3672.閉塞感を打破
国家再統合会議の議長カミェータ神官長の咳払いが、ラクリマリス城の密議の間に響いた。
「議題を戻しましょう。ミェーフ大統領、水害被災地の復旧工事について、何か要望はありますか?」
「要望……ですか……? しかし、この復旧工事は、国家再統合後に実施する計画なのですよね?」
アーテル共和国のミェーフ大統領が、戸惑いを隠しきれない顔でラキュス・ネーニア王家の王族に聞き返す。
ウヌク・エルハイア将軍が、追加資料の地図を指差した。
「この数字は、復旧工事の順番だ」
ランテルナ島の魔獣駆除業者に扮して壁際で控える魔装兵ルベルは、護衛対象であるミェーフ大統領の肩越しに地図を見た。
数字が若いのは、薄青く塗られた水害被災地を走る主要道路の内、赤色で示された区間だ。
アーテル政府が復旧工事に着手したものの、魔獣駆除業者に支払う警備費不足で中断した。
ルベルはここしばらく、ミェーフ大統領が個人的に雇った護衛として視察に同行する。
点在する赤い区間のひとつを視察した際、アスファルトを捲った工事現場はそのままだった。土が剥き出しになった車道には、無数の土魚が犇めく。歩道は、かなり遠くで規制線が張られ、歩行者の姿はなかった。
駆除屋に扮したシポーブニク大佐とルベルの【魔除け】で守ったから、ミェーフ大統領は現地の状況を具に確認できたのだ。
大統領自らタブレット端末で大量の写真を撮り、建設省に現況の画像と位置情報を提供した。
都市ガスと上下水道が復旧せず、道を歩くことすらままならないのでは、その地区への住民帰還は不可能だ。
カミェータ神官長がやさしい声音で、ミェーフ大統領に意向を尋ねる。
「この順番を変えて欲しいなどの要望はありませんか?」
「えー……これも、持ち帰って検討させていただいてよろしいでしょうか?」
「構いません。ただ、復旧工事は、再統合が果たされた後になります」
「あ、あの……」
アーテル共和国のアテウス外務次官が小さく手を挙げた。
ラキュス・ラクリマリス王国側とアーテル共和国側の出席者が、魔哮砲戦争の和平協議にも出席した外務次官に注目する。
「参考までに、復旧工事をどのように進めるか、作業手順などをご教示いただいてもよろしいでしょうか」
アテウス外務次官は、震える声で問いを絞り出した。
緑髪のコンフェータ外務次官が頷いて答える。
「まず、【歌う鷦鷯】学派の術者らが工事区間を【道守り】で囲みます。その後、魔法戦士が術の効果範囲内に存在する魔獣を殲滅。作業員を投入して復旧工事を開始します。並行して【魔除け】の敷石を設置し、復旧工事完了後も土魚の侵入を防ぎます」
「今の状況では、工事が終わって兵隊さんたちが引き揚げるのを見計らって、星の標の残党が【魔除け】の敷石を壊すなり盗むなりするでしょうね」
ランテルナ自治区のコーラカル自治会長が、緑髪の頭を掻いて溜息を吐いた。
ミェーフ大統領が、ラキュス・ラクリマリス王国のコンフェータ外務次官に確認する。
「ランテルナ島を視察した際に【魔除け】の敷石を見ましたが、あれは、あの上を魔力を持つ人が歩くことで善き業を発動させる魔道具なのですよね?」
「はい。国家再統合後は、王国軍の兵士が巡回して魔力を供給しますので、敷石に施された【魔除け】の効果が持続します」
コンフェータ外務次官は決定事項のように語ったが、王国側の出席者は誰一人として訂正しなかった。
ラキュス・ラクリマリス王国のローク・ディアファネス大司教が、アーテル共和国のセパリウス大司教に聞く。
「敷石に刻まれた【魔除け】は、この聖職者の衣の刺繍と同じ物です。星の標の残党は、それでも、聖典に記された善き業で無原罪の清き民を守る魔道具を破壊するのでしょうか?」
「そ、それは……お答え致し兼ねます」
「何故ですか?」
ディアファネス大司教は間髪入れず、同じ信仰を持つ同格の聖職者に問いを重ねた。
「彼らの中でも様々な派閥が産まれたようで、一枚岩ではなくなってきておりましてですね、予測がつかないのですよ。受容れる者もあれば、破壊に走る者もあるかと」
「成程。星の標の残党の中でも、セパリウス大司教様の説教に耳を傾ける者と、そうでない者が居るのですね」
ディアファネス大司教は、毒を含む微笑を向けて頷いた。
……王国の大司教、アーテルの大司教が星の標と繋がってると思ってるのか?
