3668.重い人権侵害
ラキュス・ラクリマリス王国のウヌク・エルハイア将軍の答える声が、ラクリマリス城の密議の間に響く。
「魔道具を使用した。銀の深皿【明かし水鏡】と、等身大の姿見【鵠しき燭台】だ。このふたつと調査場所の小石か何かがあれば、かなり詳細に調べられる」
「調査場所の小石? アルトン・ガザ大陸南部に人員を派遣したのですか?」
アーテル共和国のファブラ外務大臣が、驚いた顔で更に聞く。
ウヌク・エルハイア将軍は頷いた。
「アルトン・ガザ大陸南部の国々にも、我が国の大使館がある。紛争地域に設置されたバルバツム連邦軍の駐屯地には、魔法で移動すれば、大使館からの距離など問題にならぬ」
「しかし、駐屯地の中には入れてもらえませんよね?」
アーテル共和国のホプリテース軍務大臣が、禿頭に滲んだ汗をハンカチで拭いながら聞いた。
「今回の件に関してならば、駐屯地周辺の木の枝や小石などで事足りる」
湖の民の王族であるウヌク・エルハイア将軍に断言され、力なき陸の民でキルクルス教徒のホプリテース軍務大臣とファブラ外務大臣が、ぎこちなく頷いた。
第四回国家再統合会議の出席者の約半数が、魔法に関して門外漢のキルクルス教徒だ。
ウヌク・エルハイア将軍が、アーテル側の出席者の為にひとつずつ丁寧に説明する。
「アーテル軍の基地内に設置されたバルバツム連邦軍の駐屯地でも同様だが、まず、アーテル人の孤児がバルバツム連邦軍によって駐屯地に連れ込まれたか否かを【明かし水鏡】で調べさせた」
魔法の深皿【明かし水鏡】は、これを満たした水に手を浸した者の発言に虚偽があれば、水が波立つ。
ハイかイイエの二択で答えられる質問を断定の形で述べれば、手を浸した者の知らない事柄でも、それが事実か否か判明するのだ。
「これには、水が反応しなかった」
「つまり、事実だったのですね?」
アーテル共和国のミェーフ大統領が、硬い表情でウヌク・エルハイア将軍に確認する。
「そうだ。次にバルバツム連邦軍の駐屯地に連れ込まれた孤児が、現在も生存しているか否かを調べさせた。これには水が騒いだ」
「生きていない……と?」
確認するミェーフ大統領の声が掠れる。
「残念ながら、そうだ。孤児の死因について、餓死、病死、魔獣による捕食、人間による殺害でそれぞれ調べさせたが、全員、人間に殺害されたことが判明した」
ウヌク・エルハイア将軍に断言され、アーテル側の出席者たちが息を呑む。
緑髪の将軍が沈痛な面持ちで、調査結果を説明し始めた。
「結果を総合すると、バルバツム連邦軍は印暦二一九五年一月から、アーテル人の孤児を駐屯地に連れ去り、呪歌【癒しの風】の訓練を施しておった」
翌年二月には、第一陣がアルトン・ガザ大陸南部の紛争地域に送られた。
バルバツム連邦軍の駐屯地で呪歌の訓練を受けさせられたアーテル人の孤児は、印暦二一九五年一月から二二〇一年十一月までに八百五十三名、告発動画の公開時点で呪歌専用衛生兵として紛争地域で運用中だった孤児は百三十七名、紛争地域で死んだ子は四百七十二名に上る。
告発動画の公表後、ラキュス・ラクリマリス王国政府が【明かし水鏡】で調査した時点では、アーテル人の孤児二百四十四名が、アーテル軍の基地内にあるバルバツム軍の駐屯地で殺害されていた。
「随分、細かい数字が出ておりますが、それはどのように調べたのでしょう?」
アーテル共和国のセパリウス大司教が小さく手を挙げて質問した。
話の腰を折られたが、ウヌク・エルハイア将軍はイヤな顔ひとつせず答える。
「まず、一人以上千人以下など、大まかな人数を質問する。それで水が動かなければ、つまり、それが事実と確認できれば、そこから百人ずつ減らして質問を繰返し、二百人以上では反応せず、三百人以上で反応したなら、十人ずつ減らして再確認。それから一人ずつ減らして人数を確認させた」
