3674.記者の儲け話
パルンビナ株式会社の役員会は、情報の購入を採決。役員の一人であるマリャーナの命令でファーキルが連絡すると、ラゾールニクはすぐさま会社宛てにデータを送付した。
フリージャーナリストのラゾールニクが寄越したデータは、単なる情報だけではなく、事業計画の種のようなものも含まれる。
まず、アーテル共和国北部の経済特区で土地を購入したバルバツム連邦に本社を置く企業の一覧表。魔哮砲戦争の戦時中に結成されたラキュス地方企業団地合同委員会だけでなく、戦後、新たに用地買収を計画する企業も含まれる。
魔哮砲戦争中にポデレス政権が戦費を調達する目的で乱発した短期国債は、大半が債務不履行に陥った。その為、戦後七年余り経つ現在も通貨が脆弱だ。食料品や燃料などの輸入にとっては痛手となる反面、輸出に関しては有利な材料になる。
人件費の安いアーテルで作った商品や部品は、バルバツム連邦の消費者や企業の財布にはやさしいのでよく売れる。だが、アーテル側は、材料や燃料を輸入で、人件費以外の経費が高くつく。
為替の恩恵を考慮しても、輸出産業の経済復興への好影響は微々たるものだ。
アーテル人の雇用創出としては悪くないように見えるが、この企業が儲かっても、利益の大半ががバルバツム連邦に送金されるからだ。
ネット通販大手のリゴルネット株式会社など、戦後に逸早く事業展開した企業は、アーテル共和国本土の情報を収集した上で魔獣対策を実施する。
大聖堂が聖典を全文公開したことで、【魔除け】などの呪符を「善き業の護符」として堂々と購入・使用できるようになった影響が大きい。
リゴルネットの成功を目の当たりにしたバルバツム企業は、安い土地と低賃金で使える労働力を求め、アーテル北部の水害被災地に進出した。「戦争と水害からの復興支援」とお題目を掲げれば、企業イメージも向上する。
だが、アーテル共和国が、ラキュス・ラクリマリス王国と国家を再統合すれば話が変わって来る。
ラキュス・ラクリマリス王国の国教は、キルクルス教ではなく、フラクシヌス教だ。しかも、バルバツム連邦とは国交がない。
戦時中、バルバツム連邦をはじめとするキルクルス教国の旧ネモラリス共和国に対する仕打ちを思い返せば、王国の中でも、特に旧ネモラリス領を支配したラキュス・ネーニア王家や湖の民、湖の女神の信徒の反発で、バルバツム企業が排除される懸念がある。
排除されないまでも、アーテル共和国の併合後、ルフスに設置されたバルバツム大使館を廃止されてしまえば、何かあっても本国に頼るのが難しくなるだろう。
アーテル本土南部の富裕層は、バルバツム企業の撤退を恐れて国家再統合に反対する。
懸念を払拭する為には、魔獣対策の増強のみならず、新たな利益を生む仕組みが必要だ。リスクがあっても、莫大な利益を得られる可能性が高ければ、留まる判断材料になる。
リゴルネット株式会社は、アーテル領に設置した物流倉庫にバルバツム連邦から警備員を送り込んだ。彼らはアルトン・ガザ大陸南部の旧植民地から流入した経済難民で、合法移民と不法移民が混在する。
バルバツム本社は、スラム街で不法移民を雇用した。警備員として雇用する本人だけでなく、家族の誰か一人でも魔力を持っていることが条件だ。
一家全員がアーテルの物流倉庫に送られ、社宅で生活を送って、敷地外には一歩も出ない。
魔力を持つ者が物流倉庫の敷地を巡回するだけで、敷地内に設置した【魔除け】の敷石に魔力が充填され、土魚などの侵入を防ぐことができる。
警備員とは名ばかりの魔力充填要員だ。
リゴルネットは、社員寮と食堂、従業員向け日用雑貨店、理髪店と学習塾、教会など、物流倉庫の敷地内で生活が成り立つように生活環境を整えた。
雑貨店では、処方箋なしで購入可能な市販薬も販売するが、病院はない。
バルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊のルスタートル司令官が、リゴルネットが採用した警備員に【灯】【魔除け】【退魔】【簡易結界】を教える講師の仕事をランテルナ島の魔獣駆除業者に打診したが、誰一人として応募しなかった。
ここに商機がある。
ちょっとした外傷に対応できる呪歌【癒しの風】を教える講師は、喉から手が出る程欲しいだろう。
