3682.転売のせいで
「椿屋さん、さっき転売がどうとか言ってたけど、心当たりでもあんのかい?」
トポリ市最大の商店街を守る自警団の班長が、レノに聞いた。自警団の詰め所に居合わせた面々の視線が、椿屋の店長に集まる。
レノは気マズくなり、被害に遭った留学生三人組から視線を逸らして答えた。
「今年はそこのお惣菜屋さんに注意されてたんです。ウチの焼菓子類、何年も前からSNSで人気が出てるから、転売屋に気を付けるようにって」
「この人らを襲った強盗なんて椿屋さんのせいじゃないだろ」
「転売屋となんか関係あんの?」
若い自警団員たちが首を傾げる。
「転売されないように一人当たりの販売個数を絞って、カップケーキは予約券に偽造対策して引渡してたんですけど、簡単に買えなくなったから、買った人から盗もうとしたのかなって」
レノは言いながら項垂れた。握りしめた拳の中で爪が掌に食い込む。
「それは別に椿屋さんは悪くないって言うか、ちゃんと転売対策してて偉いまであるな」
自警団の班長に言われたが、レノは顔を上げられなかった。
会議机に並んで座る留学生は、三人とも甘い湯気を立てる鎮花茶を見詰めて動かない。運び屋フィアールカが、都市間の送迎契約を結んだ彼らに目を遣って言う。
「一体、幾らで転売するつもりでこんな荒っぽいことしたのかしらね」
自警団員の一人が、ポケットからタブレット端末を出してつついた。
「椿屋さん、新年用のクッキーって一袋幾らで売ったんだ?」
「中身空っぽの【魔力の水晶】一個で、現金は【水晶】の時価と同じにしましたけど」
「もう売りに出されてるぞ。定価の二十倍くらいで」
「は?」
みんなの驚きが揃い、数呼吸の間、自警団の詰所が静まり返った。
我に返ったレノが、一息で捲し立てる。
「いや、いやいやいや、あれは単なる紙袋で郵送や保存に耐えられないし、袋の口は折り曲げてシール貼っただけだから何か混入されるかもしれないし、今日が大晦日だから手渡しじゃないと明日に間に合わないって言うか二十倍?」
「転売屋に住所教えるのも、対面で受取るのも、何かヤだな」
「一回舐めたヤツを袋に戻して売りつける変態とかだったらヤベェな」
若い自警団員たちが呟き、救急箱を抱えた中年の女性団員が顔を引き攣らせた。
「空っぽの【水晶】二十個の為にこんなコトを?」
運び屋フィアールカが、殴られた痣や擦り傷の炎症で腫れ上がった留学生の顔を改めて見る。
「ちょっと染みるけど、辛抱してちょうだいね」
中年の女性団員が【操水】を唱えた。【無尽の瓶】から引き出した水で留学生たちを一人ずつ洗う。
鎮花茶を持って来た自警団員が、ステンレスのゴミ箱に【炉】を掛けた。一人洗い終える度に水の不純物を焼き捨て、煮沸消毒後、冷却して次の被害者を洗う。
留学生たちの様子は幾分かマシになったが、顔は先程より暗くなった。
……終戦直後じゃあるまいし、こんな酷いコト、何でだよ?
