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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第七十二章 平和の譜

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3665.紛れ込んだ者

 「え……?」

 「あッ!」

 「確保!」

 クレーヴェル城の厨房担当者の驚きと戸惑いの声を破り、近衛兵テーメニが顔の変わった料理人の手首を掴んで腕を背中側に捩じ上げ、足を引っ掛けて床に抑え込んだ。


 「道義(どうぎ)() 今 咎人(とがびと)(いまし)めよ」

 近衛兵ラシーハが【呪縄】を唱え、魔力の縄で瞬く間に料理人を縛り上げた。

 近衛兵ルガビークが、被疑者の口許に【静音】を掛けて黙らせる。

 セプテントリオーと厨房担当者らは、突然の捕り物に戸惑い、言葉もない。

 顔が変化した金髪の料理人は、瞬く間に拘束され、抵抗する間もなかった。


 近衛兵ジャドが簡潔に説明する。

 「この男は国家再統合反対派の過激派で、指名手配中のテロリストです」

 「首から上に妙な魔力の流れを感じたので【消魔】を掛けたところ、【化粧】が打ち消されました」

 近衛兵テーメニが料理人から手を放し、立ち上がって言った。

 素顔に戻った調理服姿の被疑者は、【呪縄】で足首から肩のすぐ下までぐるぐる巻きにされて身動きできない。


 セプテントリオーは呆然と呟いた。

 「テロリスト……?」

 「毒の有無を確認するまで、食材と調理済みの料理に手を触れるな」

 近衛兵ルガビークに命じられ、料理人たちが騒然となる。


 先程の女官が、クレーヴェル城の医務室で勤務する【青き片翼】学派の呪医を連れて戻り、戸口で一礼する。

 「呪医(せんせい)を連れて参りました」

 「え……どうしたんです?」

 医務室から連れた来られた医官が、床に転がされた偽料理人に気付いて呆然と呟いた。女官が驚いて顔を上げる。


 「王宮警察を呼んで参ります」

 近衛兵テーメニがセプテントリオーに告げて、クレーヴェル城の厨房を出た。

 厨房の担当者たちは、床に転がされたテロリストを遠巻きにして、動かない。


 近衛兵ジャドが、後から来た二人に簡潔に説明する。

 「この者は料理人に成り済ましたテロリストです。負傷者はセプテントリオー様が治療して下さいましたが、それでも入院が必要な重傷です」

 「あッ……セプテントリオー殿下、ご静養中にも(かか)わらず、お手数をお掛け致しまして恐れ入ります」

 駆け付けた緑髪の医官が恐縮し、身体を二つ折りにしてお辞儀する。


 セプテントリオーは、宙に浮かせた水塊に横たえられた患者を掌で示した。

 「いえ、構いませんよ。散歩の帰りに偶然、彼女と行き合い、私が対応した方が早いと思ったからです。火傷は完治させましたが、体液の均衡が崩れているので点滴加療が必要です。それから、肺に病変がみつかったので、そちらの検査もお願いします」