アーテル人の孤児は、クアエシートル記者がユアキャストに公開した呪歌【癒しの風】の動画を繰返し視聴して、行使できるようになったが、他の術も併せて教えられる講師は、バルバツム企業にとって貴重な人材だ。
不法移民の警備員が、自前の魔力で【灯】【魔除け】【簡易結界】を使えるようになれば、呪符や電気の経費を節約できる。彼らが【操水】を覚えれば、生活は更に向上するだろう。
力なき民には【魔力の水晶】が必要だが、家族が魔力を充填すれば、【水晶】の初期費用だけで済む。
バルバツム企業がある程度、自力で身を守れるようになれば、本国と国交がなくなっても、すぐに撤退する必要がなくなる。
そもそも現状、ラキュス・ラクリマリス王国軍の租借地駐留部隊とランテルナ島の魔獣駆除業者が頼みの綱で、バルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊では、誰の命も魔獣から守れないのだ。
不法移民の警備員一家が自力で魔法を使えるようになれば、これもいい稼ぎになる可能性が高い。
地元企業に人材派遣するのだ。
例えば、アーテル領内に散在する簡易診療所への【癒しの風】の歌い手の派遣。【魔除け】や【簡易結界】による護り、【操水】による清掃や洗濯、食器洗いなどもできれば、金融機関、小売業者、飲食店、学習塾など、人が集まる様々な業種と長期契約して、安定的な収入を得られる可能性が広がる。
仕上げの術と魔力の充填は【編む葦切】学派などの職人でなければできないが、力なき民でも、呪符を書くだけなら可能だ。【灯】【魔除け】【簡易結界】の呪符をアーテル領で作成し、キルクルス教圏に輸出すれば、材料費と講師や職人の人件費を差し引いても、莫大な利益を上げられる。
第三回国家再統合会議では、何か問題が発生した場合、隣のラニスタ共和国に仲介を依頼し、駐ラニスタ共和国バルバツム連邦大使館が対処すると言う案が出た。
再統合してもバルバツム企業が逃げないなら、反対派の富裕層が翻意し、議会で賛成を集めやすくなるだろう。
ファーキルは、総合商社パルンビナ株式会社の役員マリャーナが、ラゾールニクの情報とネタを元にメモした案を読み返した。
<販売>
アーテルに進出したバルバツム企業にも呪符と【魔力の水晶】を販売。
<教育>
バルバツム企業に魔法を教える講師を紹介。子供向けの教本を販売。
<呪符>
バルバツム企業に呪符制作の講師を仲介し、道具と材料を販売。
社宅住まいのアーテル人従業員の家族に内職させる可能性が高い。
呪符の講座は社宅単位か。
書き損じで内職担当が不利益を蒙らない対策が必要。
呪符の検品、仕上げ工程は、我が社と契約した職人が担当。
バルバツム企業から技術料を徴収する。
完成品は、バルバツム企業が自ら輸出し、販路を開拓するだろう。
教育と技術料の経費で、バルバツム企業が手掛ける呪符は割高になる。
需要に供給が追い付かないので、当面の間、競合の懸念はない。
<人材派遣先の紹介>
バルバツム企業がラキュス・ラクリマリス王国と敵対しないなら契約。
バルバツム企業の「自力で魔法を使える従業員」をアーテル企業に紹介。
紹介先への送迎事業も?
再統合後は需要が激減する可能性が高い。早めに。
※ 印暦二二〇一年十二月現在、バルバツム連邦本国では聖典に記述のない魔術の行使は違法。
解禁されれば、本国で大きな需要が生れる。
アーテルでの魔法使い派遣事業が試金石になる。
……割と普通のアイデアだよな。
ファーキルは、パルンビナ株式会社がラゾールニクに幾ら払ったか知らない。
呪符関連の事業は、既にアルトン・ガザ大陸南部で実行済みで、輸出先は同大陸北部の純粋な科学文明国だ。
総合商社パルンビナ株式会社は、南北の呪符貿易だけでもかなりの利益を上げられた。
ファーキルの今日の業務は、これらに関連する情報収集だ。
気持ちを切替え、いつものようにマリャーナ宅のパソコン部屋で、目星をつけたサイトを次々と開いた。
☆ラゾールニクが寄越したデータ……「3660.情報を売込む」~「3662.売り物の情報」参照
☆ラキュス地方企業団地合同委員会……「1147.動き出す歯車」「2162.新規参入企業」参照
☆物流倉庫に送られ、社宅で生活……「2792.リゴルの事業」参照




