3671.復旧計画の図
このひとつ前のエピソードは、休載告知(6/29の二回目の投稿)に上書きした「3670.予想済の困難」です。
アーテル共和国のミェーフ大統領も、自国の最高位聖職者であるセパリウス大司教に視線を向けて言う。
「この件につきましては、一旦、持ち帰って各方面と前向きに検討させていただきます」
「それがよろしいでしょう。ラニスタ政府との折衝、よろしくお願いします」
国家再統合会議の議長を務めるカミェータ神官長は、鷹揚に頷いた。ラクリマリス城の密議の間に集まった面々を見回し、改めて宣言する。
「救援物資の運搬に関しましては、次回に詳細を詰めることとし、次の議題に移ります」
円卓を囲むラキュス・ラクリマリス王国とアーテル共和国の関係者が、手許の資料を捲る。電子データにしないのは、漏洩を警戒してのことだ。
「アーテル本土のインフラ復旧工事に関して、本日、我が王国の建設業界が非公式会合を持った」
資料片手に発言したのは、ウヌク・エルハイア・ラキュス・ネーニア将軍だ。
意外な話者にアーテル側の出席者が怪訝な顔になる。
「追加資料をこれに」
ウヌク・エルハイア将軍の言葉を受け、彼の秘書官がキビキビした動作で資料を配布した。
ランテルナ島の魔獣駆除業者に扮した魔装兵ルベルは、ミェーフ大統領の肩越しに壁際から資料に目を凝らす。
一枚目は、アーテル本土の地図だ。主要道路を色分けし、番号が振ってある。
ウヌク・エルハイア将軍が、アーテル共和国のミェーフ大統領に視線を定めて発言した。
「本日の会合は、まだ世間話程度の軽い話ではあるが、再統合後、速やかに水害被災地に於ける復興事業に着手する心づもりはある」
「有難うございます。恐れ入りますが、この色分けの説明をお願いしてもよろしいでしょうか」
ミェーフ大統領は表情を変えずに質問した。
緑髪の将軍は地図を太い指でなぞって答える。
「薄い青で塗った地区は、水害による浸水被災地。緑色は、既に上下水道管の復旧工事が完了した区間だ」
薄青い浸水被災地はラキュス湖沿岸の北部に集中し、被害のなかった南部の高台は白色。緑色の区間は湖岸沿いにある租借地に面した六車線道路ばかりだ。
魔獣が出れば、ラキュス・ラクリマリス王国軍の租借地駐留部隊が作業員を救助するので、他の区間に先んじて復旧工事が完了した。
同じ六車線道路でも、租借地に面していない区間は灰色だ。
「灰色の区間は、工事が必要だが未着手。赤色の区間は工事に着手したが、警備費用不足で中断した区間。黄色の区間は早急に対応が必要だが、未着手の区間だ」
ウヌク・エルハイア将軍の説明に合わせて、出席者たちの視線が地図を辿る。
「え……あの……この資料は……どのようにして作成なさったのでしょう?」
アーテル共和国のホプリテース軍務大臣が、禿頭に脂汗を浮かべ、ウヌク・エルハイア将軍の顔色を窺う。
ラキュス・ラクリマリス王国の王族でもある将軍は、さらりと答えた。
「租借地駐留部隊による【索敵】だ」
「さ……さくてき……とは、何でしょう? 不勉強で恐れ入ります」
ホプリテース軍務大臣が震える声で聞く。
「視覚を拡大する魔法だ。その視線は遮蔽物を越え、例えば、土中に潜む魔獣などを発見できる」
「えッ……?」
アーテル側の出席者が顔を引き攣らせる。緑髪のコーラカル自治会長だけは、地図を見詰めて無言で頷いた。
「見える範囲は術者の能力に依るが、【索敵】を担当した兵士は、租借地からは出ておらぬので安心せよ」
「は……はい……?」
