3663.庭で鉢合わせ
セプテントリオーは、クレーヴェル城に与えられた居室を出て、中庭をゆっくり歩く。
前後左右を近衛兵四人が固め、平時にしては警備が物々しい。
実際は、セプテントリオーが目を盗んで病院の手伝いに行くのを防ぐ見張りだ。万一、倒れた際の用心も兼ねる。
セプテントリオーは、今日の目標を「私室から最も遠い四阿」まで歩くことに定めた。
行政棟や居館などに囲まれた中庭は、花や庭木を植えた区画と薬草園の区画があり、意外と広い。
冬咲きの薔薇が風にそよぐ。
セプテントリオーの部屋着には【耐寒】が施され、屋外でも寒さは感じない。
最初は、冬空の下でも青々と育つ薬草などを眺める余裕があったが、あっと言う間に疲れてしまい、既に庭園の景色も目に入らなくなった。
元気だった頃は何ともなかった距離が、とてつもなく遠いように思える。だが、それを口にすれば、部屋に連れ戻されてしまう。
セプテントリオーは、何でもない風を装って歩き続けた。
過労で衰弱し、半年以上も部屋で寝たり起きたりの生活を続ける身は、思うように動かない。足がもつれて転びそうになった。
「おっと」
逞しい腕が、セプテントリオーの痩せた身を支えた。
近衛兵の誰かではない。ウヌク・エルハイア将軍だ。
倒れたのが今春……印暦二二〇一年四月で、今は十二月下旬。セプテントリオーはクレーヴェル城に居候の身で、ウヌク・エルハイア将軍は城主。同居の親族である彼と顔を合わせたのは、倒れて以来これが初めてだ。
ウヌク・エルハイア将軍も長命人種なので、外見は特に変わりはない。過労で身体が衰えたセプテントリオーに案ずる視線を注ぐ。
「あ、すみません」
「療養中なのだ。疲れたなら、無理せず休むがいい」
ウヌク・エルハイア将軍はセプテントリオーを軽々と抱き上げた。所謂、お姫様抱っこだ。
「自分で歩けます。降ろして下さい」
セプテントリオーは両手を突っ張ったが、緑髪に白髪の混じる将軍はビクともしなかった。
シェラタン女王の命令で、長らく顔を合わせなかった将軍が、身内として指摘する。
「いや、疲れて足が上がらなくなって転んだだろうが」
「いえ……何かに躓いただけです」
「足元を見ろ。何もないだろうが」
顎をしゃくられ、思わず視線を向ける。
呪文や呪印を刻まれた石畳には段差などなく、躓く要素が見当たらなかった。
近衛兵四人は全く表情を変えず、二人の傍らに整列して動かない。
ウヌク・エルハイア将軍は、四方を囲んだ彼らに先んじてセプテントリオーを抱き上げたのだ。
一体いつ傍に来たのか、全く気付かなかった。
景色を見るどころか、こんな大きな魔力の接近にも注意を払えなかったのだ。
セプテントリオーはもう一人、緑髪の人物の存在に気付いた。この年配の文官は確か、将軍の秘書官だったように思う。背広姿の彼は、書類入れの革鞄を手に無言で佇む。
「でも、今日はそこの四阿まで行くのが目標なので、降ろして下さい」
「目標? 散歩に目標も何もあるか。リハビリでもあるまいに」
……そのつもりですが。
口に出せば面倒なことになりそうなので、セプテントリオーは言葉を飲み込み、再び両手を突っ張った。
「自分で歩けますから、降ろして下さい」
「ダメだ。また転ぶだろうが」
「転んでも、服に【耐衝撃】がありますから大丈夫ですよ」
「そうは言ってもだな。えー……そこへ行きたいのだな?」
ウヌク・エルハイア将軍は、セプテントリオーを抱えて大股に歩いた。背の高い彼なら、あっと言う間だ。
セプテントリオーを抱っこしたまま、四阿の椅子に腰を下ろした。
セプテントリオーの近衛兵四人と将軍の秘書官も、四阿の屋根の下に入ったが、彼らは柱の傍に並んで控える。
「えーっと……隣の椅子に座りますので、降ろして下さい」
セプテントリオーは手を突っ張ったが、将軍はビクともしなかった。そもそも、魔力だけでなく、腕力にも大きな差があるのだ。
「ここでしばらく休憩してから、近衛兵に【操水】で運んでもらえ」
「いえ。歩けますよ。このくらい。降ろして下さい」
何度、手を突っ張っても、ビクともしない。
……私ももういい大人なのだが、この人の中ではいつまでも子供なのだな。
「療養中なのだから、無理は禁物だ」