レノは南瓜を左腋に抱え、やり場のない憤りで拳を握りしめた。
自警団員が、慣れた手つきで留学生三人の傷を消毒する。
ノックと同時に制服姿の警察官が二人、自警団の詰め所に入って来た。
「自警団のみなさん、ご協力有難うございます。四人組の強盗ですが、全員逮捕できました。被害者の方々は被害届の提出をお願いします」
「えッ? もう捕まったんですか?」
黒髪の若い留学生が驚く。中年の留学生二人も、目を丸くして警察官を見た。
警察官の一人が何でもないことのように言う。
「物証がありましたからね」
「トポリ署で書類を書いて、それから、警察病院で手当てを受けて下さい」
「あのー……買物しておカネもうないんですけど、治療費とかって」
金髪の留学生が怯えた目で聞く。
警察官は、安心させる為の微笑を浮かべて答えた。
「公費で立替えて、後で強盗から徴収しますから、心配しなくていいですよ」
留学生たちに安堵が広がる。
「クッキー以外の荷物って返してもらえるのかしら?」
「あなたは……?」
警察官の一人が訝る。
「私は運び屋のフィアールカ。今日はこの人たちと送迎契約してて、門限までに帰らないと私が違約金を払わなきゃいけないんですけど」
「あぁ、荷物も回収しましたが、確認作業などがありますので、防壁の門が閉まるまでに終わるか微妙なところですね」
「えぇッ? 荷物は三人でひとまとめにしてましたけど?」
運び屋フィアールカが、警察官に不審の眼差しを向ける。
警察官が声を潜めた。
「実は、被害者は彼らだけではなくてですね、【無尽袋】に盗品が大量に入っていたので、彼らの荷物を特定するだけでもかなり時間が掛かると思います」
「え、えっと……かっ返してもらえるんですよね?」
茶髪の留学生が警察官に縋るような目で聞いた。
「えぇ。証拠品の目録作成が終わりましたら、必ずお返ししますが、お急ぎのものがあるんですか?」
「急ぎって言うか、俺たち【編む葦切】の職人養成学校の留学生なんです。課題用の魔道具素材とお土産とか買ってて、冬休みの課題できないの困るんですけど」
中年の留学生が涙目になる。
「あぁー……それは……でも、みなさんの治療とかもありますし、今日か明日中には何とかなると思いますけど」
「門限、過ぎるんですか?」
運び屋フィアールカが、困った顔の警察官に聞く。
「その辺は、警察病院の込み具合によりますね」
「事故や災害時の特約ってしてなかったんですか?」
もう一人の警察官が、緑髪の運び屋に聞く。
「特約はあるけど、事故の証明書が要るんですよ」
「では、署へご同行いただけますか?」
「彼らの送迎もありますから、勿論、一緒に行きますよ」
警察官、運び屋フィアールカ、強盗の被害者となった留学生三人がぞろぞろ出てゆく。
留まる理由がなくなったレノも、自警団員たちに一礼して詰め所を後にした。
空地に停めたワゴン車に戻る。
母とピナは問合せの対応中だ。
「追加販売はないのよ。ごめんなさいね」
「特別に作ってもらうのって無理かな?」
常連の若い女性客が食い下がる。
「特別に?」
「もうすぐ結婚するから、結婚式用に」
「とうとうあの人と一緒になるのね。おめでとう」
母が明るい顔で祝福すると、常連客は頬を染めた。
「式は来年の三月一日、南神殿なんだけど、椿屋さんのお菓子、引き出物として親戚と友達に配れたらいいなぁって」
「何人分くらい要るの?」
ピナがタブレット端末片手に聞く。
「両方合わせても四十人くらいだけど、忙しかったら無理しなくていいから」
……一回でも引受けたら、口コミで広がって収集つかなくなりそうだな。
結婚式の日取りによっては、病院や社員食堂の仕事と両立できなくなる。
レノは何食わぬ顔で話に割り込んだ。
「ただいま。迷子、自警団の詰め所で保護されてたよ」
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
「そりゃよかった」
母とピナが、助かったと言いたげな顔でレノを迎えた。
常連客もレノに明るい顔を向ける。
「店長さん、こんにちは。私、春に結婚することになったの」
「よかった! おめでとう!」
「それで、結婚式用のお菓子を作って欲しいんだけど、特注ってできそう?」
「うーん……難しいかな」
レノは少し考えるフリをして答えた。
常連客の顔が曇る。
「どうして?」
「パン屋の収入だけじゃ生活できなくて、他の仕事が頼りなんだよね」
「それで土曜日しかお店してないのね」
「うん。それに毎年、年末は他のを作るのやめて新年用に専念して頑張るんだけど、全然足りなくて、がっかりして帰るお客さん多いし」
「私も出遅れちゃって買えなかったし」
……祝い事を口実に転売屋が発注するかもしれないしなぁ。
レノは、常連客と話す内に暗い予想が浮かんでげんなりした。
「もし、結婚式のお菓子を作って、パンの販売を休んだら、他のお客さんに恨まれるかも」
「そ、そっか……それがあるのよね」
ピナが言うと、常連客は顔を強張らせて辺りを窺った。
レノは常々抱える思いを口にした。
「ワゴン車じゃなくて、ちゃんとしたお店を再建できたら、人を雇ったりとかして、もっとたくさん作れるようになると思うけど、今のあれじゃ難しいかな」
「無理言ってごめんなさいね」
常連客は申し訳なさそうに引き下がった。




