府に世俗の権力を移譲し、民衆自身が国を統治する民主主義の時代に入りました。そして、ラキュス・ラクリマリス共和国政府は、政教分離政策を採用した為、神々の祝日が廃止され、この曲は長らく演奏されなくなりました」
ロークは会衆席の後方に視線を向けて続ける。
「今年、再び神々の祝日が制定されました。これから毎年六月二十日が休日になります。この日は、神々の祝日の為のメドレーを奏で、同じ国に住まう人々の異なる信仰に思いを馳せることを目的とする祝日です。既に多くの音楽イベントが予定されておりますので、学びの為に足を運ぶことをお勧めします」
若い信徒たちの顔が綻ぶ。
「我々、半世紀の内乱終結後に産まれた世代は勿論、半世紀の内乱時代に産まれたご年配の方々も、信仰や魔力の有無に拘わらず、常命人種は誰一人として、旧王国時代の神々の祝日を知りません。長命人種の魔法使いでも、共和政時代以降産まれの方々は知りません。しかし、二百年以上生きた旧王国時代産まれの長命人種の方々にとっては、異なる信仰を持つ民が、平和に共存した古き良き時代の思い出の詰まった祝日なのです」
会衆席を埋める信徒たちが、目から鱗が落ちたような顔になる。
「私を含め、今年、初めて神々の祝日を迎える若い世代も、懐かしい思い出を抱く世代も、共に六月二十日を祝い、手を取り合ってこれからも平和な日々を守ってゆきましょう」
……どうせ星の標の残党とかが何かやらかすんだろうけど。
真っ先に狙われるのは、このクレーヴェル教会だろう。
先鋭的な星の標からは「異教徒に迎合した」と看做され、既に敵認定された。また、別の異端者にも同じ理由で攻撃された実績がある。
クレーヴェル教会は王国政府と密に連絡を取り、昨年から警備計画を立案。今年は、当日に向けた訓練を複数回実施する。
狙われる理由は、キルクルス教徒が弱者だからでもある。
フラクシヌス教の神殿は神官戦士団を擁する。魔獣から非戦闘員を守る為だが、彼らの武力は半世紀の内乱時代、星の標の迎撃にも使われた。
熟練の魔法戦士に掛かれば、力なき民のテロリストなど、赤子の手を捻るようなものだ。自爆テロでも事前に察知できれば、テロリストを殺傷せずに捕縛できる。
「既にご承知の通り、フラクシヌス教は水を必要とするこの世のすべての生き物を仲間と看做します。彼らにとって、信仰の違いなど、些末事に過ぎません。こちらから歩み寄れば、この国の民として共に暮らせることが、日々の暮らしで実感できていることと思います。神々の祝日は、それを再確認する日なのです」
会衆席から疎らな拍手が聞こえ、すぐにそれが大きくなる。
「幸いへ至る道は遠くとも、日輪が明るく照らし、道を外れぬ者を厄より守る。道がひととき闇にあろうとも、月と星々の導きを見失わずば、夜明けに至る。半世紀の内乱と魔哮砲戦争は、互いの信仰に対する無理解に目を塞がれた暗い闇の時代でした。今は、新たな夜明けの時代なのです。この一年も、異なる信仰を抱く人々と手を取り合って、知の灯に照らされた道を歩んでゆきましょう」
「日月星、蒼穹巡り、虚ろなる闇の澱みも遍く照らす。
日月星、生けるもの皆、天仰ぎ、現世の理、汝を守る」
ロークがキルクルス教の聖句で説教を締め括ると、礼拝堂に集った信徒たちは、聖典に記された古い共通語で祈りの詞を唱和した。
☆神々の祝日の為のメドレー……「1907.祝日制定理由」参照
☆記録の神プートニク……「1338.記録の古代神」参照
☆誓いの女神クリャートウァ……「555.壊れない友情」「672.南の国の古語」参照
☆私立カエシアス学園……「696.情報を集める」→「2417.身辺調査実施」「2689.孤児らの状況」「3513.行動可能範囲」参照
☆別の異端者にも同じ理由で攻撃された実績……「3465.度を超す悪意」~「3467.想定し得る件」「3486.続報に接する」「3487.不幸の歯痒さ」参照