「もう狭心症は完治したのですから、部屋に閉じ籠ってばかりの方が、運動不足になって却ってよくありません」
「過労で弱った身体を休める為の療養だ。無理にリハビリなどして疲れると、また具合が悪くなりかねん。そもそも、主治医のオレニョノクはリハビリの許可を出したのか?」
「中庭を十五分程度、お散歩なさる許可はいただきました」
答えたのは、近衛兵ジャドだ。
ウヌク・エルハイア将軍は、くどくどお説教を始めた。
……成程、こうなるから、シェラタン陛下は面会を禁止したのか。
セプテントリオーはお説教を聞き流しながら思った。
ウヌク・エルハイア将軍には、「セプテントリオーの私室の訪問」を禁じたが、会うこと自体は禁止しなかったので、中庭で鉢合わせしたのだ。
軍医レーグルスは、仕事の話をして心労を掛けるので訪問を禁じられた。だが、彼は今月の初め、郷土資料館の十万人目の見学者として招いたアマナと、その付添いのクルィーロとの会食の最中に乱入した。
セプテントリオーが、だっこを抜け出すのを諦めて聞く。
「そう言えば、将軍は何故こんな所に?」
「近道しただけだ」
「近道……ですか」
「今日は、ラクリマリス城で第四回国家再統合会議があってな。今は小休止で、こちらの仕事を片付けに来たのだ」
「では、こんなところで私に構っている暇などありませんよね?」
解放の糸口をみつけ、すかさず切り込んだ。
だが、ウヌク・エルハイア将軍は全く意に介さない。
「こちらの仕事はすぐ片付く。あちらの晩餐会で会議の続きをするが、それまで時間はある」
……国家再統合会議がもう四回目?
知らない間に世間が大きく動いたことを感じ、セプテントリオーは愕然とした。
「アーテル側の世論も政界も大きく揺れて、なかなか方針が定まらんが、今日の手応えでは、方向性が見えて来たように思う」
「確か……国民の七割程度が再統合に賛成なのでしたね」
「あぁ。だが、星の標の異端信仰を手放せぬ者や、アーテルに進出したバルバツム企業の扱いなどで、失業の懸念を抱く者たちなどは反対に回っておる」
近衛兵四人と秘書官一人は、四阿の柱の傍に整列して二人の遣り取りを見守る。
「バルバツム企業は、我が国の法を犯さぬ限り、アーテル地方で事業を継続しても構わん」
「しかし、アーテル共和国が我が国と再統合すれば、バルバツム連邦との国交は途絶えますよね?」
「何か問題が持ち上がった場合は、ラニスタ共和国に設置されたあちらの大使館経由で対応に当たる方向性で調整が進んでおる」
ウヌク・エルハイア将軍は、次々と疑問に答えてくれる。
セプテントリオーは思い切って聞いてみた。
「左様ですか。では、従業員の治療などは如何ですか? 現地採用の者はともかく、本社から一時的に派遣されたバルバツム国籍の者は、こちらの健康保険証がありませんよね?」
「それは、バルバツム兵同様、十割負担の物納だ」
将軍が即答する。
セプテントリオーは、思い浮かんだ懸念を口にした。
「払わずに帰国して踏み倒す可能性もありますが」
「そんなコトをすれば、会社自体を国外追放する」
「成程。事業を継続したければ、その辺りもきちんとしなければならない、と」
当り前と言えば当たり前だが、これまでのバルバツム連邦政府の仕打ちを考えると、いまいち信用しきれない気がした。
そもそも、バルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊ですら、医療費の予算を付けてもらえず、ルスタートル司令官と退役軍人会、兵士の家族らが持ち寄って、租借地の病院で受けた治療費をどうにか工面する有様だ。
政府がそうなら、会社でも、株主の意向で従業員の自腹になる可能性を否定しきれない。
アーテル人もその懸念を払拭できないから、再統合に反対するのではないか。
「この後、晩餐会で話す予定だが、既にアーテルで活動中のバルバツム企業が定着しやすくなるよう、我が軍が周辺国の民間企業に働き掛けておるところだ」
「えッ?」
予想外の情報を与えられ、セプテントリオーはウヌク・エルハイア将軍の顔をまじまじと見た。
☆郷土資料館の十万人目の見学者として招いたアマナ……「3625.お呼ばれ兄妹」参照
☆会食の最中に乱入……「3627.面会はお断り」「3628.引換えの五分」参照