アーテル共和国のファブラ外務大臣が首を傾げる。アーテル陸軍対魔獣特殊作戦群のルペルス隊長が、外務大臣を横目でチラリと見て質問した。
「恐れ入ります。それは、つまり……貴国の軍は……租借地に居ながらにして、これ程の広範囲に亘って情報収集が可能である……と言うことでしょうか?」
「この程度、魔法文明圏の軍ならば常識だ。ランテルナ島の魔獣駆除業者でも、目のいい者なら可能だろう」
ウヌク・エルハイア将軍の一言で、コーラカル自治会長に視線が集まった。
「駆除屋さんの中でも、特に優秀な【飛翔する蜂角鷹】学派の人なら、できるでしょうね」
緑髪のコーラカル自治会長が、何でもないことのように答える。
魔力を持つアーテル兵ルペルスが息を呑み、目を見開いて地図を凝視した。
……うん。まぁ、俺でもできるもんな。
ラキュス・ラクリマリス王国軍の魔装兵ルベルは、腹の底で頷いた。
キルクルス教団アーテル教区を掌るセパリウス大司教が、小さく手を挙げて上目遣いに聞く。
「あ……あのぅ……それでは何故、魔獣が出現した際、初動に遅れが生じるのでしょう?」
「大司教殿は、条約の詳しい内容をご存知ないのですね?」
赤毛のプンツォーヴィ外務次官が確認する。
「条約……と言うのは、どの条約のことでしょう?」
キルクルス教の聖職者が僅かに肩の力を抜いて、ラキュス・ラクリマリス王国の外務次官に聞き返した。
プンツォーヴィ外務次官がミェーフ大統領に視線を向けて答える。
「租借地に関する条約です。アーテル側が、租借地に面した道路上で魔獣による人的被害が発生した際は、我が国の租借地駐留部隊が、被害者の属性に拘わらず救助に当たること、と条件を出したのですよ」
「はい……確かにそのような条文で締結しましたが……?」
ミェーフ大統領は署名したが、主にその内容を詰めたのは、当時の閣僚と軍務次官らだ。
ウヌク・エルハイア将軍が溜息と共に言葉を吐く。
「我が軍は、そちらが出した“魔獣による人的被害が発生した際”と言う条件に縛られ、誰かが魔獣に襲われるまで動けぬのだ」
「あッ……!」
アーテル側の出席者が顔色を失った。
気を取り直したセパリウス大司教が批難がましい声を出す。
「あ、いえ、しかし、人道上、それはあまりにも杓子定規に過ぎるのでは?」
「条約文を認めたのは、【渡る白鳥】学派の魔法陣で囲んだ魔法の契約書です」
フラクシヌス教の聖職者カミェータ神官長が、ぴしゃりと撥ねつける。
アーテル軍のルペルス隊長が、一言ずつ噛みしめて聞いた。
「魔法の契約書の効力で、人的被害が生じるまで、貴国の軍は、出動できないのですか?」
「そうだ。哨戒兵が魔獣を発見しても、道路上で生じる人的被害を未然に防ぐ行動を取れぬのだ。仮にそのような契約がなくとも、何者かが道路上で魔獣を召喚した場合、連絡手段がない為、警告が間に合わぬ」
ウヌク・エルハイア将軍は苦い顔で肯定した。
セパリウス大司教が顔を紅潮させる。
「し、しかし、今春から、バルバツム連邦軍の救援物資輸送部隊で死者数が膨れ上がったのは、貴国の怠慢では」
「条文では、人的被害の程度が定義されておらぬ。例の無礼な動画が原因で、我が軍の兵士らに初動の遅れが生じたとて、そなたらにもバルバツム軍にも、咎める権利などないと思うが?」
ウヌク・エルハイア将軍の声に怒気が混じり、セパリウス大司教は蒼白な顔で口を閉じた。
……この人、世俗のことに口を挟まない方がいいんじゃないかな?
ミェーフ大統領の護衛として壁際で控える魔装兵ルベルは、他人事ながら心配になった。
☆本日、我が王国の建設業界が非公式会合……「3663.庭で鉢合わせ」参照




