3661.負傷兵に取材
フリージャーナリストのラゾールニクが聞くと、租借地のルフス港湾病院に入院したバルバツム兵は、SNSの噂だと前置きした上で答えた。
「リゴルネットは不法移民を使ってるらしい」
「不法移民? どこからわざわざアーテルに」
「南部の国からバルバツムに来た連中だよ」
「アルトン・ガザ大陸南部の元植民地からバルバツムに来た不法移民が、アーテルに来たんですか?」
ラゾールニクが驚いた顔で確認すると、バルバツム連邦軍の負傷兵たちは無言で頷いた。
取材を受ける負傷兵は、ラゾールニクがタブレット端末でメモを取るのを待って続ける。
「配達はアーテルの地元民を雇うけど、南部の国で仕入れた【魔除け】のリボンと【魔力の水晶】を持たせてるらしいんだ」
「魔道具だけあっても、魔力がないと意味ないんですけど、その辺、どうなってるかご存知ですか?」
「魔力を充填すんのが不法移民なんだ」
負傷兵は間髪入れず答えた。
隣の病床の兵士も言う。
「物流倉庫に社宅建てて、魔力持ってる不法移民を何人も住まわせて、そいつらは基本、警備員だけど、善き業の魔道具に魔力の充填もさせて、アーテル人の配達員に渡してるんだ」
ラゾールニクは、何も知らないフリで質問を続ける。
「何で兵隊さんがそんなの知ってるんです?」
「さっきそいつが言ったけど、SNSで流れて来た噂程度で、ホントかどうかわからん。でも、そうでもないと配達なんてできないだろ」
「あぁ、通勤どころか買物も大変ですよねぇ」
「記者さん、ここまでどうやって来たんだ?」
「そりゃ、駆除屋さんに護衛を頼んだんですよ。今は病院の外で待ってもらってますけど」
ラゾールニクが言うと、入院中のバルバツム兵たちはフリージャーナリストに羨ましそうな目を向けた。
最初に取材を受けた負傷兵が話を引き取る。
「買物すんのも命懸けだから、通販で済ませようとするだろ?」
「ですよね」
「カネ持ってる奴は、送料に魔法のコスト足しても買うから、リゴルネットは儲かってるんだ」
「へぇー……それって、バルバツム軍もしないんですか?」
「それができりゃ、こんな目に遭ってねぇよ」
バルバツム兵が泣きべそをかく。
隣の病床の負傷兵が、天井を見詰めて言った。
「民間は聖典が全部公開されてから、南部の国で善き業の魔道具を色々仕入れて工事進めて、アーテルに買った土地の分、元を取ろうと躍起になってる感じだな」
「バルバツム連邦軍は民間より予算に余裕がありそうですけど、そうでもないんですか?」
「議会はここの病院代も出さねぇのに魔道具とか無理だよ」
負傷兵が吐き捨てる。
反対隣の負傷兵も、強張った顔で天井を睨んで言った。
「アーテルに土地買った会社のロビー活動のせいで、大統領も連邦議会も梃子でも撤退する気ないし」
「それなのに安全対策の魔道具を用意しなくて、医療費の予算も付けないんですか?」
ラゾールニクが不思議そうに聞く。
バルバツム兵は、治癒魔法の反動で力が入らない首を無理に動かして、共通語が堪能な記者を見た。
「その辺はな、信仰の絡みで難しいみたいなんだよ」
「キルクルス教の聖典に載ってる【魔除け】の呪符とかは、輸入が解禁されたんですよね?」
「よく知ってるな。それでも、どの魔法が善き業かわかんないから租借地の病院の医療費は出せないって言う理屈なんだ」
「えぇ? 治癒魔法ってみんな善き業じゃないんですか?」
ラゾールニクは呆れた。
「そんなの俺に言われても知らねぇよ」
負傷兵が、疲れた声で応じて目を閉じる。
「治癒魔法は悪しき業だって、聖典に明記してあるワケじゃないんですよね?」
「俺も全部目を通したワケじゃないけど、書いてないと思うぞ」
負傷兵は目を閉じたまま答えた。
窓際の病床から、答えが飛んだ。
「レフレクシオ司祭様がいいって言ってたから、大丈夫なんじゃないか?」
「あぁ、大聖堂の司祭様なら全部頭に入ってそうですよね」
ラゾールニクが窓際に笑顔を向ける。
「じゃあ、何でここの医療費出してくんねぇんだ?」
扉脇の病床から疑問が上がった。
その隣の病床の負傷兵が答える。
「今の与党の支持者はあの宗派が多いから、聖典にイイって明記してないもんは念の為に避けてるんじゃないか?」
「あぁ、それで、善き業として星道記に明記されてる護符は、割とすぐ輸入できるようになったのか」
六人部屋の病室に何やらわかったような空気が満ちる。
ラゾールニクが質問した。
「あの宗派って何ですか?」
「聖典読書会派、知らない?」
「不勉強ですみません」
ラゾールニクは素直に頭を下げた。
負傷兵が簡潔に答える。
「神学生並か、それ以上にじっくり聖典を読み込む宗派があるんだ」
「原理主義ってコトですか?」
「いや、そこまでは行かないんだけど、何て言うか、聖典に明記されてるコトはいいけど、行間を読むって言うか、他の情報から補うのはダメみたいな」
「それって原理主義とどう違うんです?」
ラゾールニクは半笑いになって問いを重ねた。
バルバツム連邦軍の負傷兵が、もどかしそうに言う。
「何て言うか……原理主義って、連中の中で解釈が一致してる感あるだろ?」
「あぁ、そんな感じしますね」
「聖典読書会派は、解釈の違いも学説として認めて、どの解釈が正しいって結論出さないし、解釈違いの奴とあんまり揉めないし、連中が暴力沙汰起こしたとか聞いたコトないんだけど、聖典にハッキリ書いてないことには理詰めでダメ出しするんだ」
「つまり、聖者キルクルスが呪医と治癒魔法の存在を容認する記述はあるけど、具体的にどの術がって言うのが載ってないから、ダメってコトですか?」
「そんな感じだ」
答えた負傷兵以外の五人も、揃って首を縦に動かした。
ラゾールニクが確認する。
「レフレクシオ司祭様は治癒魔法全般を善き業と看做して、みなさんがここで治療を受けることに信仰上の許しを与えて下さったんですよね?」
「そうなんだけど、聖典読書会派の連中はそうじゃないから」
負傷兵は溜息混じりの疲れた声を出した。




