3660.情報を売込む
「SNSの最新の投稿、見てくれる?」
運び屋フィアールカに言われ、ファーキルはパソコンを操作した。
アミエーラが、魔獣激ヤバ氏のアカウントでアーテル共和国の首都ルフス北部から投稿したものだ。復興の進まない水害被災地の画像は、街路樹の根元に漏れなく土魚が映り込む。
こんな殺風景な写真の何が面白いのか、魔獣激ヤバのアカウントにはフォロワーが二十万人以上も居る。彼らは、小型の魔獣が映る風景写真を嬉々として拡散するのだ。
アミエーラは、現地から波風新聞社の記事を引用して投稿した。
バルバツム連邦軍の悪行も、フォロワーの手で更に拡散される。
アミエーラの投稿を引用してコメントした者も二千人以上居る。
〈バルバツム軍がアーテル人の孤児攫って少年兵にしてるとかマジ?〉
〈これ、証拠動画な〉
一人の疑問に別のフォロワーがユアキャストのアドレスを貼付けて応じた。
〈内部告発って奴?〉
〈だろうな〉
〈映ってる奴も内部告発の協力者か〉
〈顔出ししてんの、覚悟決まり過ぎじゃね?〉
〈やってらんねぇからクビになりたいんじゃね?〉
〈いや、でも、こんな機密漏洩、軍法会議モンじゃね?〉
〈正義の為に立ち上がったんだろ〉
動画を撮影したのは、ドラクラ共和国にあるバルバツム連邦軍の駐屯地に潜入した魔法使いの狩人だ。現地人の彼は【姿隠し】の術を使って真正面から撮影した。
魔法の知識のないキルクルス教徒は、そんな術の存在すら知らない。
「狙い通りね」
運び屋フィアールカがほくそ笑む。
アミエーラは、硬い表情で頷いた。
「アミエーラさんの動画、後半削るだけならすぐですよ」
ファーキルは、パソコンで動画編集ソフトを起動し、手早く作業した。別名で保存し、編集済みの動画をタブレット端末に複写する。
フィアールカがアミエーラに注意した。
「今度ルフスに行った時、撮影場所の近くから公開してね」
「わかりました」
ノックの音で、三人は一斉にパソコン部屋の扉を見た。
「ファーキルさん、ラゾールニクさんがお越しです」
「ご案内、有難うございます」
ファーキルがマリャーナ宅の使用人に応じると、扉が開いた。
フリージャーナリストのラゾールニクがひらひら手を振って入り、追加のお茶を持った使用人が続く。
「あ、フィアールカさんとアミエーラさんも居るんだ。丁度良かったよ」
「ルフスの病院で取材できた?」
運び屋フィアールカが聞く。
ラゾールニクは、身を屈めてファーキルの顔を覗き込んだ。
「色々聞けたけど、この情報、パルンビナは幾らで買ってくれる?」
「新聞や雑誌に売り込むんじゃないんですか?」
アミエーラが面食らう。
ラゾールニクは、いたずらっぽい笑みをアミエーラに向けた。
「商社なら、マスコミより高く買ってくれそうかなって」
平社員のファーキルは慌てて言った。
「どんな情報って言うか、俺にはそう言う権限ないんで、マリャーナさんに聞いてもらわないと」
「概要だけ言うから、伝えてくれる?」
「概要だけで満足して、買わないかもしれませんよ?」
「音声ファイルなんだけど、その時はマスコミに売るよ」
ラゾールニクは、手近の椅子に腰を下ろした。
使用人が彼の前に紅茶を置いて退室する。
「こないだ、ファーキル君が教えてくれた情報の裏取りするっつっただろ?」
「えぇ。租借地のルフス港湾病院で、看護師さんとかに取材するって言ってましたね」
ファーキルが確認すると、ラゾールニクは頷いて紅茶を啜った。
ファーキルが前回の会合で、ルフス港湾病院のトイレで入院患者のバルバツム兵同士の会話を聞いた件を話し、ラゾールニクが病院で取材すると手を挙げたのだ。
「看護師さんは共通語が得意じゃないから、兵隊さんに直接聞いてくれって言われたよ」
「いいんですか?」
アミエーラが目を丸くする。
「念の為、院長先生にも確認したけど、別にいいってさ」
「まぁ、バルバツム連邦の情報だし、言う言わないの判断は連邦軍よね」
運び屋フィアールカが納得する。
ファーキルは、誰に話を聞いたのか気になった。
「あの時の兵隊さんはもう退院したと思いますけど……?」
「うん。そうだろうと思ったから、他の入院患者にそれとなく話を振って聞いたんだ」
「患者さんに堂々と取材を申し込んだんですか? よく話してくれましたね?」
ファーキルは、ラゾールニクの度胸に感心した。
「連中、暇してたし、ドライフルーツちらつかせたら喜んで喋ったぞ」
「あぁ……例の動画で入院中の食事が随分、粗末になりましたもんね」
ファーキルは、詐欺師のせいでとばっちりを受ける負傷兵が、少し可哀想になった。
「んで、バルバツム兵に聞いてみたんだ」
ラゾールニクが話し始め、ファーキルはテキストでメモを取った。
租借地のルフス港湾病院に入院するバルバツム兵は、全員がバルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊の輸送部隊に所属する。
アーテル共和国宛の食料など、救援物資を運搬する途中、魔獣に襲われたのだ。
負傷兵は、呪医による治療から数日経ち、術の反動が原因の衰弱から喋れる程度にまで回復した。
つまり、一番暇を持て余す時期だ。
まずは受傷時の状況から聞き取る。
負傷兵はベッドに横たわったまま答えた。
「頭が二個ある狼みたいな奴が横からドーンって体当たりしてきて、トラックがひっくり返ってこのザマだよ」
「それは大変でしたね。年が明けて二月になったら終戦から八年ですし、そろそろ撤退してもいいと思うんですけど」
ラゾールニクはやや砕けた共通語で聞いた。
「ルスタートル司令官がずっと撤退しようって議会に言ってるけど、大統領も連邦議員もうんって言わないんだ」
取材を受けた負傷兵が答えると、隣のベッドの者も無言で頷いた。
「どうしてです?」
「アーテルの土地買った会社が損するからだと思う」
「会社が損? ラキュス地方企業団地合同委員会って、戦時中に撤退したと思うんですけど?」
「でも、リゴルネットは残って物流倉庫が無事に建って、今は割と業務を回せてるから、それ見て戻った会社が多いんだ」
「アーテルって通勤も命懸けだけど、ネット通販って儲かるの? 配達どうなってんです?」
ラゾールニクは、バルバツム軍の負傷兵に聞いた。
……そうだよな。配達できなきゃ通販会社は仕事になんないし。
ファーキルは当たり前のことに気付かされ、ラゾールニクの報告に注意深く耳を傾けた。
☆こないだ/前回の会合……「3632.不審な繋がり」「3633.役割の割振り」参照
☆ラキュス地方企業団地合同委員会……「1147.動き出す歯車」参照
☆戦時中に撤退……「1262.沈みゆく泥船」参照




