3675.SNSの声明
印暦二二〇一年十二月二十三日。
アミエーラはアーテル共和国の首都ルフスを訪問した。
今朝もいつも通り、ラキュス・ラクリマリス王国王都第二神殿のギームン神官と神官戦士、信徒会のボランティアも一緒だ。
特に魔獣の出現などの問題はなく、呪歌【道守り】で北ルフス星友教会と簡易診療所の結界をすんなり更新できた。
包帯や消毒薬を寄付する為、一行は空地に医療コンテナを置いただけの簡易診療所に向かう。
今日の診療を担当する医療者の了解があれば、ついでに【操水】で清掃や熱湯消毒もするが、断られた場合は魔法による支援を無理強いしない。
ファーキルに呼出された会議から、明日で一週間。ラキュス・ラクリマリス王国の王都で第四回国家再統合会議が開かれる日だ。
アミエーラは、鞄から黒地の隅に白猫が描かれた端末を取り出した。
運び屋フィアールカに与えられた注意を忠実に守り、撮影場所に着いてから電源を入れる。
ファーキルに頼まれた情報工作の一環で、会議前日の今日までは「魔獣激ヤバ」氏の使い込まれた端末で、アーテル本土の写真をSNSに載せるのだ。
カメラアプリを起動し、レンズを街並に向ける。
この辺りは終戦直後、大半が更地だった。
現在は、プレハブの仮設工場や木造モルタルのアパートなどが少しずつ増え、水害被災地の復興が少しずつ目に見えるようになってきた。
撮影するアミエーラの背後では、ギームン神官がアーテル人の看護師と交渉を続ける。
簡易診療所から二区画離れた街区では、新たに雑居ビルが完成したらしく、人が出入りするのが見えた。
ダウンコートでもこもこに着膨れた若者が、トレンチコート姿の中年男性に支えられて真新しい雑居ビルから出てくる。
男性が支える手を放すと、ダウンコートの若者はビルの外壁に背中を預けた。会話の内容までは聞こえないが、ここで待つように言ったらしい。
トレンチコートの中年男性は、ビルの角を曲がって姿を消した。
若者が、俯いたままビルの扉に手を掛けて室内に戻る。
雑居ビルの裏手から回り、ワゴン車の鼻先が見えた瞬間、爆発音が轟いた。
アミエーラの指が端末に触れ、爆発の瞬間をカメラが捉える。
窓ガラスが吹き飛び、ワゴン車が横転した。
「ここで待機!」
フラクシヌス教団の神官戦士が叫び、ボランティアの魔獣駆除業者と二人で爆発したビルに駆けてゆく。
もう一人の神官戦士と残った魔獣駆除業者たちが、呪歌の歌唱ボランティアを囲んで周囲を警戒する。
簡易診療所から、アーテル人の看護師が顔を出した。外で順番待ちする患者たちがコンテナの影に隠れる。
北ルフス星友教会から、ウルサ・マヨル司祭と数人の信徒が、不安な顔で出て来たが、すぐ引っ込んだ。
アミエーラは情報工作どころではなくなり、もうもうと埃の立つ雑居ビルと瓦礫の散乱した道路を見詰めて立ち尽くす。
魔法戦士二人は間もなく戻ったが、どちらも暗い顔だ。
「あ、あの……け、怪我人……とか」
地元の看護師が震える声で聞いた。
緑髪の神官戦士が、首を横に振る。
魔獣駆除業者が雑居ビルに顔を向けて答えた。
「爆発したのは一階で、生存者なし。二階は無人。三階の人は無事で裏口から出ました。運転手さんはシートベルトしてなくてダメでした」
順番待ちの患者たちが、我に返って囁きを交わし始めた。
「え、えぇっと……?」
「警察……消防……?」
「何で爆発?」
「テロ……?」
「救急車とか来ると思うか?」
「でも、ほっとくワケいかんだろ?」
一人が爆発した低層ビルを指差した。
「あそこって何の会社だっけ?」
「会社じゃなくて天球議会の事務所だ」
「こないだ堅パン配ってたじゃないか」
「堅パン? 知らん。俺の居ねぇ日?」
……天球儀会って、星の標のボランティア部門だったとこよね?
