3662.売り物の情報
アミトスチグマ王国の夏の都にあるマリャーナ宅で、ファーキル、アミエーラ、運び屋フィアールカがラゾールニクの報告を聞く。
そこまで聞いて、アミエーラが首を傾げた。
「でも、ローシカ製薬は、バルバツム連邦でも魔法薬を製造販売できるように議員に働き掛けてたんですよね?」
「あそこは、ロビー活動でバラ撒く金額がゼロ一個多いからだと思いますけど」
ファーキルは、運び屋フィアールカとフリージャーナリストのラゾールニクに視線を向けて確認した。
ラゾールニクが苦笑する。
「それ、租借地の病院に入院してるバルバツム兵も言ってたよ」
「えッ? バルバツム連邦っておカネで議会が動くんですか?」
アミエーラが衝撃を受けた。
運び屋フィアールカが鼻で笑う。
「どこでも似たようなものよ」
「でも、それって賄賂なんじゃ?」
「国によって、合法的に受取れるものがあったり、限度額も違うからね」
ラゾールニクが言うと、アミエーラは不承不承頷いた。
「まぁ、魔法薬の件は、ローシカ製薬の悪事が社長の口からバレたから、当分の間、バルバツム連邦では承認されないだろうね」
「当分の間……? いつかは、バルバツムでも合法的に魔法薬を作れるようになるんですか?」
アミエーラは、肯定とも否定ともつかない微妙な表情だ。
ファーキルには、彼女が何故、そんな顔をするかわからない。
ラゾールニクはあっけらかんと言った。
「魔法薬で大儲けできそうなネタ持ってる会社はともかく、聖典読書会派を納得させるの面倒だから、よっぽど利益が見込める事業が起ち上がらない限り、議会に働き掛けないんじゃないかな?」
「例えば、火傷やニキビとかの痕って、その部分の皮膚を剥がして魔法の傷薬を塗ったら、半日くらいでキレイに治りますよね? そしたら、整形外科が大儲けできるんじゃないんですか?」
ファーキルは、パッと思いついた儲け話を口にした。
ラゾールニクが唇を歪め、わざとらしく意地悪い声を出す。
「ローシカ製薬以外の製薬会社が傷薬を調達するか、自社で調合して整形外科に卸すって? アルトン・ガザ大陸南部の魔法薬はこの辺みたいに高品質じゃないから、ほぼ詐欺じゃない?」
「それに、今はドラクラ共和国とかに派遣した治癒魔法専門の少年兵の問題があるから、無理でしょ」
「あ、そっちもあるんでしたね」
ファーキルは、運び屋フィアールカの指摘にハッとした。
聖典には、魔法薬や治癒魔法を容認する記述はあっても、具体的な種類や術の記載がない。
バルバツム軍がアーテル人の孤児を少年兵として紛争地域に派遣した件で世論がざわつく今、そんな話を持ち出せば、製薬会社も聖典読書会派や正義感溢れるネット世論から攻撃されかねない。
ラゾールニクが表情を改めて話題を変えた。
「で、さっきの続きだけど、ルフス港湾病院に入院してたバルバツム兵は誰も、ドラクラ共和国の駐屯地でアーテル人の孤児が呪歌専門の衛生兵として派遣されてる件を知らなかったよ」
アミエーラが首を傾げる。
「基地内で噂にならないんですか? って言うか、アーテルにバルバツムの不法移民が移住した件は噂として知ってたのに?」
「さぁ? なんでだろうね?」
ラゾールニクも彼女と同じ角度に首を曲げた。
……ウチの会社が買うかもしれない情報……魔道具の売買……需要の情報?
だが、ファーキルはその考えをすぐに打ち消した。
相変わらず、バルバツム連邦政府が予算を付けないので、バルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊と正式に契約を結んで販売できるワケではない。
ランテルナ島やアルトン・ガザ大陸南部の個人商店で、軍の関係者が個人的に購入するだけなら、現状でも可能だ。
実際、兵士の家族や退役軍人会、ルスタートル司令官の依頼を受けた支持者が、銀製品や傷薬用の薬草を掻き集めて、兵士がランテルナ島で購入する。
今回、ラゾールニクがルフス港湾病院で聞いた話によると、彼らはアルトン・ガザ大陸南部にも魔道具の調達先を広げたいらしい。魔法薬のことを考えると、他の魔道具の品質や効力にも不安が残るが、何もないよりはマシだろう。
……あ、そっか。アルトン・ガザ大陸南部の支社で目利きして退役軍人会とかに売るのか。
だが、これも、概要だけ聞いたファーキルがマリャーナに伝えれば、わざわざラゾールニクから情報を買う必要がなくなってしまう。
……何がしたいんだ? この人。
ラゾールニクがニヤリと笑ってファーキルに言った。
「で、俺は思いついたんだ」
「何をです?」
「儲け話」
「弊社に情報を売る以外で、ですか?」
「俺はその儲け話の情報を売るんだよ」
「でも、兵隊さんの話って、マリャーナさんに概要を伝えるだけでも実行できそうですよ?」
ラゾールニクは、空になったティーカップを逆さにして笑った。
「そうじゃないんだな」
「えぇ?」
ファーキルとアミエーラの困惑が揃った。
運び屋フィアールカは表情を変えず、フリージャーナリストのラゾールニクを観察する。
「わかんないかな? さっきの兵隊さんの話がヒントなんだけど」
ラゾールニクがニヤニヤ笑ってファーキルを見詰める。
ファーキルは勿体ぶった言い回しに苛立ったが、それ以上に自分の貧困な発想力に腹が立った。
「……わかりません」
素直に負けを認めると、ラゾールニクは笑いを引っ込めて答えを提示した。
「ラキュス・ラクリマリス王国がアーテル共和国と再統合した後、アーテル地方政府とバルバツム連邦の国交を打ち切っても、今、アーテルに入り込んでるバルバツム企業が、それ以降も業務を回せる商材の情報だよ」
「え……? そんな都合のいいものがあるんですか?」
「おっと、ヒントはここまでだ。これ以上は有料だぞ」
ラゾールニクはおどけた顔で、ファーキルに掌を向けた。
「……わかりました。マリャーナさんにお伝えします」
長命人種で魔法使いの彼女なら、力なき民で二十代半ばのファーキルより幅広い知見と経験がある。
総合商社パルンビナ株式会社の役員に任せると決めた途端、ファーキルは気持ちが軽くなった。




