3681.迷子の留学生
トポリ市最大の商店街は、歳末の買出しに繰り出した買物客でごった返す。終戦直後は店が疎らだったが、今は空地の方が少なくなった。活気が溢れる様子はほんの数年前とは比較にもならない。
レノは、生魚が売切れて昼網を待つ魚屋に声を掛けた。
「大将、こんにちは。ちょっと人を捜してるんだけど」
「椿屋さんじゃないか、どうしたんだ?」
「私は運び屋です。今日は留学生さんの買出しの送迎なんだけど、待合わせ場所に居ないの。こんな三人組なんだけど、見掛けませんでした?」
運び屋フィアールカが、タブレット端末に留学生三人の写真を表示させた。
……迷子になった時の対策、ちゃんとしてるんだな。
レノは運び屋フィアールカの用意の良さに感心した。その上で念の為、土地勘のあるレノに協力を頼んだのだ。
魚屋の大将は少し考えて答えた。
「関係あるかわかんねぇけど……さっきそこの路地で、何人か揉めてたみたいだな。俺も店があるから野次馬してねぇし、詳しいこたぁ知らんがね」
「えッ? 全然気が付きませんでした」
レノはクッキーとカップケーキの客を捌くだけで手一杯で、商店街の騒動には全く気付かなかった。
「まぁ、空地からちょっと離れた路地だし、今日は人出が多いからな」
「そこの路地と言うのは、何屋さんと何屋さんの間ですか?」
運び屋フィアールカが食いつく。
「えー……声の感じ……五軒か六軒くらい離れたとこじゃないかな?」
魚屋の大将が、もどかしそうな顔を東に向けた。
レノと緑髪の運び屋も、魚屋の視線を辿る。
商店街の通路はいつもより人の密度が高い。着膨れた力なき民と軽装の力ある民が半々くらいで、フィアールカと同じ緑髪の湖の民は少なかった。
魚屋の店頭から目を凝らしても、騒ぎの中心がどこか見えなかっただろう。
二人は魚屋に礼を言って、丁度客が途切れた三軒隣の八百屋に声を掛けた。
「こんにちは。ちょっと人を捜してるんですけど」
「この人たちです」
八百屋のおかみさんは、緑髪の運び屋が差し出した手帳大の画面に目を向けた。
「えー……さぁ……? 椿屋さんの知合いかい?」
「いえ、留学生の人です」
「私が送迎契約してるんですけど、待合せ場所に居なくて捜してるんです」
「うーん……ウチでは買物してないと思うよ」
おかみさんが申し訳なさそうに言って、陳列台に追加の南瓜を並べる。
レノは質問を変えてみた。
「さっきこの近くで揉め事があったそうなんですけど」
「あぁ、何か、喧嘩があったみたいね。怖いから見に行ってないけど」
「どうなりました? 警察沙汰とか?」
「巡回してた自警団の人がどっか連れてったみたいよ」
「そうですか……あ、南瓜一個下さい」
「毎度ありっ」
レノは魔力切れの【魔力の水晶】で払い、子供の頭くらいの大きさの南瓜を一個抱えて歩き出した。
運び屋フィアールカも遅れずついて来る。
「どこ行くの?」
「自警団の詰め所です。巡回の人が何か知ってるかも」
「成程ね」
商店街の自警団の詰め所は、総菜屋の裏手にある。椿屋のワゴン車を停めた空地からは、徒歩十分くらいだ。
レノは、防護の呪文と呪印が彫刻された木製の扉を叩いて、返事を待たずに開けた。
「ごめん下さーい。迷子を捜してるんですけど」
「やぁ、椿屋さん。迷子って? 親戚の子?」
「あッ……!」
続いて入った運び屋フィアールカが小さく声を上げた。
会議机のパイプ椅子に並んで項垂れるのは、留学生の三人組だ。机に涙らしき小さな水溜まりが点々とある。
「どうしたの? 喫茶店に行かなかったの?」
三人はフィアールカの声で顔を上げたが、痣や擦り傷だらけで痛々しい。よく見ると、服も埃で汚れている。
レノは三人の酷い有様に息を呑んだ。
フィアールカが、写真を表示させた端末を自警団員に向ける。
