3677.捨て身の報復
緑髪の魔獣駆除業者が、SNSに埋め込まれたユアキャストの再生ボタンに触れた。王都第二神殿の集会室に湖南語の音声が流れる。
「い、行き先……オッシフラガ先生の事務所なんだよな?」
「そうです。安らぎの光党の事務所でオッシフラガ先生に陳情して下さい」
中年男性のやや呂律の回らない声と、年配の男性のしっかりした声だ。
「ちんじょう……この荷物届けたら、痛み止めくれるんだよな?」
「はい。終わりましたら、前回と同じお薬を一箱お渡ししますので、頑張って先生とお話しして下さい」
「頭痛くて堪んないんだ。今すぐ痛み止めくれよ。あんたら、天球儀会がバルバツムの信徒にいっぱい送ってもらったって聞いて来たんだけど?」
「陳情が終わるまでにご用意しますから、それまで辛抱して下さい」
中年男性は懇願するが、応じる年配の声は取り付く島もない。
「あちこち痛過ぎて我慢できないんだって! 目が回ってやたらふらつくし荷物届けて話するどころじゃないんだ!」
「車でお送りしますから、気分が悪くなったらエチケット袋を使って下さいね」
痛みを訴える声が苛立ちを爆発させるが、応じる声は慣れた調子であしらった。
「ルフス東事務所って痛み止めないクセにガソリンあんのかよ?」
「お薬は後でお渡ししますから、頑張って下さい」
年配の男性が、中年男性の疑問に噛み合わない言葉を返す。
録音機器が扉を開閉する音を拾った。足音と衣擦れの音が続く。
先程の二人より若そうな男性の声が流れた。
「エチケット袋、これ使って下さいね」
「朝からずっと吐いてばっかりで、もう吐くものないんだけど」
体調不良を訴える中年男性の声が弱々しく応じた。
エチケット袋を示した若者の声はそれに答えず、録音機器が車のドアを開くような音を拾う。
再び、足音が始まった。
若者が一拍遅れて叫ぶ。
「ちょッ……待って! どこ行くんですかッ?」
体調不良の男性が走りだしたらしい。
足音が速度を上げ、何度も呼ばわる若者の声が遠ざかる。
扉が開く音と同時に体調不良の男性が叫んだ。
「どうせ死ぬんなら、お前ら星の標を道連れにしてやる!」
王都第二神殿の集会室に爆発音が轟き、間もなく静寂が訪れた。
誰もが蒼白な顔で端末を見詰め、言葉が出ない。
緑髪の魔獣駆除業者が我に返り、【操水】を唱えて鎮花茶を再加熱する。
薬効のある甘い香りが部屋いっぱいに広がり、アミエーラは震えが治まった。
落ち着きを取り戻した学生ボランティアが、端末を操作して言う。
「ユアキャストの方で見てみたんですけど、これ、生配信のアーカイブですね」
「オッシフラガ議員で検索したけど、別にニュースとかなってないな」
ボランティアの中年男性が、微妙な顔で言って自分の端末から顔を上げた。
魔獣駆除業者が溜息混じりに推測を述べる。
「天球儀会が鎮痛剤でヤク中を釣って、爆弾テロの実行犯にしようとしたけど、このヤク中も例のアカウントの仲間で、復讐された感じだな」
「音声は多分、この人がポケットかどこかに端末隠してて、天球儀会の事務所に入ったとこから生配信を始めたんでしょうね」
学生ボランティアが頷いて言う。
「音声だけでは、この生配信の場所が本当に天球儀会のルフス東事務所かわかりませんし、オッシフラガ議員の事務所に荷物を届けて陳情するだけにしか聞こえませんから、天球儀会が彼を自爆テロの捨て駒にしようとした証拠としては弱い感じですね」
理知的な雰囲気の中年女性が、眼鏡を外して眉間を揉みながら指摘する。
アミエーラは、背筋に冷や水を浴びせられた心地になった。
「ニュース検索したら、天球儀会ルフス東事務所も爆発の現場になってました」
別の学生ボランティアが自分の端末をみんなに向ける。
アミエーラは鞄に手を入れた。端末を人差し指と親指だけで摘まんで出し、会議机に置いてつつく。本体を握らなければ、指が硬直して離れなくなる心配はないだろう。
震える指で「オッシフラガ議員」を検索する。
公式SNSを開いてプロフィールに目を通した。
オッシフラガ議員は、アーテル共和国の国会議員で、安らぎの光党に所属する。魔哮砲戦争前までは作曲家だったが、終戦の二年前から政治活動に身を投じ、音楽活動は休止中だ。
直近の投稿が「明日は王都ラクリマリスで第四回国家再統合会議が開かれます。ミェーフ大統領が半歩でも一歩でも、再統合に近付けますようにルフスから応援しています」なので、彼女は国家再統合に賛成の立場なのだろう。
ニュースサイトを開くと、ルフスで発生した連続爆破事件の続報が次々と表示された。
自爆テロ実行犯を逮捕 ルフス
「えッ?」
アミエーラは驚いて見出しをつついた。
自爆ベストが不発で、天球儀会からの通報で駆け付けた警察官に男が一人逮捕されたらしい。
逮捕だけを伝える短信で、この人物の属性に関する情報は一行もなかった。
「ここでずっとニュースを見ていてもアレですし、帰りが遅くなるといけませんから、そろそろ解散しませんか?」
上品な老婦人が、小さく手を挙げて提案した。
アミエーラは端末の隅を見た。
もう十七時だ。
時刻表示はずっと視界に入っていた筈だが、全く認識できなかった。
アミトスチグマ王国の夏の都には、いつものボランティア仲間が【跳躍】で送ってくれる。
アミエーラは彼女と言葉少なに別れの挨拶を交わし、防壁の門前で一人になった途端、急に恐怖心を自覚した。
震える足を踏みしめて、どうにか自宅マンションに歩いて帰る。
夕飯を食べる気になれず、ノートパソコンで続報を読んだ。
自爆ベストが不発で逮捕された男が、警察官に犯行動機を語ったらしい。
「クスリで身体ボロボロにされたからもう助からない。どうせ終わりなら、バルバツムからローシカの痛み止めを取り寄せた天球儀会を潰して、俺みたいな奴をこれ以上増やさないようにする為に散りたい」
……そんな……!
ラキュス・ラクリマリス王国とアーテル共和国が再統合すれば、レーグルス王子が開発した脳解毒薬で薬物依存症を完治できるようになるのだ。
アミエーラは門外漢なのでよくわからないが、脳解毒薬は調合が難しく、大量生産できないと言う記事を見たことがある。
それでも、治る希望が持てたなら、彼は自らの命を捨てなかったかもしれない。
アミエーラは歯痒い思いを抱え、夜が明けるまでルフスの連続爆破事件の続報を追い続けた。