 「(かしこ)まりました。カルテはいかが致しましょう?」

 「手帳か何かに症状と治療の詳細を控えて下さい」

 セプテントリオーが言うと、医官は白衣のポケットからタブレット端末を取り出した。



 後でカルテに転記するメモが終わる頃、近衛兵テーメニが王宮警察の警察官三人を連れて来た。警察官の一人は小脇に魔法の深皿【()かし水鏡(みかがみ)】を抱える。

 警察官が銀の深皿を調理台に据え、水を満たした。もう一人が袖捲(そでまく)りして左手を漬ける。

 「この厨房の中に毒物を混入された飲食物、もしくは食材が存在する」


 しばらく待ったが、水は動かなかった。


 「えッ……毒……もう、入れたってコト?」

 洗い場担当の元女官見習いランクスが、顔を引き攣らせて厨房を見回した。


 警察官が魔法の深皿に問う。

 「この厨房の中にある毒物が混入されたものは、加工前の食材である」

 深皿を満たした水が騒いだ。

 皿の縁から三角の波を立てて中央に向かって倒れる。 


 料理長が火を止めた鍋に目を遣った。

 「肉や野菜ではない……夕飯のスープ……とか?」

 「この厨房の中にある毒物が混入されたものは、調理中の食材である」

 これにも水がざわついた。

 鍋のスープや、オーブンで焼いている最中の肉などではないらしい。


 「この厨房の中にある毒物が混入されたものは、既に調理済みである」

 水はピクリとも動かなかった。

 もう一人の警察官が厨房の担当者を見回して聞く。

 「完成した料理はどこに保管していますか?」


 料理人たちは口々に答えて、その場所を掌で示した。

 「えっと、前菜はもうワゴンに載せていて、後はお出しするだけです」

 「パンはあちらの棚にあります」

 「サラダは冷蔵庫にあります」

 「テリーヌも冷蔵庫です」

 「あ……あの……私は、お茶会用のお菓子を受取りに参ったのですが」

 医官を呼びに行った若い女官が恐る恐る手を挙げた。


 「では、先にそちらをお調べしましょう」

 警察官が言って見回す。

 菓子職人が手を挙げた。

 「そのお菓子はあちらのワゴンに載せました」


 銀の深皿【()かし水鏡(みかがみ)】に手を浸した警察官が、断定の形で魔道具に問う。

 「この厨房の中にある菓子類に毒物が混入された」

 水はゼラチンで固めたように動かない。

 若い女官が息を呑んで青褪めた。


 警察官が落ち着いた声で聞く。

 「お菓子は、これだけですか?」

 「いえ、夕食後のデザートと、お夜食用もございます」

 菓子職人は戸棚を示した。


 「この厨房の戸棚に入った菓子類に毒物が混入された」

 警察官が魔道具に確認したが、嘘に反応する水は動かない。


 「お茶会用のお菓子に毒を?」

 若い女官が、床に転がされたテロリストに有り得ないものを見る目を向ける。

 拘束された被疑者が、彼女から目を逸らして何か言うが、声は【静音】で打消された。

 菓子職人が毒入り菓子の載ったワゴンを押して、魔道具を使う警察官の傍らに止める。


 警察官は右手をワゴンの天板に触れ、断定形で【()かし水鏡(みかがみ)】に問うた。

 「この城の中で、毒物を混入されたものは、このワゴンの菓子だけである」

 水は動かない。


 警察官が更に問う。

 「クレーヴェル城内には、厨房の床に転がる者以外にテロリストは居ない」

 嘘に反応する水は、これにも動かなかった。


 厨房担当者たちが安堵の息を吐く。


 「セプテントリオー殿下のお手を煩わせまして畏れ入ります」

 「このお菓子は証拠品として押収します」

 「皆様のご協力に感謝致します」

 警察官たちは揃ってお辞儀すると、【()かし水鏡(みかがみ)】の水を抜いて腋に抱え、拘束されたテロリストを肩に担ぎ、ワゴンを押して厨房を後にした。


 他の食材や料理の安全は確認されたが、料理人たちは放心したように動けない。

 「えっと……これって、俺が火傷しなかったら、セプテントリオー殿下がお出座(でま)しにならなくて、近衛兵の方々もいらっしゃらなくて、あいつが偽者ってわかんなくて、お菓子食べた偉い人が毒殺されてたってコト……? 俺、火傷してよかったんですか?」

 「そう……なりますね……これも、水の(えにし)でしょう」

 セプテントリオーはぎこちなく頷いて肯定した。


 ……賊が間抜けな接触事故を起こさなければ、毒見役が命を落とした可能性があるのだな。


 料理長が不安な声を出す。

 「あの……それでは、本物のヘリアンテスはどこに……?」

 「王宮警察が捜査します。今は無事を祈るしかありません」

 近衛兵ジャドがきっぱり言うと、料理人たちはのろのろ動きだし、夕食の仕込みを再開した。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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