「あ、この三人が捜していた迷子です」
「あなたは?」
年配の班長が、見慣れない湖の民の女性を警戒する。
「私は運び屋のフィアールカ。今日はこの留学生さんたちと買物の送迎契約をしています。待合せ場所に居なくて、メールを送っても返事がなかったので、地元の人に協力してもらって捜してたんです」
「ウチで新年用のクッキーを買ったのが最後っぽかったんで」
班長の視線を受け、地元民のレノは自分を指差して答えた。
「椿屋さん、店は?」
「売切れたんで閉店です」
「相変わらずスゲェな」
若い団員が口笛を吹いた。
レノは三人の痛々しい傷を見て班長に聞いた。
「えっと……傷の手当って……」
「今、救急箱取りに行かせたけど、正月休み明けまでみんな閉まってるだろ」
「でも、救急病院って程じゃねぇしなぁ」
班長が言うと、中年の自警団員が気の毒そうに言った。
留学生はアーテル人だが、三人とも力ある民なので服に【耐衝撃】はある。それでもこの怪我だ。力なき民なら骨折させられたかもしれない。
レノは小さく手を挙げて申し出た。
「消毒だけしてもらったら、【癒しの風】謳いますけど?」
「あの、でも、もうおカネ使っちゃって、ないんですけど」
真ん中に座った留学生がレノに怯えた目を向け、左右の二人が運び屋フィアールカの顔色を窺う。
フィアールカが一歩近付いて聞いた。
「何があったの? って言うか、買物の荷物は?」
レノは詰所内を見回した。彼らのものらしき荷物は何もない。
「あ、あのっ、新年のクッキー買って喫茶店に行く途中でいきなり腕掴まれて狭い道に引きずり込まれて、そ、それでッ」
黒髪の若者が声を詰まらせ、唇を引き結んだ。
左に座った茶髪の中年男性が続きを引き取る。
「テクトル君がクッキーの袋盗られそうになって、そいつらに抵抗したら俺も殴られて、クリバヌス君が加勢してくれたけど向こうの方が強くてこのザマですよ」
「あ……あぁ……転売狙い……?」
レノは顔から血の気が引くのを感じた。
中央に座った中年男性が、溜息混じりに状況を語って金髪の頭を抱えた。
「財布は盗られなかったけど、クッキーはいつの間にか落ちてて踏まれてぐちゃぐちゃで、買った物、袋ごと全部盗られて、もう……どうすりゃいいのか」
「犯人はどうなりました?」
運び屋フィアールカが自警団員四人を見回す。
奥の戸が開き、甘い芳香が流れ込んだ。鎮花茶だ。
お盆を持った年配の男性と、救急箱を抱えた中年女性が入って来る。
班長が運び屋の質問に答える。
「お巡りさん、クッキーの袋持って帰ってたし、すぐ捕まるよ」
「えぇ……?」
留学生三人が何とも言えない顔になる。
運び屋フィアールカがやさしい声で励ました。
「災難だったわね。でも、物証を確保できたなら、強盗なんて警察の【明かし水鏡】と【鵠しき燭台】ですぐ捕まるわよ」
「ごっ、強盗ッ?」
代表でクッキーを買った黒髪の若者が目を剥いた。
自警団の班長が苦笑する。
「おいおい……そんだけ怪我させられて荷物も全部盗られたのに何だと思ってたんだ?」
「えッ……?」
「ひったくり……かな?」
「強盗って……そんなオオゴトだったんですか?」
黒髪の若者テクトルが固まり、真ん中に座った金髪の男性が呟くと、クリバヌスと呼ばれた茶髪の中年男性が班長に聞き返した。
運び屋フィアールカが前半は留学生、後半は班長に顔を向けて言う。
「事件だし、警察病院で治療してもらった方がいいわね。……お巡りさん、何も言いませんでした?」
「取敢えずここで待って、後で警察が迎えに来るそうです」
「随分のんびりしてるんですね?」
「歳末の買出しで人出が多いし、あっちこっちで迷子だのイザコザだの俺たちも警察も大忙しですよ」
「お世話様です」
レノとフィアールカの労う声が揃った。