アミエーラの妙に冷えた頭に記事の記憶が甦った。
天球議会がバルバツム連邦から取り寄せた救援物資の医薬品は、本物そっくりに作られた鎮痛剤系違法薬物だったが、逮捕者が出たと言う記事には覚えがない。
戦後、天球儀会を組織したカタグーサ重工業アーテル支社の副社長が、社員らを使って違法薬物を売捌いた件で逮捕されただけだ。
あの若者は何故、一度出た天球議会の事務所に再び入ったのか。
あの男性は、ワゴン車で彼をどこへ送ろうとしたのか。
何故、慈善団体の事務所が爆破されたのか。
わからないことだらけだ。
アミエーラは手が震えて、アーテルの現況写真をSNSに投稿するどころではなくなった。
電源を切って鞄に仕舞おうとしたが、指が固まって手が離れない。
「どうされました?」
ギームン神官に聞かれ、アミエーラは鞄から顔を上げた。
「あ、あのっ、手が固まって、端末握って固まって……どうすれば」
「帰国して、神殿附属病院で相談しましょう」
「あっ、えっと、通報は……?」
「そこの医師がしてくれました」
アミエーラは、コンテナを置いただけの簡易診療所に目を遣った。
緑髪の神官戦士が、簡易診療所の患者たちに声を掛けた。
「念の為、あのビルには近付かないようにして下さい」
「頼まれたって行くもんか」
「テロの犯人も死んだの?」
「自爆テロ?」
「他にも居るかもしれないんですか?」
地元民に聞かれ、神官戦士が苦い顔で応じる。
「わかりません」
「戦争終わったのに一体いつまでこんな……」
遠くからサイレンの音が近付いて来る。
「私と神官戦士の彼で警察の対応をしますので、皆さんは帰国して下さい」
ギームン神官が言うと、ボランティアたちは口々に【跳躍】を唱えた。
みんなと一緒に王都第二神殿へ戻り、集会所で鎮花茶を淹れてもらう。
アミエーラは薬効のある甘い香気で緊張が解れ、手が端末から離れた。
神殿ボランティアたちが、震えの治まった手でマグカップを握りしめて言う。
「あんなとこでテロしてどうするんだ?」
「再統合反対派って、大統領とか賛成派の議員とか狙うんじゃなかった?」
「なんか出てない?」
「ニュースとか?」
誰かの発言で、会議机を囲む数人が自分の端末を出した。
アミエーラは手が固まるのが怖くて端末に触れられない。
「あッ……! 犯行声明出てる!」
「どこ?」
「ここ!」
若いボランティアが、端末を会議机の中央に置いてみんなに見せる。
見慣れたSNSの画面だ。
〈天球儀会に違法薬物を掴まされ、薬物依存症にされた。
もう助からない命など惜しくはない。涙は涸れ果てた。
これまで依存症患者は自爆テロの捨て駒にされてきた。
これからは、これ以上、犠牲者を増やさない為に戦う。
まだ自我の残る同志を集め、星の標が用意した爆弾で星の標を葬る。
テロも違法薬物もない故郷を取戻す為ならこの命など惜しくはない。
今日の同志が散っても、星の標を撲滅する日まで我々は戦い続ける。〉
誰かの拡散で回って来た投稿だ。
僅か十五分弱で、拡散数が十万に迫る。
投稿者は「星の標=天球儀会に薬物依存症にされた被害者の会」を名乗るが、こんな目立つアカウント名でこれまで活動できたのが不思議だ。
……こんなの、ファーキルさんたちが気付かないワケないと思うんだけど。
プロフィールを見た限り、アカウントの開設は二年も前だ。
星の標の残党や天球儀会は、名誉棄損で告訴するか、アカウントを凍結させようとSNSの運営会社に通報するだろう。
アミエーラは犯行声明を何度も読み返した。
☆北ルフス星友教会……「3182.被災地の現在」参照
☆ファーキルに呼出された会議……「3631.旧交を温める」~「3639.二本目の動画」参照
☆魔獣激ヤバの端末……「3653.湖東の活動家」参照




