3669.重鎮らの提案
「アーテル軍は、魔獣相手にどの程度戦えるようになったのだ? 今日、この場には魔法戦士も居るようだが」
ラキュス・ラクリマリス王国のウヌク・エルハイア将軍が、アーテル共和国のホプリテース軍務大臣に質問した。
最後の一言で、アーテル共和国陸軍対魔獣特殊作戦群のルペルス隊長に視線が集まる。
ホプリテース軍務大臣は、禿頭に滲んだ汗を頻りに拭うだけで答えない。
大臣が何も言わないのでは、一介の部隊長でしかないルペルス隊長が勝手に答えるワケにはゆかなかった。
第四回国家再統合会議の様子は、先の三回と同様、最初から最後まで生配信されるのだ。
ラクリマリス城の密議の間に気マズい沈黙が降りる。
緑髪のウヌク・エルハイア将軍が質問を変えた。
「いつまであの無法な国に頼るつもりだ?」
「国民の多くが貴国との再統合を望んでおりますし、一部の国民は、鎮痛剤系違法薬物やローシカ製薬の鎮痛解熱剤の件などで、バルバツム連邦に恨みを呑んでおります」
ホプリテース軍務大臣はようやく言葉を絞り出したが、将軍の質問から微妙に外れた回答だ。
バルバツム連邦軍の兵士による内部告発と思しき動画の拡散は、留まるところを知らない。
世界中に拡散され、音声を様々な言語に翻訳され、SNSなどを通じて更に拡散が進んだ。
バルバツム連邦政府は火消しの為に何度も記者会見を開くが、その度にSNSが炎上した。
「そもそも、ポデレス政権がバルバツム連邦に唆されたせいで魔哮砲戦争が勃発し、現在もこんな状態で、水害からの復興が足踏み状態なのですよね?」
ラキュス・ラクリマリス王国のプンツォーヴィ外務次官が、アーテル側の出席者を見回して発言した。
大統領をはじめとする様々な立場のアーテル人七名が、苦い顔で首を縦に振る。
「バルバツムに出て行ってもらった方が、幸せになれそうなんですけどね」
アーテル側で唯一の湖の民コーラカル自治会長が、他人事のようにポツリと呟いた。
ランテルナ島は魔法使いとフラクシヌス教徒の為の自治区だ。
アーテル本土の北部を飲み込んだ未曽有の大水害も、魔獣の大量出現も、島には全く被害がなかった。
島民の一部が本土へ渡り、魔獣駆除や物資の運搬などで荒稼ぎしたので、経済としては、本土とは逆に大きな黒字を叩き出したと言える。
更に言えば、避難で留守になったキルクルス教徒の家から金目の物を盗み出すなど、悪事に手を染めに行った不心得者さえ居た。
ラキュス・ラクリマリス王国のレーグルス王子が脳解毒薬を開発したとの報道の後は、本土で発生した薬物依存症患者がランテルナ島のバスターミナルに放置されるなど、人間に迷惑を掛けられることはあったが、魔哮砲戦争の戦時中も、戦後の混乱が続く現在も、島民の人的被害はほぼなかった。
緑髪のゴルテーンジヤ外務大臣が、ウヌク・エルハイア将軍と同種の質問を発する。
「ルペルス隊長は、どの程度の魔獣となら戦えるのでしょう?」
「私が戦って勝てるのは、普通の狼程度の大きさの四眼狼止まりです」
名指しで問われたルペルス隊長は、答えてからホプリテース軍務大臣を窺った。アーテル共和国の軍務大臣は、特殊部隊の隊長から視線を逸らし、聞かなかったフリを決め込んだ。
ラキュス・ラクリマリス王国のゴルテーンジヤ外務大臣が重ねて問う。
「では、土魚も倒せますよね?」
「それが、土魚は光ノ剣の【魔除け】を恐れて逃げてしまうので、却って駆除が難しいのです」
「その魔法の剣は確か、魔力を持つ人なら訓練を受けていない人でも、呪文さえ間違えなければ、【光の矢】を飛ばせるのではありませんでしたか?」
文官のプンツォーヴィ外務次官が自信なさそうに聞く。
「見せていただければ、どんな効果があるか確認しますよ」
ラキュス・ラクリマリス王国のリューチク外務大臣が提案した。
アーテル陸軍のルペルス隊長が、視線でミェーフ大統領に窺いを立てる。
アーテル共和国の大統領は、無言で頷いた。
ルペルス隊長が大きく息を吐き、光ノ剣を腰から鞘ごと外して円卓に置く。