魔装兵ルベルは、若いディアファネス大司教と年配のセパリウス大司教を見比べた。ディアファネス大司教は涼しい顔だが、セパリウス大司教は額に脂汗を浮かべて言葉が出ない。
この会議は、一部始終をインターネットで生配信中だ。
ディアファネス大司教は、誰に聞かせるつもりでこんな発言をしたのか。
フラクシヌス教徒のルベルにはわからない。
ウヌク・エルハイア将軍が諦念を語る。
「一枚岩でないのはこちらも同じだ。だが、そもそもどんな状況であっても、すべての民の意志がひとつに統一されることなどない。それはそれとして、反対意見と折り合いをつけてゆくしかあるまい」
「その表明が意見で済めばよろしいのですが、暴力に訴えられた場合、死傷者が出るのです」
アーテル共和国陸軍対魔獣特殊作戦群のルペルス隊長が、疲れた顔で反論した。
五百年以上生きた魔法使いの将軍が、三十代半ばの隊長を見詰めて真摯に返す。
「だからと言ってテロに屈しては、世が乱れたままになる。いずれは糺さねばならぬ」
「将軍閣下ならば、それが可能なのですか?」
「無礼者!」
ルペルス隊長が反発した瞬間、壁際に控える近衛兵の一人が怒声を浴びせた。
「よい。その為の場だ。……思ったことは、臆さずなんなりと発言して欲しい」
ウヌク・エルハイア将軍は片手を挙げて近衛兵を制し、アーテル側の出席者を見回してやさしい声を出した。
怒声を発した近衛兵が唇を噛んで俯く。
ミェーフ大統領はひとつ深呼吸して、冷めきった鎮花茶で唇を湿した。
「王国側も一枚岩ではない……とのことですが、そちらにも国家再統合反対運動があるのでしょうか?」
「前回までの国家再統合会議でお話しました通り、力なき民は、再統合後に仕事の奪い合いが生じるのではないかと不安に思い、魔法使いは、そちらの復興事業で魔力や労働力の提供など、過度の負担を強いられることを恐れています」
答えたのは、ラキュス・ラクリマリス王国のリューチク外務大臣だ。
アーテル側の出席者たちが、黒髪の大半が白くなった大臣の言葉に頷く。
「一部の民は、半世紀の内乱やこの度の戦禍で大切な者を奪われ、恨みを飲んでおる」
ウヌク・エルハイア将軍の声が密議の間に響く。
魔法で外界から隔絶された空間に冷たい沈黙が降りた。
「そろそろ報道発表がある頃だが、本日の建設業界による非公式会合を妨げようとテロを仕掛けた者が居た」
将軍の言葉で、一同が息を呑む。
ルベルは思わず、隣に立つシポーブニク大佐を見た。
大佐は顔色ひとつ変えず、ミェーフ大統領の背後に立つ。
「会議の出席者は無事だ。実行犯は既に捕縛した」
将軍の情報で、場の空気が僅かに緩んだ。
「我が国は、富裕層の反対とテロリストを恐れ、身動き取れない状況が続いております」
国家再統合を公約に掲げたミェーフ大統領が、円卓の中央を見詰めて発言する。
セパリウス大司教が視線を泳がせ、ディアファネス大司教と目が合うと、慌てて顔を逸らした。
「ですが、七割もの国民が、国家再統合を望んでいるのも、事実です」
ミェーフ大統領は、カメラを意識して声に力を籠めた。
ランテルナ自治区のコーラカル自治会長が、ミェーフ大統領に加勢する。
「例の告発動画で、バルバツム連邦軍が本土の孤児を誘拐して、呪歌専門の衛生兵として外国の紛争地域に送り込むなど、復興支援を隠れ蓑に悪事を働いていたことが露見しましたからね。島民としては、あんな国にいつまでも支援を頼るのは如何なものかと思います」
ホプリテース軍務大臣が広い額をハンカチで拭い、ファブラ外務大臣とアテウス外務次官は微かに顎を引いた。
「この閉塞感を打ち破る為、勇気を出して行動します」
先日、バルバツム政府を真っ向から批難したミェーフ大統領が拳を固める。
緑髪のゴルテーンジヤ外務大臣が冷ややかな声で問うた。
「勇気を出すのは大変結構ですが、具体的にどのような行動をなさるおつもりですか?」
「先程、将軍閣下にご提案いただいた件を実行します」
ミェーフ大統領は決然と宣言した。
☆本日の建設業界による非公式会合を妨げようとテロ……「3664.厨房での騒動」~「3666.進展した事件」参照
☆バルバツム政府を真っ向から批難……「3644.連邦軍に抗議」参照




