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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第七十二章 平和の譜

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3673.飼い犬が咬む

 十二月二十四日、ファーキルは目を疑った。

 今日は、アミトスチグマ王国の夏の都にあるマリャーナ宅で在宅勤務する日だ。いつものパソコン部屋で情報収集に明け暮れる。

 最新ニュースに再び目を走らせ、震える手で画面をスクロールした。



 天球儀会の事務所で爆発 ルフス


 【ルフス時流】アーテル共和国の首都ルフスで二十三日十五時過ぎ、七カ所で爆発があった。

 地元当局の発表によると、少なくとも十二人が死亡、百数十人が負傷した。

 警察が爆発物の特定などを進めている。


 ルフス市警によると、爆発があった建物はいずれも天球議会の事務所が入居するビルなどだ。七棟で合計十二人が亡くなり、子供を含む百四十六人が負傷した。

 天球儀会のヒルプス代表代理はSNSに「一連の爆発は、天球儀会を狙った国家再統合賛成派によるテロだ。卑劣なテロには決して屈さない」と投稿した。


 爆発の約一時間後、SNSに「星の標(しるべ)=天球儀会に薬物依存症にされた被害者の会」を名乗るアカウントが犯行声明を投稿した。

 声明によると、この自爆テロで使用した爆発物は、天球儀会自身が用意したもので、実行犯らは、鎮痛剤系違法薬物と引換えにミェーフ大統領や国家再統合賛成派の国会議員らを標的とした自爆テロを命じられた。

 実行犯は、救援物資などに紛れ込んだ鎮痛剤系違法薬物や、ローシカ製薬製の正規品の鎮痛解熱剤で薬物依存症を発症した。死を待つだけの身を有効活用しようとSNSで有志を募り、「星の標=天球儀会に薬物依存症にされた被害者の会」を結成。違法薬物を蔓延させた天球儀会への報復を呼掛けた。


 天球儀会は、戦後に設立されたアーテル共和国最大の慈善団体だ。

 前身は、バルバツム連邦などから国際テロ組織に指定されたキルクルス教原理主義組織「星の標(しるべ)」だ。ミェーフ大統領がテロ対策を主導し、町内会や慈善団体の側面も持つ星の標を解散させた。

 カタグーサ重工業株式会社アーテル支社のミッシル副社長が、慈善団体としての星の標を再編し、天球儀会を発足させた。

 ミッシル副社長は印暦二二〇〇年十二月、鎮痛剤系違法薬物の密売に関与した容疑で逮捕され、現在も公判が続く。

 現在は、聖光党のヒルプス副党首が代表代理を務める。



 ファーキルはふと思いつき、SNSでラゾールニクのアカウントを開いた。

 案の定、最新の投稿にはマコデス共和国の三流タブロイド紙「波風新聞社」の記事リンクが貼ってある。記事の公開は昨日の深夜だ。

 迷わずリンクを踏んで記事に目を通した。

 記事の末尾にはユアキャストのリンクがあり、【明(あ)かし水鏡(みかがみ)】による検証作業を動画で確認できる。


 爆発があった建物七棟は、いずれも星の標(しるべ)が所有していたが、テロ対策の一環で当局が没収。競売(けいばい)に掛けられ、天球警備株式会社などが落札した。その後、短期間で売却され、現在の所有者は天球儀会だ。

 天球儀会のヒルプス代表代理がSNSに投稿した内容は虚偽で、水が動いた。

 一方、この自爆テロに使用された爆発物が、天球儀会の用意したものであることは事実だった。


 ……飼い犬に手を咬まれた感じ?


 実行犯の犯行声明の内容に関しては、銀の深皿【明(あ)かし水鏡(みかがみ)】を満たした水が動かず、すべて事実であることが明らかになった。

 だが、アーテル共和国の本土では、魔道具による捜査が違法だ。


 天球儀会は、避難所などで頭痛に苦しむ避難民に鎮痛剤系違法薬物を提供し、薬物依存症の重症度を見極めて個別に声を掛け、クスリと引換えに自爆テロを持ち掛けたのだ。

 ミェーフ大統領を狙った神学生クアエスツスによる暗殺未遂事件もそうだが、自爆テロなら、攻撃と実行犯の口封じを同時にできる。

 大統領選の投票所や、周辺の歩道で同時多発したテロも、実行犯は薬物依存症患者だ。


 天球儀会は善意を装い、せっせと薬物依存症患者を作り出したが、これまでは護衛に阻止され、ミェーフ大統領の暗殺は悉(ことごと)く失敗に終わった。

 テロの捨て駒として用意された薬物依存症患者が、天球儀会に牙を向いたのは、今回が初めてだ。


 ……天球儀会って、週刊誌に違法薬物密売の件が載ったのに逮捕されなかったんだな。


 外資系企業であるカタグーサ重工のミッシル副社長らは公判が続くが、天球儀会は政界との繋がりが強い分、何らかの口利きがあったのかもしれない。

 天球儀会は、会員の大部分がアーテル党の支持者で国家再統合反対派だが、現在の代表代理は第二位の野党「聖光党」の副党首が務めるのが少し意外だ。


 聖光党も国家再統合反対派だが、アーテル党と星の標(しるべ)の残党のように過激ではない印象があった。


 ……実際は、星の標の慈善活動部門と繋がって、違法薬物を撒き散らして資金稼ぎしてたんだもんなぁ。


 星の標は戦後、アーテル共和国でもテロ組織に指定され、資金源を断たれたが、鎮痛剤系違法薬物の密売で荒稼ぎするようになった。

 天球儀会が、慈善活動への寄付を星の標の残党に横流ししたことが判明。関係の継続が明るみに出た後も、慈善団体として存続している。

 現在、天球議会の事実上のトップを務めるのは、聖光党のヒルプス副党首だ。


 ……野党だけど第二位の政党だし、支持者は富裕層が多いし、まぁ、そう言うコトなんだろうなぁ。


 星の標は、ミェーフ大統領のテロ撲滅政策によって法律上は解散させられたが、実際は、慈善団体の天球儀会を隠れ蓑に健在だったのだ。


 神学生クアエスツスの事件で明らかになったが、天球儀会の幹部は避難所などで鎮痛剤系違法薬物を配布し、自爆テロの捨て駒を調達する目的で、意図的に薬物依存症患者を増やしていた。

 ファーキルは記憶を手繰ってみたが、天球議会の関係者が逮捕されたと言う記事を目にした憶えがない。

 クスリの出所が救援物資で、配布したのがローシカ製薬製の正規品の鎮痛解熱剤や、外見を本物そっくりに作った違法薬物では、故意を立証するのが難しいからだろう。


 ……捜査に魔道具を使えたら簡単なのになぁ。


 ファーキルは大きく息を吐くと、気持ちを切替えて業務に戻った。

☆天球儀会……「3197.大規模な捜査」~「3199.組織の繋がり」参照

☆神学生クアエスツスによる暗殺未遂事件……「3113.神学生の異変」~「3115.神学校で聴取」参照

☆聖光党……「2962.大統領の決意」参照

☆アーテル党……「3482.紛糾する会見」参照


【余談】競売

 けいばい……民事執行法などに基づいて、差押え財産を売り飛ばす場合は「けいばい」と読む。法律用語。

 きょうばい……普通のオークションは「きょうばい」と読むが、「けいばい」と読んでも間違いではない。

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◆野茨の環シリーズ 設定資料◆
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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