ラキュス・ラクリマリス王国の近衛兵が光ノ剣を手に取り、リューチク外務大臣に手渡した。黒髪の大半が白くなった外務大臣が鞘を払う。隣のウヌク・エルハイア将軍が刀身に視線を注いだ。
「うむ……【頑強】【魔除け】【防錆】に加えて【光の矢】が刻んであるな」
「では、プンツォーヴィ外務次官の指摘通り、魔法戦士としての訓練をしなくても【光の矢】を飛ばせるのですね」
ウヌク・エルハイア将軍の見立てをリューチク外務大臣が確認した。
「えぇ……しかし、我々の魔力では、数回飛ばしただけで疲弊してしまい、土魚の群を殲滅するのは不可能なのです」
「では、【炉】はどうだ? 土魚への攻撃には銃を使用し、死骸を速やかに焼却すれば、共食いによる強化や、残った死骸から新手が発生することを防げるが」
「他の魔法は……まだ【魔除け】しか練習したことがありません」
ルペルス隊長が、自軍の内情の一端を明かす。
……まぁ、租借地の近くではウチの駐留部隊に助けてもらってるし、軍人同士の方が話が早いかもな。
魔装兵ルベルは、ミェーフ大統領個人に雇われたランテルナ島の魔獣駆除業者のフリで壁際に控えつつ、考えを巡らせた。
ホプリテース軍務大臣が食いつく。
「魔獣の死骸を焼却する訓練を施して下さるのですか?」
その一言で、アーテル共和国のセパリウス大司教が、眉間に深い縦皺を刻んだ。
ラキュス・ラクリマリス王国のローク・ディアファネス大司教が微笑んで言う。
「コンロのような魔法で、一般的には料理などに使用します。魔獣の死骸を清める用途でしたら、【炉】の術も善き業のひとつに数えて差し支えありませんよ」
「えッ? そうなんですか?」
ミェーフ大統領が拍子抜けする。
議長のカミェータ神官長が聞く。
「大統領は【炉】がどのような術か、詳しくご存知ですか?」
「生憎、魔法の知識が乏しく……ご教示願えませんか?」
ミェーフ大統領は、ラキュス・ネーニア王家の一員である緑髪のカミェータ神官長に縋るような目を向けた。
アーテル本土で魔獣の死骸を焼却処分できるようになれば、二次被害をかなり抑えられる可能性が高い。
カミェータ神官長は、円卓に人差し指で円を描いてみせながら答えた。
「円を描いて、その中に火を熾す魔法です。熱と煙は円を消さない限りそこから漏れません」
「円を描くのは、何か特別な道具が必要ですか?」
ミェーフ大統領が、新たな知識に食いついた。
「いいえ。地面でしたら、棒きれで土に描くだけで発動しますし、石板などに油性ペンで描けば、持ち運びしやすいでしょう。但し、その円を描くのは、魔力を持つ者でなければなりません」
「えーっと……我々無原罪の清き民が【魔力の水晶】を握ってもできない……と言うことでしょうか?」
「いいえ。どなたか魔力を持つ方に円を描いてもらえば、力なき民でも、魔力を外部供給して、呪文を間違えなければ発動します」
緑髪のコーラカル自治会長を除くアーテル側の出席者六名がどよめいた。
ランテルナ自治区のコーラカル自治会長が言い添える。
「呪符を使えば、力なき民でも【魔力の水晶】なしで、少しくらい発音があやふやでも、呪文の言葉さえ合っていれば、発動できますよ」
「でも、その呪符も……使い捨てですよね?」
アーテルのファブラ外務大臣が確認する。
緑髪のアーテル人は頷いた。
「えぇ、まぁ、一回で灰になりますね」
「呪符では、莫大な経費が掛かります」
ミェーフ大統領が嘆息して、ウヌク・エルハイア将軍に顔を向けた。
アーテルのアテウス外務次官が、落胆も露わに確認する。
「教えていただけるのは、再統合後になりますよね?」
ウヌク・エルハイア将軍が、ルペルス隊長を見詰めて答える。
「再統合が果たされた後ならば、我が軍が直々にアーテル本土で跋扈する魔獣を屠るので、お前たちが戦う必要はなくなる」
「えッ? では、再統合前にその魔法を教えていただけるんですか?」
ミェーフ大統領が意外そうに聞いた。
「教えるのは構わんが、条件がある」
「条件とは……我々に可能なことでしょうか?」
ミェーフ大統領は、不安を疑問に乗せて聞いた。
☆最初から最後まで生配信……「3600.聖光党の情報」参照