アーテル側の出席者たちが、大きな息を漏らして感心する。
質問したセパリウス大司教が頭を下げた。
「成程……丁寧にご説明いただきまして、恐れ入ります。魔道具を用いて地道な調査を重ねて下さったのですね」
「うむ。殺害動機についても、見当をつけて調べた結果、証拠隠滅の為との理由で水が動きを止めた。孤児の遺体は、アーテル軍の基地周辺の土が剥き出しの地面に放置。土魚に食わせて始末されたことが判明した」
「何て酷いコトを……!」
アーテル共和国のアテウス外務次官が拳を固めて憤る。
……アーテル人も、ヤク中の遺体を魔獣に食わせて始末してるけどな。
ミェーフ大統領の護衛として、密議の間の壁際で控える魔装兵ルベルは、微妙な気持ちでアーテル政府の高官を眺めた。
今のルベルは、シポーブニク大佐と共に「ランテルナ島在住の魔獣駆除業者」の擬装身分でミェーフ大統領から個人的に雇われた護衛だ。
近衛兵セルペンチニートも【姿隠し】の腕環を装備し、この密議の間で大統領の護衛に当たる。
ルベルの隣に立つシポーブニク大佐は、彫像のように動かず、出席者の様子を中止する。
ウヌク・エルハイア将軍は、一呼吸置いて説明を再開した。
「アルトン・ガザ大陸南部に設置されたバルバツム連邦軍の駐屯地に関しても、同様に調べさせた結果、呪歌専用衛生兵として告発動画の公開前まで運用中だったアーテル人の孤児百三十七名は、動画の拡散が進んだ後、バルバツム兵の手で殺害され、遺体は周辺の森林などの魔獣が出現する場所に遺棄された」
「遺品は……何か、残っていませんか?」
ミェーフ大統領が恐る恐る質問する。
ウヌク・エルハイア将軍は、溜息混じりに答えた。
「ない。監視カメラの映像も、削除済み、あるいはアーテル人の孤児が映り込んだ部分を加工済みで、物証は基地周辺の小石や木の枝など、場の記憶を持つ物しかない」
「場の記憶を持つ物……と、言うのは、どう意味でしょう?」
キルクルス教の聖職者セパリウス大司教が聞いた。
「その場所にあった物だ。これを魔法の鏡【鵠しき燭台】に触れさせると、その物体の周辺で起きた過去の出来事が映し出される」
「目撃した生き物ではなく、物言わぬ石が証言者になるのですね?」
セパリウス大司教が更に確認する。
「そうなるな。時期を絞って調べさせたところ、バルバツム兵がアーテル人の孤児の遺体を遺棄する様子が鮮明に映し出された」
ウヌク・エルハイア将軍の答えで、アーテル側の出席者に落胆が広がった。
ミェーフ大統領が憤りに拳を固めて聞く。
「子供たちと一緒に仕事をした衛生兵たちは、アーテル人の孤児を始末する件について反対しなかったのですか?」
「バルバツム軍の中でも、一部の軍医と従軍看護師、衛生兵や一般兵は反対したが、彼らは捕えられて営倉に送られ、減給処分された」
アーテル側の出席者がどよめく。
「そればかりか、派遣から何年も経ち、年頃になった衛生兵の少女は、どうせ処分するならとバルバツム兵に無体を働かれた上で殺害されたのだ」
ウヌク・エルハイア将軍が、感情を押し殺した声で魔道具による調査結果を報告すると、密議の間にやりきれない空気が満ちた。
……何で頑張って命を助けてくれた癒し手にそんな酷いコトできるんだよ。
魔獣駆除業者に扮した魔装兵ルベルは、密議の間の壁際で唇をかんだ。
アーテル共和国のホプリテース軍務大臣が、自信なさそうに聞く。
「あの……治癒魔法の使い手にそう言う意味で手を出せば、大変な目に遭うのではありませんでしたか? バルバツム兵はそれを知らないのですか?」
「それは、癒し手に【白鳥の乙女】の術を掛けるからだ。バルバツム軍がランテルナ島へ赴き、わざわざ【渡る白鳥】学派の術者を探し出してまで、大枚叩いて依頼するとは思えん」
「あ……あぁ……そう言うコトなのですね」
ホプリテース軍務大臣は、疲れ切った顔で頷いた。




